028 エピローグ
◇
テオたちがルシードのいる街へと足を踏み入れているころ、王城の一室に集まる者たちがいた。
「それで……こんな夜分に呼び出すほどだ。急ぎの用なのかな?」
上座に座る男はトリスタン。この国の王子であり、次期王が決定した男でもある。
その背後に控え立つのは、腹心のロランとヒースだ。
三人は寝ていたところを叩き起こされ、この国をともに作り上げた立役者、王家を含めて始祖五家と呼ばれる者たちに呼び出されていた。
王族を叩き起こすとはなんたることかと怒りそうなものではあるが、それができたら苦労はしない。それどころか、上座の席が空いていたことに驚いたくらいだ。話があると言われても、どんな無理難題を出されるのかと、今にも逃げ出したいほどである。
「まずは次の王になられることへの祝辞を述べさせていただきます」
王家を除いた始祖五家、フォルギス、トリーティア、レヴィリア、ヘルベルク。
そのうちリーダー的役割を担っているフォルギス家の当主――ミリアの声に、トリスタンは頭を捻る。
お前では役不足だと言われるのかと思えば違うようだ。まさか祝福がもらえるとは思ってもいなかったが、それならこんな時間に呼び出したりはしないだろう。
「ありがたく頂戴しよう。それで……本題は何かな?」
「話が早くて助かります。実は、次期王であられるトリスタン様にやっていただきたいことがあるのです」
トリーティア家の当主――ライラの声に、トリスタンは、やはりただでは終わらないようだと内心で肩を落とし、
「……なんでしょう?」
おそらくは自分を見定めるための難題を出してくるはずだと、どんな問題であろうと淀みなく答えられるようにいくつかの答えを頭の中で用意し始めた
「そう難しいことではありません。戴冠の暁には、法律を一つ変えていただきたいのです」
「……は?」
レヴィリア家の当主――サテラの声に、トリスタンは用意していた答えはどこへやら、間抜けな声をあげた。
「もしも私たちのお願いを聞いていただけるのなら、今後必要な時は私たちの手をお貸しすることを約束しましょう」
ヘルベルク家の当主――レジーナの声に、トリスタンは驚きしかない。
王ともなれば、法律の一つや二つ変えることは容易だ。
だが、たったそれだけで今まで簡単には首を縦に振らなかった者たちが手を貸してくれると言う。絶対に何か罠があるとしか思えなかった。
「……お聞きしよう」
聞けばあとには引けないだろう。
しかし、魅力的すぎる話だ。ここで聞かずに終われば、それこそ後悔するに違いないと、トリスタンは要求を聞いてみることにした。
「この国の結婚制度を、一夫多妻へ変えていただきたいのです」
「…………はい?」
再びミリアの声に、トリスタンは聞こえてはいても聞き返してしまう。
「いえ、それだけでは女性たちから非難の声があがるかもしれません。一妻多夫も可能としてください」
トリスタンは言葉がない。いったいそれがなんの役に立つの言うのか。この国は少子化しているわけでなければ一夫一婦に不満があるというような声を聞いたこともない。まるで一人別次元に残されたように、目を瞬かせるしかできないでいる。
「――トリスタン様」
それはロランも同じであるはずだが、なんとか復帰したロランは放心した様子のトリスタンを呼び戻すべく声をかけた。
「あ、ああ、わかっている。一夫多妻と一妻多夫だったな。良いでしょう、その程度で良ければお約束しましょう」
とはいえ、それで誰が困るわけでもないだろう。たったそれだけで彼女たちが手を貸してくれると言うのなら、やらないわけにもいかない。
「ありがとうございます」
微笑みを向けられても、トリスタンは生きた心地がしない。これで終わるはずもないだろうと、本題を待つ。
「では、我々は失礼致します。くれぐれもご自愛ください」
だが、始祖五家に連なる者たちは、もはや用はないとばかりに椅子から立ち上がり、部屋を去って行った。
「なんだったのだいったい……」
トリスタンにわかるはずもない。
「さて、何か裏があるのでしょうか……?」
それは頭の回転が早いロランも同じだ。二人は互いに顔を見合わせ、一人別次元に旅立っていそうなヒースを呼び戻すことにした。
◆
王都に戻り、レナードとの邂逅を果たしたルシードは、ニーナを加えた三人での時間を過ごしていた。
レナードとニーナはルシードの語るテーオバルトの話に一喜一憂し、言葉に詰まり、声が出せなくなっても再び語り出すまで待ってくれた。
それは夜が明け、陽が高くなっても、食事も取らずに話し続けたほどだ。疲労など、まったく感じないほどに話し続けられた。
話の途中、テーオバルトのことを思い出して何度泣いたことかわからない。ルシードの目元は赤くなっており、それはレナードとニーナも同じだった。短いと感じた時間も、かなり濃厚なものだったに違いない。
「ありがとう、今日はこのあたりにしておこう。あまり私たちばかりに時間を取ってはあとが怖い」
