表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死なない男は生きる意味を知らない 〜猫獣人の少女と始まる旅〜  作者: 三島 勝仁
第二章 アイルとルル

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/24

アイルの苦難と魔法の授業


 その日はいつもと変わらぬ日常のはずだった。

 

 ご飯を食べて、外で遊び、眠くなったら寝る。

 そんな変わらない日常がこれからずっと続くと思っていた。

 彼女にとって、この環境はとても恵まれたものだ。


 

 以前は、暗くジメジメとした森の中で空腹に喘ぎ、ただ緩やかに死を待つだけの存在だった。

 

 ――食べても、食べても、満たされない。


 そんな中で、唯一側にいてくれた友達。

 目のない彼女に、その友達の姿は見えなかったが、確かに感じた。

 温かい。

 友達が側にいてくれれば、この空腹も少しだけ我慢することができた。

 それでも、足りない。

 

 そんなある日、彼女は久々のご飯にありつけた。

 友達も近くにいてくれる。

 大事に食べなければ。

 ゆっくりと、少しずつ。


 また、友達がご飯を持ってきてくれた。

 今度のご飯はとても美味しそう。

 食べても、食べてもなくならない。

 ずーっと食べていられる。

 

 彼女は膨大なご飯を食べ続け、満たされる。

 身体が軽く、意識もはっきりとする。

 友達の存在も、より近く、より鮮明に感じ取れる。

 ご飯はまだまだ無くならない。

 もう、飢えるのは嫌だ。

 ご飯を食べられないのは嫌だ。


 そして深い眠りについた少女は、新しい身体で目を覚ます。

 小さな身体、小さな手足。

 でも、歩ける。

 歩いていける。

 

 黒いナイフに残った、僅かな魔力の残滓。

 この先にご飯がある。

 少女はただ待つのではなく、自らの足で歩いた。

 ――決して消えてしまうことのない、彼の元へ。



 だが、その平穏は突然終わりを告げる。

 そんな少女は、今まさに絶体絶命の危機に陥っている。

 白い服を着た複数の大人たちの手によって、身体を拘束されている。

 感情の欠落した瞳でこちらを見下ろす、白衣の群れ。

 彼らは少女の涙など、石ころほどにも思っていないようだった。

 

 狭い部屋に、少女の絶叫が響き渡る。

 叫べども叫べども、誰も助けてはくれない。

 あの小さな友達も、どこかへ連れて行かれてしまった。


 抗うことのできない圧倒的な力の前に、非力な少女は叫ぶことしかできない。

 そして、その柔らかな肌に、おぞましい刃が無慈悲にも突き立てられる。

 肉を抉り、血を啜るような、残虐な刃が。

 

 少女の悲鳴は、より一層大きくなる。

 涙を流し、助けを乞う。

 腕から血が流れる。

 ――痛い、痛い、痛い。

 どうして?どうして?どうして?


 いつもは優しい銀色の人間も、ふさふさの羽が生えたベリーの匂いがした人間も、そして黒くて美味しいあの人間も、誰1人として少女を助けることはなかった。

 


「――はぁーい、ちょっとチクっとしますよー」


「いやあああああ、やあああーーー」


「――はい、おしまいでーす。よく頑張りましたねー」


 貼り付けた笑顔で、腕に滲んだ米粒ほどの血を拭き取るのは、冒険者ギルドの受付嬢ミーナである。


 彼女は癒しヒーラーつまり医者である。

 冒険者ギルド専属の癒し手らしい。

 今日はアイルの検診の日だった。

 冒険者ギルドが、魔物であるアイルを黙認する条件として提示してきたのが、この定期検診である。

 今日はその初日だ。


 アイルの悲痛な叫びは、見るに耐えなかったが。

 仕方のないことなのだ。

 セシルは泣きじゃくるアイルを目一杯抱きしめて、その頭を撫でる。


「痛かったですねー、怖かったですねー。でももう大丈夫ですよ!よしよし〜」


 アイルは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をセシルの胸へと押し付ける。

 そこへ、アイルの友達であるルルが扉を蹴破るかのように、怒鳴り込んでくる。


「ちょっとー!!どういうことなの!?アイルに何をしたの!その子を傷つけたらあたしが許さないんだからー!」

 

