第41話 『勇者と魔王』
気付くと真っ白な空間に俺たちはいた。
体を蝕んでいた痛みは綺麗になくなっている。
その証拠に千切れかけていた腕が元通りになっている。
横にいる魔王の怪我も完全に消えていた。
魔王は自分の体を確認しながら、納得したように頷いた。
「今の私たちは精神体のようだ」
「精神体だと?」
「恐らく、魔神を倒した瞬間に賢者が譲渡したアクセス権が発動したんだろう。ここはシステムの中枢だ」
そう言われても納得することはなかなかできない。
なぜなら真っ白だからだ。
なにひとつ存在しない。
こんな空間が中枢部だと言えるのか?
すると、突如として『何か』が出現した。
果たしてそれはとても俺の常識や感覚では理解できるようなモノではなかった。
見た目をできるだけ言語化するならば、それは、十字架に磔にされた人間に非常に近い何かだ。
磔にされている人間は男にも女にも見える。
『ようこそ、勇者』『ようこそ、魔王』
『何か』から声が発せられた。
男でも女でもない無機質な声。
人間部分は一切動いていなく、どうやって声を出したのかさっぱり分からない。
『我々は裁定者』
『貴方たちのスケールで語るなら』
『神です』
『我々は貴方たちを歓迎します』
『人の身でありながら』
『ここへ到達した』
『素晴らしいことです』
『そして』
『貴方たちの』
『目的は』
『把握しています』
神がそこまで言うと、魔王が前に出て言葉を紡ぐ。
「貴様が下らんシステムの創造主だな。我々はシステムを破壊しに来た」
『それは不可能です』
『貴方がたはシステムに干渉することはできません』
『その証拠に』
『貴方たちはこの空間が空白に見えているでしょう』
『しかし、ここにはシステムが確かに存在します』
どういうことだ?
どうみても真っ白な空間じゃないか?
『我々の次元と貴方がたの次元は異なるということです』
魔王の表情が苦々しくなる。
あと一歩というところで目的が達成できないのだ。
『勇者』『魔王』
『なぜ』
『貴方たちはシステムを拒絶するのですか』
『システムは世界のバランスを適切に保つために最適な方法です』
「確かにシステムとしては優秀かもしれない。だが、そこには感情が存在しない」
『感情』
「私たち人間には感情がある。感情というもは厄介なものだ。どんなに合理的な行いだとしても選択できずに、非合理的な選択をしてしまう。感情がある故に争いが生まれる。だが、同時に希望も生まれる」
魔王の言葉に魂が震える。
そうだ、人間には感情があるんだ。
「感情によって生まれた争いは俺たち人間が受け止めるべき罪だ。だが、システムはお前たちが作ったものであって、人間の罪ではない」
「勇者の言う通りだ。嘆かわしいことだが、現在の世界には不幸がそこかしこに転がっている。貴様らのシステムなぞ必要ないくらいにな」
神は暫し沈黙する。
そして、
『システム排除により』
『貴方たちの世界が滅びる可能性を精査しました』
『結果』
『限りなくゼロとなりました』
『よって』
『貴方たちの』
『望みを受諾して』
『システムを撤退します』
『しかし、貴方たちは』
『感情なるもので』
『遠くない未来』
『世界を滅ぼします』
神は無機質に言葉を並べていく。
俺は魔王の手を握り言う。
「そうなるかもしれない……だがな、感情には力があるんだ。お前が予測できないほどの無限の力がな」
すると、嗤い声が聞こえた。
何百、何千もの嗤い声が響き渡った。
『運命に』
『抗いなさい』
『弱く』
『小さな』
『生命体』
×××
気がつくと、俺たちは魔神と戦っていた場所に戻ってきた。
激闘の痕跡が激しく残っている。
真っ赤に染まっていた空は元通りの青色に戻っていた。
雲の隙間からは陽の光が差し込む。
俺と魔王は互いに仰向けになり、顔を見合わせていた。
互いに血塗れで満身創痍だ。
生きていることが奇跡に近い。
その奇跡も数分後には終わっているだろう。
しかし、不思議と気分が良かった。
「どうやら終わったようだな」
「そうだな」
体の中にあった勇者因子が消滅していた。
恐らくエメリの中にあった魔王因子が消えているだろう。
それはつまり……。
「安心しろ。憑代となっているエメリは無傷だ」
「それも気になっていたが……魔王、俺は……」
「ああ、そうだったな。貴様は私のことが知りたくて旅をしていたんだな」
「ああ」
「消えるまでまだ時間はある。質問に答えるくらいなら問題はないだろう」
魔王はゆっくりと上体を起こした。
俺も右腕のみで上体を起こす。
俺は魔王の美しい碧瞳を見つめて、ずっと聞きたかったことを──。
「──君の名前を教えて欲しい」
魔王は初めて柔らかな笑みを浮かべた。
そして、
「マリー。それが私の名だ」
「マリー、か。凄く良い名前だ」
今この瞬間、俺は旅の目的を達成することができたのだ。
「貴様の名は?」
「あ?」
「名前だ、名前。貴様も答えるのが当然だろう」
「マティアス。俺の名はマティアスだ」
マリーは俺の名を聞いた瞬間に笑い出した。
「昔の貴様ならともかく今の貴様には似合わん名だな」
「言ってろ」
それから、俺とマリーは見つめあい笑い合う。
マリーは血に染まった手で俺の頬を撫でた。
柔らかくて温かい手だ。
「マティアス、貴様が私の勇者で良かった」
「マリー、お前が俺の魔王で良かった」
正直なところ、俺とマリーは互いのことを殆ど分かっていない。
だが、分かっていなくても俺たちには確かな絆で繋がっていた。
『勇者と魔王』という決して断ち切ることのできない強い絆で────。




