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死なない男は生きる意味を知らない 〜猫獣人の少女と始まる旅〜  作者: 三島 勝仁
第二章 アイルとルル

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還る者と帰らぬ者


 少年は薄暗い部屋の真ん中で、膝を抱えて虚空を見つめる。

 ぼんやりとした赤色が、部屋の端でゆらゆらと揺れる。

 その虚な瞳は、何も像を映してはいない。

 ただぼんやりと、灯が見える。

 扉が開き、白い服を着た男が入ってくる。


『おい、――チッ、ピクリともしやがらねぇ。薄気味悪ぃ奴だ』


 男は少年を足で小突く。

 バランスを崩した少年は床に倒れた。

 そのまま起き上がることもなく、見開かれた黒い瞳が、少年の不気味さを物語っている。


『おら!起きろ、食え――まだ言葉がわからねえのかよ、めんどくせぇな』


 男は少年の黒い髪を掴んで、無理やり起こす。

 そして強引に口を開けさせ、皿に入った"食事"を口に詰め込む。

 どろどろとした灰色の液体が、一気に喉に流れ込む。

 それは気管を圧迫し、少年は生理的に咳き込み、それを吐き出す。

 それでもなお、男は少年の口に"食事"を運ぶ。


『こんなもんでいいだろ』


 男は誰にともなく、言葉を発する。

 そして、散らかった部屋と床に倒れ、浅い呼吸を繰り返す少年をそのままにして立ち去る。

 


 部屋に残された少年の元へ、今度は赤い髪の女がやってくる。


『やぁnull、食事はとったか?――はぁ、半分も食べれてないじゃないか、男どもはこんな仕事も満足にできないのかまったく』


 女はそう言うと、手に持った煙草を口に咥えて、空いた手に匙を持つ。

 そして皿に残った"食事"を少しずつ、少年の口の中へ運ぶ。

 少年の顎に手を添えて咀嚼を手伝い、首を傾けて嚥下させる。

 それを数度繰り返す。


 女が吐き出す煙を顔に受けて、少年の目尻に涙が溜まる。

 女はそれを気にした様子もなく、"食事"を口に運び続ける。


 そして皿の中が空になると、女は立ち上がり、言う。


 『さぁ、勉強の時間だ』


 少年は流れ落ちる涙の意味すら、まだわかっていなかった。



 ――――――



「……ルさん、ヴェルさん!起きてください。着きましたよ」


 ヴェルが目を開けると、栗色の髪の少年がヴェルの顔を覗き込んでいた。


「大丈夫ですか?少し顔色が悪いような……」


 レイは覗き込んだヴェルの顔に違和感を覚えた。

 だが彼の顔色が悪いのはいつものことなので、あまり心配はしていないが。


「――いや、問題ない。――行ってくる」


 ヴェルはそう言うと、背負い袋を肩にかけ、馬車を降りる。

 周囲を見渡すと街道の先に、小さな森が見える。

 目的地まではまだ距離があるようだ。

 だが付近まで馬車で向かえば、敵に気付かれる可能性もある。

 そのため、ここからは徒歩で移動だ。


「……よろしくお願いします」


 ヴェルは無言で頷くと、遠くの森へ向かって歩き出す。

 見送るレイの表情は暗い。

 それもそうか、今回の依頼内容は討伐から帰ってこなかった――冒険者たちの捜索依頼なのだから。


 

 ことの起こりは7日ほど前。

 ある新人冒険者のパーティが、魔物の討伐依頼を受けた。

 そして戻らなかった。

 言ってしまえばそれだけである。

 