「少々血を抜いただけだ。黙ってろ」


 ルルの怒りに、ヴェルは疲れた様子で語気を強める。

 ヴェルの髪はボサボサになっており、服も乱れている。

 アイルの叫び声を聞いたルルが暴れ出したのだ。

 このままでは怪我人が出るかもしれないと、ヴェルはルルを紐で拘束して、ギルドの外へと連れ出した。


 そして戻ってきてみれば、案の定ヴェルがとばっちりを受けたようだ。

 そしてヴェルとルルを見つけたアイルが、2人に向かって手を伸ばす。


「――うー、ひぐっパパァ……」


「俺はパパでは……」


 アイルを抱いたセシルが、頬を膨らませて、むー、とヴェルを睨む。

 ヴェルは言葉を切り、伸ばされた小さな手に触れる。

 アイルはヴェルの指を両手でギュッと握る。

 細くて、柔らかく、そして弱々しい手だ。

 誰かに守られなければ、瞬きの間に死んでしまいそうなほどに。

 こんな繊細な生き物の世話など、俺がするべきではない。

 

 アイルはヴェルの指を自分の口元まで持っていき、そのまま咥える。

 そしてちぱちぱと魔力を吸い始める。

 先日よりは魔力を吸うのが上手くなったようだが、まだごく少量の魔力しか吸えないようだ。


「んー。不思議ですねぇ」


 そんなやりとりの中、ミーナは疑問の声を上げる。

 セシルはミーナを見やると、尋ねる。


「何が不思議なんです?」


 セシルの問いに答えるようにミーナは、採血の結果を説明する。


「今取ったこの血なんですけど、私の目には普通の人間の血にしか見えないんですよねぇ。――この子本当に魔物だったんですか?」


 ミーナは子供に指を咥えさせる奇妙な図に、笑いを堪えながらヴェルに問う。


「ああ、おそらくな」


 ヴェルの答えに反応するのはルルだった。


「"おそらく"じゃないわよ!あの木の魔物と同じ子よ!私が間違うわけないでしょ」


「――だそうだ」


 ヴェルとルルの話を受けて、ミーナはますますわからなくなる。


「魔物って、人間になれるんですか?――んー、やっぱりそっちの妖精の子も採血させてもらえません?」


「ぜっっったい嫌!!」

 

 ミーナの言葉に妖精は烈火の如く怒鳴り散らす。


「こいつに関しては、ギルドの条件には入っていない。本人が拒否するなら、ダメなのだろう」


 ミーナは、ルルとヴェルの言葉に、年相応のぶすくれた表情で、椅子の背もたれにだらりと寄りかかる。


「えー、でも絶対この妖精の子が原因じゃないですかー。そっちも調べないと何もわからないですよー」


 ミーナの様子を見て、ヴェルはルルへと視線を向ける。


「なによ!?やれっていうの?絶対嫌だからね!」


「そうか」


 ヴェルは指を咥え続けるアイルへと視線を戻す。

 この数分の間に、疲れて眠ってしまったようだ。

 ヴェルは咥えられたままの指をそっと引き抜く。


「アイルはよく眠りますね。――起きてる時間より、寝てる時間の方が長いようです」


 セシルはアイルのよだれを布で拭き取りながら、ヴェルを見上げる。


「――もう終わりでいいのだろう?――ならば帰るが」


「あ、大丈夫でーす。あとはこっちでやっときまーす」

 

 ヴェルの言葉に、椅子に項垂れたままのミーナが返事をする。

 そんなミーナを横目に見ながら、ヴェルとセシルは医務室を後にする。

 

「おう、どうだった?」


 医務室を出ると、入り口のそばに立っていたロックが話しかける。


「普通の人間と変わらんそうだ」


「ほう、そりゃ不思議なこった」


 肩をすくめるロックに、セシルは、どうせ聞こえていたのでしょう?