「……そうですね」
レナードの声に、ルシードは苦笑交じりに頷いた。
まだまだ話せる内容は数知れないが、部屋の外では自分の番はまだかとばかりに人が押し寄せているはずだ。このまま話を続け、扉が破壊されるようなことになっては目も当てられない。
「君の口から聞けて本当に良かった。また次の時間を楽しみにしているよ。ニーナもそれで良いな?」
無言で頷くニーナに、ルシードは目を丸くする。
「……なんだい?」
その視線が気になったのか、ニーナはルシードに不審な目を向けた。
「いえ、ニーナさんには殴られる覚悟をしていたものですから……」
すまなそうに言うルシードに、ニーナは笑う。
何が、殴られるだけの理由がある、だ。ルシードがテーオバルトを殺してしまったことを思っての言葉だったのだろうが、事のあらましを知った今、どこにも殴る理由はない。
「昔から手が出るのが早いやつだったからな……あとで殴ると言い出すかもしれん。君も気をつけておきなさい」
「……やっぱりですか?」
「ちょっと待ちな。何がやっぱりなんだい?」
だが、レナードの言葉に納得とばかりに頷いたルシードは見逃せるものではない。
「先程も話に出したテオじいが書いた『英雄レナード物語』。その中には、ニーナという女性がとても恐ろしい女性だと描写されて――」
ルシードはメキリッと鳴った音にハッと息を呑み、本人を目の前にして話す内容ではなかったのでは、と恐る恐るニーナを見る。
「へえ……どんな本なのか、とても興味があるね」
ニーナは恐ろしいほど笑顔で、椅子の肘掛をいともたやすく握りつぶしていた。今にもその拳がルシードに飛んできそうな勢いである。
「あ、いえ、それは次のお楽しみということで……。では、俺はこれで失礼します」
殴られる覚悟はあっても、別の理由で殴られるのでは困る。口を滑らせてしまったのは自分だが、今回ばかりはテーオバルトに文句を言いたい気分だ。ルシードは誤魔化すようにして椅子から立ち上がった。
「ああ、待って欲しい、最後に一つだけ」
そのまま逃げ出すように部屋の扉へと移動をしたが、背後からかかったレナードの声に、ルシードは振り向く。
「君はすぐにでも帰りたいだろうが、もうしばらくはこの街にいてくれないだろうか? 私も同行したいのだが、年が明ければ王権交代が待っている。事後処理も考えれば、二、三ヶ月は動くことができないはずだ」
「そう……ですね。俺もまだやり残したことがありますから、もうしばらくはこの街にいるつもりです」
テオはすべて引き受けるように言っていたが、両親の了解まで取ってしまっては大変だ。まずはホープの両親へ謝罪へ向かわなければならないだろうとルシードは考えている。
そのあとのことは……考えるのも怖い。早く彼女たちが新たな恋に目覚めてくれることを祈るしかできない自分が憎いほどである。
「ニーナはどうする? 先に向かうかね?」
握りつぶした椅子の破片を払っていたニーナにレナードが問うが、先に行きたい気持ちはあれど、ニーナもルシードを置いて行くつもりはない。
「私もしばらくはこっちでお世話になるかね。宿くらいは用意してくれるんだろう?」
「それはもちろんだ。ルシード君の分も用意しておこう」
「ありがとうございます。では、これで」
頷くレナードに、ルシードは扉を開けて部屋の外へと出た。
「話は終わったようだな」
そこに待ち受けていたのはホープだ。
そのうしろには他の面々もいるが、レインとレニーだけは少しでもニーナからテーオバルトのことを聞いておこうと、ルシードに会釈を送って部屋の中へと入っていった。
「わかってる。まずはホープのところからだったな」
これからのことを考えるとルシードは気が重い。
自分がやってしまったことの後処理とはいえ、方々へ顔を出しては謝りに向かわねばならないのだ。
最初にホープ、次に予定していたのはリリーだったが、ひとまずは娘ができたから良いだろうと、休んでいる間に溜まった仕事を片付けさせるためにも、メリッサに引きずられるようにして泣く泣く帰ったため、ミラたちのところへ行かねばならない。
「その名も惜しいが、もう諜報部として仕事をすることもないだろう。これからはアイリスと呼んでくれ」
「わかったよ、アイリス。それじゃあ行こうか。アギト、ユキを頼むよ。ユキも、ちゃんと大人しくしてるんだぞ?」
「承知しております」
「……はい、ますたー」
結局、レムスからついて来てしまったアギトに、ルシードはユキを任せることにした。
リリーはユキと一緒に帰りたかったようではあるが、断固としてユキが頷かなかったため、ユキもここに残っている。
しかし、周囲にいる者たちが気になるのはそこではない。
ルシードとホープ――アイリスのやりとりを不思議なものを見るかのように見ていた他の者たちは、頭を捻っていた。
「やっぱりアイリスさんじゃないですか」