 依頼は単純。街道付近の森に、魔物が住み着いた。

 危険だから討伐してくれ。まぁよくある依頼だ。

 これは街道を通る街の住民からの依頼だったようで、報酬額も低い。

 そして魔物の正体も不明。


 ベテランならまずこの手の依頼は受けない。

 受けるとすれば、暇人の腕試しか、金のない新人達だ。

 そして新人冒険者達が依頼を受け、戻らなかった。


 今回は捜索依頼と言われたが、実質遺品回収のようなものだろう。

 おそらくもう、生きてはいない。

 新人達が依頼を受けてから、時間が経ち過ぎている。

 討伐に失敗し、全滅した。

 よくあることだ。


 ヴェルもこの手の依頼は、何度も受けたことがある。

 だが今回はギルドからの正式な依頼ではない。

 受付嬢のミーナから依頼された。

 捜索依頼としての報酬は出ないが、魔物の情報料、もしくは討伐すれば、その報酬は出るらしい。


 ミーナの顔色は良くなかった。

 新人冒険者達の受付をしたのが、彼女だったそうだ。

 少し寂しげな顔でヴェルに頼んできたのだ。

 それをヴェルは独断で受諾した。

 そして依頼に向かう途中、どこから聞きつけたのか、ロックが現れ、レイを送迎につけてくれた。


 ヴェルは森の入り口に着くと、魔力の痕跡を探る。

 澱みはない。

 以前戦った死糸を織る者のような強敵ではないだろう。

 ヴェルは肩にかけた皮袋を背負い直す。

 その皮袋は、いつものよりも大きい。

 遺品の回収、あるいは死体そのものを運ぶ可能性もあるので、そのためだ。

 ヴェルは、何の感慨もなくそんなことを考え、森へと入っていった。


 森に入ってからしばらくすると、辺りが静かすぎることに気がつく。

 鳥や小動物の気配がない。

 聞こえるのは風に揺れる木々の枝葉の音。

 そしてそれに混じって、ガサガサとこちらに近づく何かの足音。


 ヴェルは音のする方へ警戒を向ける。

 拳を握り、魔力を練る。

 だが、聞こえてくる足音は次第に増えていく。

 気づけば四方を囲まれていた。

 敵の姿はまだ見えない。

 だが、集団で狩りをし、森に潜む魔物は、


「――ゴブリンか」


 ヴェルは見えざる敵をそう判断し、四方に気を配る。

 そして一瞬の静寂の後、ヴェルの背中に衝撃が走る。

 トスッと軽い音がして、後ろを見れば、ヴェルの背中に短い矢が生えていた。


 威力は大したことはない。

 頭と心臓だけ守っていれば問題ないだろう。

 そしてヴェルは矢が放たれた方へ駆けていく。

 そして茂みに飛び込むと、緑色の肌をしたゴブリンが次の矢をつがえていた。

 ヴェルはそのまま地面に引き倒し、間髪入れずに硬質化した拳をゴブリンの顔面に叩き込む。


 顔面を陥没させたゴブリンは、砕けた頭蓋の隙間から血と脳みそを溢れさせて絶命する。

 ヴェルはゴブリンの足を掴み、元いた場所までずるずると引きずっていく。

 そしてゴブリン死体を足元に放ると、それを足で踏み躙る。

 すると周囲の茂みから、ギャイギャイと耳障りな怒声が上がる。

 そして頭に血が上ったゴブリン達は、奇襲の利を捨て、わらわらと茂みから出てきて、その醜悪な姿を現す。


 ヴェルは、周囲を見渡し、敵の数をざっと数える。


 (――8…9匹か)


 足元に転がる骸を入れれば10匹になる。

 ゴブリンの背丈は、大きい者でもせいぜいヴェルの腹の下くらいだ。

 子供の手を捻るのと変わらない。

 だが奴らは各々に、粗末だが武器を持っている。

 

 (短剣、短槍――弓から殺すか。)


 ヴェルは即座に方針を決めて、集団の一歩後ろにいる弓兵に狙いを定める。

 そして姿勢を高くしたまま、弓兵に向かって走る。

 短剣と短槍を持ったゴブリンが、ヴェルの前に立ち塞がる。

 ヴェルは速度を緩めない。

 所詮大人と子供の体格差だ。

 ヴェルは、勢いもそのままに2匹のゴブリンを轢き倒す。

 その際に、振り回された錆びた刃が引っかかり、ヴェルの足を赤黒く染める。

 

