第30話 『得たもの』
酒場を何件もはしごして、俺はとにかく酒を飲みまくった。
受け入れたくない現実から酒の力で逃げようとした。
結果、不思議なほどに酔えなかった。
俺は酒瓶を片手に街を歩く。
行くあてなんてない。
賢者と顔を合わせるのが気まずくて宿に帰れないだけだ。
気付くと俺は終焉の魔王と会ったベンチに来ていた。
たった数時間前までの気持ちとは全く異なる。
今は負の感情が渦巻いている。
「クソッ!!」
俺は酒瓶を石畳に叩きつけた。
瓶が砕けて、琥珀色の液体が広がっていく。
それはどんどん広がっていく。
俺の足元、俺の周り、そして街全体。
いや、違う。
雨だ。
雨が降り出したんだ。
冷たい雨が熱くなった俺の頭を冷やしてく。
「…………はっ」
虚しくて笑いがこぼれた。
俺は一体なんなんだ?
勇者なのか?
それとも魔王になりかけの半端者なのか?
「そんなところにおって、風邪引いても知らんぞ」
俺に声をかけたのは、終焉の魔王だった。
杖を使いながら近づき、俺に傘の中に入れる。
「どうやら真実を知ったようじゃな。ついて来い」
俺は言われるがまま、終焉の魔王の後をついて行った。
×××
連れて来られたのは孤児院だ。
まずは風呂に入って体を温めろと言われて、俺はその通りにした。
風呂から上がり、声が聞こえる方へと歩いて行く。
行き着いたのは大広間だ。
大広間では子どもたちが集まり、夕食の準備をしていた。
その様子をぼんやりと見ていると終焉の魔王が話しかけてきた。
「服のサイズはぴったりのようじゃな」
「ああ、感謝する」
魔王相手に感謝するなど考えもしなかった。
俺は終焉の魔王の隣にいる女性に視線がいった。
かなりの美女だ。
だが、問題はそこではない。
彼女の顔立ちは賢者にそっくりだった。
「当然気になるじゃろうな。彼女はインニェル、儂の嫁じゃ」
「初めまして、北の勇者」
いささか困惑した。
嫁だと?
インニェルと呼ばれた女性はどう見ても二十代だ。
待て、問題はそこではない。
彼女は間違いなく賢者だ。
名前が賢者と全く同じで、見た目も似ている。
判断材料としては十分だろう。
「どういうことだ?」
「言いたいことは分かる。じゃが、話の前に夕食にしようぞ」
夕食はとにかく賑やかだった。
子どもたちの笑い声が耐えることがない。
終焉の魔王とインニェルは物凄く慕われていた。
その光景を眺めていて、俺は言いようのない感覚に囚われた。
×××
夕食も終わり、子どもたちが寝静まった頃。
俺は終焉の魔王の私室に訪れた。
話をするためだ。
部屋にはインニェルもいた。
終焉の魔王はソファーに深く腰掛け、パイプを燻らせていた。
インニェルは彼の隣に座っている。
俺は対面のソファーに腰掛けた。
「お前さんの賢者から真実は聞いたようじゃな」
「ああ」
「どうじゃった?」
「ショックがないと言えば嘘になる」
終焉の魔王は口から煙を吐き、
「儂もそうじゃった。勇者として国に身を捧げた筈が、魔王になる運命なぞ、とてもじゃないが認められんかった」
「だが、アンタは受け入れた」
「そうじゃな。受け入れるしか道はなかったからの」
俺は終焉の魔王に問うた。
「アンタは……自分の人生に満足しているか?」
「もちろん」
即答だった。
「なぜだ? 俺も、アンタもシステムの一部にされて運命を強制的に定められたんだぞ? そんな人生で本当に満足できると言えるのか?」
「辿り着く終点が決まっていても、それまでの過程は儂自身の選択じゃ。最愛の者と結ばれ、孤児院を建てて、子どもたちに囲まれながら幸せに暮らしておる──儂はこれ以上の人生はないと思っておるよ」
俺は何も言えなかった。
するとインニェルが優しく語りかけた。
「北の勇者。貴方は賢者が勇者を選定する基準を知っていますか?」
「いいや」
「好みです」
「は?」
「この人と旅をしたい、この人の成長した姿を見てみたい、この人なら任せられる──そんな単純な理由なんです。確かに私たちはシステムの一部です。ですが、私たちには感情が、心があります。確かに選ばれた人には重荷を背負わせてしまいます。けれど、私たちは信じているのです。選定した者は必ず勇者、そして魔王の責務を果たしてくれると」
インニェルは終焉の魔王を見て呆れ笑いを浮かべる。
「まぁ、私が選んだ者は魔王の責務を放棄しましたが」
「こんな良い女が近くにおったら、おちおち死ねるわけないじゃろ。責務なんぞ知ったことか」
終焉の魔王はゲラゲラと笑う。
それから笑い終えると俺に向けて言う。
「今のお前さんは失った物ばかり数えている。よく思い出してみるんじゃ。勇者になってから得たものを」
「………………」
全身が雷に撃たれたような衝撃を受けた。
そうだ。
その通りだ。
俺は失ったものばかりに目を向けていた。
考えてみれば失ったものなんてほんの僅かしかない。
それ以上に得たものがあるじゃないか。
瞳を閉じればいくらでも浮かんでくる。
気付けば涙が頬を伝っていた。
俺は涙を拭って言う。
「すまない。行くところができた」
「いいのか? あの娘の話は」
「ああ。魔王の話は仲間たちと聞かせてもらう」
「そうか。ならはよ行け」
俺は二人に深く頭を下げて孤児院を後にした。
賢者たちがいる宿に向かって走る。
雨は止んでいた。