ただ一人、未来から来たレアだけはアイリスという本名を知っている。逆に、未来ではホープという名を使っていなかったからこそ、ホープの名前に疑問を持っていたほどだ。
「あの時は色々と警戒すべきことが多かったからな。君が素直に未来から来たと言えば、ボクだって頷いたさ。では、行こうか。すでに母さんには行くと伝えてある」
「ルシード、そっちが終わったら私たちのところだからね」
「わかってる」
私たちということは四人同時ということか。ルシードは戦慄するが、会わないわけにもいかないと頷く。
「その次は私たちのところですからね!」
レナードと語り合ったあとでその話をするのはどうにも憚られるが、しないわけにもいかないのだろう。
セフィーリアの言葉に、ルシードは渋々頷き――
「あっ、ちょ、ちょっと待ってください」
珍しくも慌てた声を出したテオに、振り返る。
「忘れるところでした。これを――」
テオがルシードに向けて差し出したのは聖剣――アルマリーゼの剣だ。色々とありすぎたためにこんな大事なものを忘れてしまっていたことに、テオは苦笑して見せる。
「――あれ? ルシード、あなた瞳はどうかしたのですか?」
だが、ルシードの顔を見つめたテオは、ルシードの赤い瞳が黒くなっていることに気づく。
昨夜は暗い街中だったため、色の変化に気づかなかったようだ。
「ん? あ、なんか違和感あると思ったら目の色が違うんだ。そういやレムスのギルドでも黒だって言ってたっけ」
それは他の者たちも同じようだ。今更ながらにルシードの瞳を覗くようにして視線が集まる。
「これが元々の色なんだ。テオたちと会った時はアルマリーゼと契約していたから赤になってたんだよ」
「へえ、そうだったのですか。レアさんもそうですが、黒い瞳というのも珍しいですね」
「当然です。これはミレット村だけの……ってわけでもないか。どっか遠くから来た人も黒髪に黒目だったかな」
話題が逸れ始めたことに苛立ちを覚えたアイリスがルシードの肘をつつく。ルシードはわかっているとアイリスへ視線を寄こし、テオに向き直る。
「とにかく、その剣はテオが持っていてくれ」
「いえ、そんなわけにも――」
「そうよ! この剣はあなたの……あなたのためだけの剣よ! あなた以外に誰が使うって言うのよ!?」
話に割り込んでくるアルマリーゼに、ルシードは首を傾げた。
本当にアルマリーゼはどうしてしまったのだろうか。ルシードは不思議でならない。
もしや魔剣から聖剣へと転生させる時に、誤って性格をも変えてしまったのだろうか。だとすればある意味失敗と言えるかもしれない。
「悪いけど、俺はその剣を持つ気はないよ」
それでも、責任を取れと言われてしまえば困るが、ルシードはアルマリーゼの剣を受け取る気はない。
やはり次の英雄のための剣であり、今も手に持つテオによく似合っている。その手から奪うような真似は、ルシードにできるはずもない。
「レア! 未来ではルシードが持っているんでしょう? だったら今持っても同じことよね?」
未来でルシードが持っているならば同じことだと、アルマリーゼはレアに確認を取るが――
「いえ、お兄ちゃんはアルマリーゼさんの剣を持っていませんよ?」
レアは平然と嘘をつく。
これから数年の紆余曲折を経て、再びルシードの手に戻ることにはなるのだが、レアにとってはどうでもいいことである。
「なんでよ! そんなのやだ!」
「やだってなんだよ……。子どもじゃないんだから諦めてくれ」
「僕も困りますよ。武踏祭では他人の剣を借りてばかりでしたからね。剣狩りなんて通り名になってしまったらどうしてくれるんですか?」
本当に困ったふうに言うテオに、なんとかしてやりたいルシードではあるが、こればかりは頷くわけにもいかない。
「とにかく急いでるんだ。その話はまた今度ってことで。行こう、アイリス」
「ああ。だいぶ時間が押している。急ごうか」
「あ、あの、ルシードさん。ちょっと急ぎの話があるんですけど……たぶん、アイリスさんにも関係しています」
皆を振り切るようにしてアイリスの両親のもとへ向かおうとするルシードのもとへ、シャルニアが小声で話しかけてくる。
アイリスは怪訝な表情を向けるが、自分にも関係しているとなれば無碍にもできない。
「ボクにも?」
「はい。実は、先日諜報ギルドの長を名乗る方が訪ねてこられまして……。なんでも、娘を誑かす悪い男を排除する手伝いをして欲しいと言われてましてですね……。これってたぶん、ルシードさんのことですよね?」
シャルニアの言葉に、アイリスは目を瞬かせた。
諜報ギルドの長とは自分の親に間違いはない。ならば排除するとは当然、
「手伝いが必要な時は完全武装で来てくれと言われてますので……怪我に気をつけてくださいね」
命を狙っているということだろう。
ルシードは顔を引きつらせているアイリスと視線を向け、やれやれと肩を竦めた。
どうやらルシードの苦難の道のりは、まだ始まったばかりのようである。