 そして弓兵の正面に立ったヴェルは、鉄板の入った硬いブーツのつま先で、ゴブリンの顎を蹴り上げる。

 その際に放たれた矢が、ヴェルの腹に深く突き刺さるが、毎度のことながら気にも留めない。

 首をありえない方向へ曲げたゴブリンが、静かに倒れる。


 ヴェルは腹に刺さった矢を、強引に引き抜く。

 そして、起きあがろうとする短槍を持ったゴブリンの喉へと、その矢を突き立てる。

 血飛沫が上がり、ヴェルの体は汚い体液で汚れていく。


 わずか5秒で2匹のゴブリンを殺した。

 ――これで3匹。

 だが、ゴブリン達もただ見ているわけがない。

 残ったゴブリン達は一斉にヴェルへと飛びかかり、背中や足に組み付く。

 そして、各々の武器でヴェルを滅多刺しにしていく。

 そんな滅茶苦茶な状況でも、ヴェルのやることは変わらない。

 1匹ずつ、確実に殺していく。

 

 煩わしい虫でも払うかのように腕を振り上げ、そのままゴブリンの顔面へと振り下ろす。4。

 両手で首を掴み、窒息を待たずに頸椎をへし折る。5。

 首を折られ、弛緩したゴブリンの体を振り回し、足元の1匹に叩きつける。

 倒れたゴブリンの頭蓋を踏み砕く。6。


 7……8……9。


 もうゴブリンは勝てないことはわかっているだろう。

 だが、それでも止まらない。

 仲間の死体を踏み越え、ヴェルへと肉薄する。

 憤怒に燃える表情で、一矢報いらんと飛びかかる。

 ヴェルは手近に落ちていた木の棒を拾い、無慈悲にもゴブリンの頭を目掛けて大きく振り抜く。


 10。



 ――――――



 ヴェルは暗くなった森の中を一人歩く。

 ずるずると、重たい"荷物"を引きずって。

 


 ゴブリンを殺した後、ヴェルは奴らの巣穴を見つけた。

 そこは、まるで地獄のような光景だった。

 おびただしい数のゴブリンの死体と、その中心に倒れる冒険者。


 おそらく、冒険者達はここでゴブリン達と戦ったのだろう。

 そしてそのゴブリンの死体の中に、一際大きな個体が確認できた。

 ――ホブゴブリン。

 群れのボスか、それに近い存在のはずだ。

 冒険者達はそれに勝った。

 だが、その後も押し寄せるゴブリンによって、やがて力尽きた。

 

 冒険者の死体はおそらく3つ。

 うち2つは身体をバラバラに引き裂かれている。

 ヴェルは死体の中を歩き回り、彼らの腕を探す。

 そして見つけた腕から認識表を外し、装備も可能な限り回収する。


 そして形を保っている死体の一つを死体袋に入れて、引きずりながら、歩く。

 そして馬車で待つレイと合流すると、レイはヴェルの格好を見て咄嗟に口元を押さえる。


「ヴェルさん…その、大丈夫ですか?」


 ヴェルの格好は酷いものだった。

 服はボロ雑巾のようで、体のいたるところから血が溢れている。

 それによく見れば、背中に矢が刺さったままだ。

 これじゃ塞がる傷も塞がらない。

 彼が歩いてきた道は、点々と血が滴って地面を赤黒く染め上げていた。

 だがまぁ自分の足で帰ってきたので、まだ"最悪"ではない。

 

