第29話 『世界の真実』
アイツと始めて会ったのはいつだっただろうか。
きっかけはあまりにも些細で覚えていない。
だが、思い返してみればアイツに出会ってから俺は祝福を受けた気がする。
冒険者稼業をやっていた時。
闘技場に出場した時。
魔王討伐の時。
いつも俺の隣にはアイツがいた。
そして、今まさに俺の前にアイツが……賢者がいる。
×××
宿に戻るとタイミングよく賢者だけがいた。
「おかえり。街は堪能できた?」
「…………」
「僕は久しぶりにリラックスできたよ。あ、でもちゃんと情報収集も……」
「話がある」
俺は賢者を睨みつけ、静かに言う。
賢者は困ったように頬を掻く。
「改まってどうしたの? ちょっと怖いな」
「お前は何を知っているんだ?」
「え? なんのこと?」
これは俺の聞き方が悪い。
気が動転しすぎて、まともな思考ができてない証拠だ。
俺は一度深呼吸をしてから、先の出来事を話す。
「終焉の魔王に会った」
「噂じゃ滅んだって……やっぱり生きていたんだ。よく大丈夫だったね」
「ああ。敵意は一切なかった。奴は魔王の企みを知っている素振りだった。聞こうとしたが断られた……俺は世界の仕組みを何一つ理解していないらしい」
察したようで賢者の表情が暗くなった。
「俺の側にいる奴が全てを知っていると、終焉の魔王は言っていた」
沈黙が部屋を覆った。
重く、気まずい空気が流れる。
しばらくして、賢者は諦めたような笑いを浮かべた。
「僕はこの日が来ないことをどこかで願っていたよ」
「賢者、お前は何者なんだ?」
賢者は真っ直ぐな俺の顔を見ながら、己が正体を明かした。
「僕は勇者選定及び魔王討伐支援機構──通称『賢者』。その一人なんだ」
「なんだ、それは?」
「ちゃんと始めから話すよ」
賢者は椅子に座る。
俺も椅子に座り、酒はテーブルの上に置いた。
「遥か昔、この世界の人々は誰もが幸せで何一つ不幸のない夢のような日々を送っていた。けど、それは世界のバランスを崩し、世界が滅びる危険性があったんだ」
「どういうことだ?」
「天秤を想像してみて。どちらか一方に重りが乗っかって限界まで偏ったら、秤は地面についてしまうよね。世界にもそういう目に見えない天秤が存在していて、片方が地面につくのは世界滅亡を意味する」
賢者は続ける。
「つまり、その時の世界には不幸がなかったんだ。このままでは世界が滅びてしまう。それを危惧した存在──神ということにしておくね──は幸福と不幸のバランスを保つためのシステムを作ったんだ。分かりやすくいうと人間の闇と光の部分を明確に顕現させたんだ」
「まさか」
「そのシステムは『勇者と魔王』と呼ばれている」
驚きで声が出ない。
ということは、俺はシステムの一部に組み込まれていたというわけか。
「魔王は世界に闇をもたらし、勇者は世界に光を与える。そのサイクルは永遠に回り続けるようにできているんだ」
「疑問がある。俺は魔王を倒した。しかし、それ以降は俺の国では魔王の出現が確認されていない。サイクルが止まっているじゃないか」
賢者は俯き、続きを話すのを躊躇った。
俺はしつこく問い続けると、賢者は観念してポツポツと話を再開させる。
「魔王が倒されると魔王の因子は膨大なエネルギーとして世界運営の資源として昇華される。でも、勇者の因子は魔王を倒した瞬間から変質し始めるんだ。個人差はあるけど、悪意で精神は濁り、やがて世界を憎み始めるようになる。そして、勇者はいつしか魔王と呼ばれるようになるんだ」
「嘘、だろ」
「僕ら賢者は、サイクルを円滑にするための補助システムなんだ。勇者を選定し、支援して魔王討伐をさせる。勇者が魔王に変質したら新たな勇者を選定する。それを延々と繰り返しているんだ」
頭では言っていることは理解できたが、心が理解を拒んでいた。
勇者の成れの果てが魔王だと?
「魔王、渇望の魔王、破滅の魔王、終焉の魔王……奴らも元は勇者だったのか?」
「うん」
悪い冗談もいいところだ。
だが、心当たりがないといったら嘘になる。
あのボロ小屋で酒に溺れていた時の俺は、人を国を世界を心の底から憎んでいた。
あのまま行っていたら、俺はその時点で魔王になっていたというわけか。
今の俺はギリギリで踏ん張っているだけなのか?
「俺は魔王になる運命なのか?」
「正直、分からない」
「分からないだと? 勇者は等しく魔王になるんじゃないか?」
賢者は「本来ならね」と言い、続ける。
「強欲の魔王──彼女の出現からシステムにイレギュラーが起こっているんだ。君が勇者のままでいることも、年数を鑑みたら本来ありえないはずなんだ。でも、君は勇者として在り続けている」
なるほど、ようやく合点が行った。
「お前はイレギュラーの原因を探るために、魔王討伐後に姿を消して、この旅について来たんだな」
「もちろん、それも理由の一つであることは否定しない。でも、それ以上に僕は君ともっと旅をしたかったんだ」
「そんな話を信じられるか! なぜ俺を選んだ! なぜ俺なんだ! 俺が今までどれほど苦しんだか分かるか!? 仲間には恐怖され、国では厄介者扱いだ! 端に追いやられてボロ小屋で酒に溺れる日々だった! その挙句に魔王だと!? ふざけるな! お前が……お前が選ばなければ、俺はこんな……こんな……」
思うがままに怒りをぶつけた。
今まで溜まっていたものを、ぶつける相手がいなかった世界の不条理さを、賢者に全てぶつけた。
俺は悲しかった。
アルマとヨゼフに拒絶され、失意の底にいた俺を救ってくれたのは賢者だった。
数年前と変わらず慕ってくれた賢者との旅は楽しかった。
しかし、賢者のしていたこと、隠していた真実はあまりにも重い。
「俺はお前のこと親友だと思ってた」
それだけ言って、俺は部屋を飛び出した。