 と思ったが口には出さなかった。


「そんじゃ、今度は俺にちょっくら付き合ってくれ、そっちの妖精の――ルルって言ったか、そいつに用がある」


「何よ、あんたもでかい針刺すつもりなの?」


 ルルはロックにあからさまな警戒の色を見せるが、ロックはそれを否定する。


「いんや、そんなもんでわかることはたかが知れてる。俺が知りてえのは、あんたの能力だ。――魔法が得意なんだろ?少し見てやる」


 ヴェルはルルへ視線を向けて、是非を問う。


「まぁ、そのくらいならいいけど」


 ルルは渋々といった様子で、提案を受ける。


「なら、決まりだ。街中じゃ危ねぇからな、街の外でやろうか」


 そう言うとロックはギルドの外に出る。

 そして待たせてあった馬車へ乗り込み、ヴェルたちもそれに続く。

 本当に用意がいいことだ。

 セシルは、最初から決められた台本通りに動かされているような、そんな気分になる。


「――で、いつまで縛っておくつもりなのよ!?もういいでしょ!解きなさいよ」


「――ああ、そうだな。忘れていた」


 そう言うと、ヴェルはルルの拘束を解く。

 ルルはレディの扱いがなってないわ、とぶつぶつ文句を言う。


「――そんで、ルルの嬢ちゃんはどんな魔法が使える?火、水、風、土、氷、どれだ?」


 ロックはルルへと問う。


「え、あたしは…色々試してみたんだけど、今言ってたやつなら全部いけるわ。――あたしとあの子を売り飛ばそうとした奴らを、逆にぶっ飛ばすくらいはできたわ」


 妖精は空中で、拳をぶんぶんと振り回し、自慢気に語る。


「それと、光を出したり、傷を治したりもできるわ!――ギルドにいた女もなかなかだけど、あたしほどじゃないわね」


「ほう、それじゃ魔術についてはどうだ?」


 ロックの言葉に馬車に乗っていた全員が、首を傾げる。


「知らねぇか――いや、お前ぇは知ってるはずだろ!前に説明しただろうが」


 ロックは、セシルとルルと一緒に、僅かに首を傾けているヴェルへ水を向ける。


「――聞いた気もするが、覚えていない」


「そーかよ、まぁお前ぇには関係ねぇからな、でも知識としては知っておけ」


 ロックは、こほんと咳払いをすると、無知な3人に授業を始める。


「まず最初にだな、俺たちが使う魔法ってのには、3種類あるってのは知ってるか?」


「知らないわー」

「知らないです」

「知らん」


 ロックは予想できた反応だったが、ヴェルまでもが声を揃えていることに、おもわず笑ってしまいそうになる。


「魔法ってのは、普段俺たちが使う魔力を、現象や物質に変換する方法だ。これは誰でも使ってる。――そこのバカ以外はな」


 そこのバカと称されたヴェルは、相変わらずの無表情だが、その代わりにセシルが口を挟む。


「そういえば、ヴェルさんが普通の魔法を使ってるところって、見たことないですね」


 セシルの疑問にはロックが答えた。


「ああ、そうだろうよ。こいつは魔法が使えねぇからな」


「え、魔法が使えないって…どういうことですか?」


 セシルはロックの言葉が理解できなかった。

 この大陸に住む魔族と呼ばれる者たちは、等しく魔法を扱える。

 才能の差はあれど、魔法自体を使えない者など、セシルは見たことも聞いたこともなかった。

 ヴェルに関してはいつもみたいに、"必要がないから"魔法を使わないのだと思っていた。


「あれ?でもヴェルさんって、フィアーを倒した時とか、ゴーレムと戦った時は魔法を使ってましたよね?――あれってどういう……」


 セシルの言葉をロックが引き継ぎ、説明を続ける。


「こいつの使う魔法ってのは、厳密には"魔法"じゃねぇ。ありゃ魔導って部類の技だ」


「――魔導、ですか」


「ああ、さっきも言ったように、魔法は魔力を物質や現象に変換するものだが、魔導ってのは、魔力そのものを操る技だ。こいつの場合は、魔力を圧縮して閉じ込めたり、拳に魔力を流して硬質化したりだな。――あとは自分の魔力を操作して、身体能力を底上げしてる」