 そしてレイは、ヴェルが運んできた死体を確認する。

 死体の顔を見た途端、レイは青ざめた顔でそっと目を逸らした。


「――知り合いか?」


「……いえ、違います。――ただ、以前ギルドで見かけたことがあるだけです」


 レイの表情を見るに、とてもそれだけとは思えないが、ヴェルには関係のないことだ。


「それより、ヴェルさんは大丈夫ですか?――かなり傷は深そうですが」


 レイは気丈に振る舞うも、少し声が震えている。

 ヴェルはそれを無視して答える。


「いつも通りだ。問題ない。――それより、彼らはゴブリンと戦ったようだ。森の中に他の二人の死体もあった。」


「そうですか、彼らは……」


 レイの言葉にヴェルは無言で首を横に振る。


「そう…ですか」


「燃やした方がいい。――あのままではいずれ、澱む」


「わかりました。では、行きましょうか」


 そしてレイと共に、ゴブリンの巣穴へと戻る。

 死体を一箇所に集め、燃やす。

 ゴブリンの死体と、冒険者達。

 死ねば皆同じだ。

 灰となり、世界へ還る。


 ただ一人――ヴェルだけを残して。


 ヴェルは燃え盛る炎の中、ふと思う。

 あの娘――セシルに、何も言わずに来てしまった。

 ロックあたりから伝わっているとは思うが。

 一言、告げるべきだったかもしれない。

 今日はヴェルのために、夕飯を作って待ってる、と言っていたのを思い出す。

 別に頼んだわけではないが、それでも作ると言っていた。

 今から戻っても、帰りは明日になるだろう。

 炎が完全に燃え尽きるのを待って、ヴェルはその場を後にした。

 ヴェルは帰る。

 誰かが待つ、あの家に。


 揺れる馬車の中、ヴェルは冒険者達の認識表を握りしめる。


 ――この冒険者達にも、どこか帰る場所があったのだろうか。

 

 

 ◇



「遅いですねぇ、ヴェルさん」


 セシルは誰にともなく独りごちる。


「そーだね、今日はギルドに行ってるんだっけ、何しに行ったの?」


 セシルの独り言に、ソファに座るルークが反応する。


「今日はアイルのことで、詳しく話を聞きたいとのことで、呼び出されたみたいですけど」


 セシルは膝の上でじゃれつく緑髪の少女に視線を落とす。


「でもさぁ、セシルちゃんもなかなか肝が据わってるよね。――聞いた話だと、一回その子に殺されかけたんでしょ?」


 ルークの言葉にセシルは少しだけ表情に影を落とす。


「ええ、まぁ。――でもこの子も悪意があったわけじゃありませんし……」


 セシルの言葉にルークは何を当たり前のことを、といった表情で諭す。


「そりゃそーでしょ。魔物に悪意なんてないよ、彼らも生きるために食べてるんだから」


 ルークは少し呆れた様子で、はぁと息を吐く。


「まぁわからなくもないけどね、こんな姿で現れたら…ね」


 言いながら、ルークはどこから取り出したのか、小さな木苺をアイルの口元へ近づける。


「――あーん!んーまぁー!」


 パクッとルークの指ごと木苺を口に入れたアイルは、両手を頬に当てて幸せそうにそれを頬張る。

 その様子に毒気を抜かれたルークは、さらにポケットから木苺を取り出し、口の中に入れていく。

 だが、その木苺は酸っぱかったのか、アイルは口を窄めて目を丸くしている。


「……可愛いな」


 ルークは、先ほどまでの発言を撤回するようにセシルの方を向く。


「――でしょー?」


 セシルも何故か得意げな表情で、ルークを見返す。


「でも、ヴェルさんはアイルが苦手みたいなんですよね。いつも避けるみたいに、自分の部屋に行ってしまうんです」


「――ヴェルがパパ、ねぇ。ヴェルにとって子供なんて一番縁遠い存在だろうしね」


 ルークはアイルの存在に戸惑い、咄嗟に逃げ出してしまう友人の姿を思い浮かべる。

 ――彼にも苦手なものがあったんだねぇ。

 彼はこのセシルという少女と出会ってから、急激にその世界を広げている。

 こんなにも早く、彼に感情らしいものが芽生えるとは。

 彼の友人として少し悔しい反面、こんなに喜ばしいことはない。

 

 そしてその友人へ、なんとかして自分の手料理を食べてもらいたい、と奮闘するセシルも実に微笑ましい。

 奥のキッチンでは、彼に振る舞うための料理が仕込まれているのだろう。

 さっきからとても腹の空く匂いが部屋に漂っているのだ。

 なんなら自分もご相伴に預かれないかと、図々しくもこの場に居座っているが、

 ――はたしてあの友人はいつ帰ってくるのだろう。


 その時、ご飯の匂いにつられたのか。

 アイルの腹の虫がキュルキュルと音を立てる。


 アイル自身も、自分の腹からなった音に驚いて目を見開いている。

 その様子を見て、ルークとセシルは2人して声を上げて笑うのだった。


 

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