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第33話 『新たなる魔王』



 エメリの話を聞き終えた俺は言葉が出なかった。

 落胆や絶望ではない。

 純粋な尊敬だ。

 魔王はたった一人で世界と戦っていた。

 そんなことは俺には絶対にできない。

 いや、そんなことをできる者は魔王以外には存在しないだろう。


「システムの破壊……そんなことを彼女は考えていたのか」


 賢者が驚き混じりに呟いた。

 終焉の魔王は厳かに頷き、自身の胸に手を当てた。


「ここに最後の魔王因子がある。これをお前さんに譲渡すれば、あの娘の企みは成就するはずじゃ」

「そうだな」

「じゃが、それによって何が起こるか分からん。全くもって未知数じゃ」

「ええ、私たち賢者でも、そのイレギュラーに対する解決策は持ち合わせていません」


 そう、これはあくまでも魔王の仮説。

 机上の空論だ。

 この先に何が起こるかは誰にも予測できない。


「じゃからの、ここから先はお前さんの判断に委ねる。因子を受け入れるも、拒むのも自由じゃ」


 この返答次第では俺は世界を相手に戦うことになるだろう。

 果たして俺にそれができるのだろうか?

 ………………。


「少し考えさせてくれ」


 そんな重大な答えを簡単に出すことはできなかった。



×××



 宿に戻った俺は一人にしてもらい、どうするべきか考えていた。

 しかし、いくら頭を悩ませたところで答えは出なかった。

 結局のところ、俺の覚悟の問題なのだ。

 俺には覚悟が足りてない。


「ねぇ、ブレイブ」


 開かれた扉からエメリが顔をひょっこりと覗かせていた。


「どうした?」

「ちょっと、散歩しようよ」

「今はそんな…………いや、分かった」


 きっとエメリは俺のためを思って提案してくれたのだろう。

 それにどうせ一人で部屋にこもって考えていても答えなんて出なかったはずだ。


 華やかで綺麗な町並みを眺めながら歩く。

 隣にはエメリがいる。

 俺の視線に気付いて、エメリはにこりと笑う。

 無言では味気ないと思い、話題を振ってみた。


「体調はどうだ?」

「全然元気! あのお爺さんの魔力は柔らかい感じだったから、記憶が甦った時も具合悪くならなかったし」

「魔力に柔らかさなんてあるのか?」

「ちゃんとあるの。渇望の魔王の魔力は怠い感じがしてね、破滅の魔王はトゲトゲ、イライラした感じがしたの」

「まったく分からん」


 理解不能といったリアクションを取ると、エメリは頬を膨らませた。


「ブレイブは魔力に鈍感だから分かんないの!」

「否定はできないな。因みになんだが、俺はどんな魔力をしてるんだ?」


 気になって質問してみる。

 エメリは馬鹿にしたように舌を出す。


「飲んだくれみたいにフラフラした魔力」

「なんだそれは」


 気付けば俺は笑っていた。

 ついさっきまでは笑うことなんて絶対にできなかったのに。

 それもエメリのおかげだ。


 すると、エメリは俺の前に立つ。

 後ろで手を組みながら、笑みを浮かべる。


「私は止めてもいいと思うな」

「エメリ」

「だって、ブレイブは十分頑張ったと思うの。いっぱい辛い思いして、痛い思いして、それでも私やインニェルやシーフを守るために戦ってくれた」

「………………」

「さらに世界と戦えなんて酷すぎるよ」


 沈んだ顔をするが、エメリはすぐに明るくなり手を大きく広げた。


「それに世界はこうして回ってるんだよ。幸せに満ち足りてるとは言えないかもしれないけど、私たちは生きていられる」


 確かに、現状維持をすれば今までと変わらない世界が続いていく。

 勇者がいて、魔王がいる世界が。

 それで致命的な問題が起こるかと聞かれれば、答えは否だ。


 だが、俺は…………。


「そういえばさ、私って自分のこと話したことなかったよね」

「突然だな。言われてみれば聞いたことないな」

「実はこの旅が終わったら話そうと思ってたの。でも、私には見えないよ……ねぇ、この旅の終わりはどこにあるの?」


 旅の終わり。

 ここまで魔王の影を追いかけてがむしゃらに走ってきた。

 だから、終わりのことなんて考えたことがなかった。

 始まりがあれば終わりもある。

 当然のことだ。


「正直に言うとね、ブレイブにはこれ以上進んで欲しくないの。ここを終着点にしてもいいんじゃないかな?」


 その言葉を聞いた瞬間、ある感情が明確になった。

 

「エメリの気持ちは分かった」

「じゃあ!」

「すまない。俺はまだ止まれない」


 世界なんて話が大きくなったから見失っていた。

 俺がこの旅を始めた理由。

 まだ、魔王のことを何も、名前すら知らない。

 知らなければ、これまでの旅が無意味になってしまう。

 そんなのは絶対に駄目だ。

 だからこそ、俺は止まるわけにはいかないんだ。


「あぁ、そう。そうだよね……ブレイブならそういうと思った」

「エメリ……エメリ?」


 違和感を感じた。

 いつものエメリが醸し出す雰囲気とは別物。

 禍々しい気配がエメリの周りを渦巻くのを感じた。


「最初に会った時から分かってた。もしかしたらって……でもやっぱり変わらない」

「何を言っている?」

「ここまで来ちゃったんだもん。しょうがないよね」

「おい、エメリ!」


 エメリはおもむろに両手を掬い上げる。

 すると、手の中に黒く輝く何かが出現した。

 一つではない。

 四つの黒い輝きだ。

 なんだアレは?


「これ? これはね、魔王因子だよ」

「なっ!?」

「勇者選定権剥奪術式の応用で、お爺ちゃんとブレイブから魔王因子を回収したの」

「なぜそんなことが……いや待て、一体何をする気だ?」


 エメリは悪意に満ちた笑みを張り付けた。


「ブレイブはこの世界と戦うんでしょう? その結果がどうなってもきっと今までの世界とは別の世界になっちゃう。それじゃダメなの。私はこの世界でするべきことがあるの」


 言葉を区切って、エメリは言葉に憎悪を込めて張り上げた。


「私の村を滅ぼした国を、その国に住む人間を、私のお母さんを殺した功績で幸せを享受している魔法使いと戦士を、私の手で塵一つ残さずに滅す!!!」


「まさかっ!」


 俺が結論に至ると同時に、エメリは魔王因子を飲み込んだ。

 刹那、闇が溢れ出した。

 なんとかしてエメリに近づこうとするが、闇が行く手を阻む。


「来ないで。私はブレイブと戦いたくない」


 その闇を手駒ように操り、纏ったエメリは俺の前から姿を消した。

 彼女の哀しさに満ちた表情が頭から離れなかった。



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