 ロックの説明に、セシルはへぇーと感嘆の声を漏らす。


「まぁ、こいつのは特例に近い。魔導ってのは極めたとしても、遠くの物を少し動かしたりできる程度だ。これは並の人間には到達できる領域じゃねぇし、魔力の消費も桁違いだ」


「――確かに、あの蜘蛛やっつけた時なんかは、すごいと思ったけど。――あれで自分の腕まで壊れてたんじゃ、他の人間じゃ絶対使えないじゃない」


 妖精の言葉にロックは同意する。


「そうだ、だから魔導についてはどうでもいい。どうせ使えん。――俺が言いたいのは魔術の方だ」


「魔術はどんな技なんですか?」


 ロックは、パチンと指を鳴らすと、指先に小さな炎が灯る。


「魔術ってのは、複数の魔法を組み合わせて使う、魔法の応用だ」


「魔法の、応用――それって、水と火で霧を出したり、火と風で熱風を起こしたりとかですか?それなら私も少しはできます!」


 セシルは、先生に質問する学童のように、挙手をして発言する。


「ああ、半分正解だ」


 ロックはセシルの回答へ50点の点数をつける。


「原理はセシルの嬢ちゃんの言った通りだ。だが、嬢ちゃんがやってるのは、最も原始的な方法で起こす魔術だ。魔術ってのは魔を扱う"方法"じゃなく、"術"だ。嬢ちゃんの場合は、火と水を起こし、それを組み合わせて霧を生み出す。つまり、3つの工程が必要になる。魔術ってのはその工程を一つにまとめて、直接霧を起こす技のことだ」


 ロックの説明に、セシルはなるほど、と相槌を打つ。

 そして前に本で読んだ魔法のことを思い出す。


「それって、ファイヤアローとかアイスブラストみたいなものですか?」


「ああ、それだ。本や物語にはよく出てくるが、実際に使えるやつは少ねぇ。だが、実在する技だ。ファイヤアローなんかは炎を圧縮して、矢の形にして飛ばす。飛距離と威力が増大する。氷も同じだ」


 ロックはひとしきり説明を終えて、セシルとルルに向き直る。


「長くなったが、お前さんらには魔術が使えるんじゃねぇかと思ってな。――特にルルの嬢ちゃんはな」


「ふーん、面白そうね!いいわ!やったげる。セシル、あんたも付き合いなさい!」


「いいですけど、私は魔法を攻撃として使うのは得意じゃないんですが…できるんでしょうか」


 セシルは自信がないようで、乗り気ではない。


「魔術は別に攻撃だけじゃない。霧を生み出すのだって立派な魔術だ。それに魔術ってのは、複数の魔法を使うより、効率がいい。覚えておいて損はねぇよ」


「そうですか。では、やってみます!」


「よし、着いたな。ここなら暴れても問題ねぇ。早速練習してみるか。――そんでヴェル、お前は鏡砕の訓練だ。お前の"魔力凝結"は範囲が広すぎて、使い勝手が悪すぎる。もっとピンポイントで圧縮できるように練習しろ」


「ああ、やってみよう」


 ヴェルが返事をすると、馬車が停止し、目的地に着いた。

 全員が馬車を降りてあたりを見渡す。

 そこは訓練所のようだった。

 木でできた的や、魔物の形を模した人形などが、あちこちに点在している。

 ロックは広場の中央まで歩いていくと、ヴェルたちに振り返り、両手を広げて高々と言う。

 


「さぁ、退屈な座学の時間は終わりだ。――今度は実技で俺が魔法ってやつを、教えてやる」

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