027 大団円?
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キャシーとは誰だという疑問は残れど、走り去ったカークを追う者はいなかった。事情を知るテオだけが苦笑をしていただけだ。
「なぁなぁ、俺は?」
そんな中、ルシードに話しかけることも忘れ、未来から来たと言うレアに自分がどうなるのかと問いかけたのはレニーだ。
「レニー君は……」
「お、俺は?」
にんまりと笑うレアに、嫌な予感を覚えるレニーとは違い、他の者たちは疑問を持った。
約十六年後の未来から来たと言うのなら、レニーは二十八歳なはずだ。それを『君』付けとは、いささか気になるところである。
「それ以上身長が伸びませんよ」
「……ぇ」
あまりの衝撃に放心するレニーをよそに、レアの笑いを理解した周囲の者たちは脱力する。
「これがもうちっちゃくて可愛いんですよね。私も弟ができたみたいで――」
「ちょ、ちょっと待って! う、嘘だよね? 俺をからかってるだけだよね!?」
「本当ですよ。私は嘘なんかつきません」
どの口がそれを言うか。
一同はそう思うが、レアの笑いから、今回ばかりは本当なのだろうと感じていた。
「身長が伸びるって文句のミルクがあるけど飲む?」
「そんなのあんの!? 飲む飲む! どこで売ってんの?」
「サーシャ、それって効果ないやつだろ? アタシも飲んだけど、まったく伸びてねーぞ」
ルーファがレーヴェで購入したミルクのことを言っているのだろうが、効果がないと言ったのは他でもないサーシャだ。
「そ、そうなの?」
「あー、いや、アタシはまだ飲み終えて一ヶ月も経ってねーしな。もしかしたら来月には伸びてる……かも。そ、そうだ! アタシは将来どうなってるんだよ?」
段々と暗くなるレニーの表情に、ルーファは話題を変えようとレアに話しかけた。
「死にます」
「……ぇ?」
ただ、ルーファが最大の敵であると認識しているレアが正直に話すわけもない。
「いえ、死んでください」
十六年後には生きていないのだろうか。そう思うルーファに向かい、レアはにっこりと笑いかけた。
「な、なんでそうなるんだよ!」
いくらなんでも先程から騒ぎ過ぎだろう。周囲には、深夜にもかかわらず騒ぐのは誰だと出てくる者、家の窓から睨みを向けてくる者たちもいたが、この騒ぎの中ならちょうど良いと、テオはルシードへと歩みを進めた。
「久しぶり……と言えばいいのでしょうかね? それとも三日ぶりですか?」
「……やっぱ気づくよな」
三日前、準決勝の舞台で戦ったシャドウがルシードであったと、テオは気づいていた。
意識が朦朧とする中では気づけなかったが、意識がはっきりとした今、最後のやり取りで気づかぬはずもない。
「当然です。……それで、あなたが忘れて行った物ですが、僕がもらっても良いですか?」
テオが懐から取り出した物。それは、キュール村でルシードが失ったナイフだった。
「別に構わないけど……どうするんだ?」
「あの日の決意を忘れないためにも、持っておきたいんです」
このナイフを見るたび、再び英雄を目指すと決意したあの日のことを思い出させてくれると、テオが常に肌身離さず持っていたものでもあった。
「あの日?」
あの日逃げ出してしまったことを根に持っているんだろうか。それとも、いつか自分を刺す気で持っているつもりなんだろうか。見当違いなことを考えるルシードをよそに、テオは続ける。
「次は負けませんよ?」
やはり勝ちを譲ったように思われたようだと、ルシードは誤解を解くためにも言葉にしようとして――
「もう良いかい? 私も気が長い方じゃないんでね」
なかなか話が進まないことに痺れを切らせたニーナが、二人のもとへと歩み寄った。
「……ニーナさん」
ニーナには話すべきことが山ほどある。
ルシードは一度目を伏せ、何から話すべきかと考え、
「この間はすみません。すぐに会いに行くようなことを言ったにもかかわらず……こんな再会になってしまって」
まずは約束を破ったことからだろうと、口にした。
「……再会? あんたとはどこかで会ったことがあったかね?」
だが、テオとは違い、ニーナはシャドウがルシードであったことに気づいていなかったのだ。
謝られたところで小首を傾げるしかない。
「ん? あれ? みんなには言ってないのか?」
すでにテオが伝えたものだと思っていたルシードは、テオに視線を向けて確認。
「正体を隠していたようですからね……教えてしまって良いものか悩んでいたところです」
「そ、そうか。できればここだけの秘密で頼むよ」
キャラ作りまでしていたと知られてはあとが怖い。これ以上弱点を握られたくもないことから、ルシードはテオに口止めを頼んだ。
「実は……俺がシャドウでして」
とはいえ、不審な表情を向けるニーナ、そのうしろに控えるようにして立つレインには説明が必要だろうと、ルシードは目の前の二人には伝えることにした。
「なッ!?」
その言葉に驚きを見せたのはニーナよりもレインの方だった。自分を打ち負かし、恐怖を刻み込んだシャドウが目の前にいると知り、少しばかりの怯えを見せた。
「……あんたが?」
常に冷静さを見せるレインに、ちゃんと女の子らしいところがあったんだと、ひ孫の成長に安堵しつつ、ニーナはルシードへと確認を取る。
「はい」
「そうか……あんたがね」
あの時邪悪だと感じたのはアルマリーゼと契約していたからこそだろう。目の前にいるルシードからは微塵も感じられず、そういや今までも女の勘が外れたことは数え切れないほどあったなと、ニーナは苦笑するに終わった。
「まあいいさ。聞きたいことは山ほどある。あとで時間を取ってくれるかい?」
「もちろんです。俺も知ってもらいたいことが山ほどありますから」
この場でする話しではないだろうし、短い時間で終わるものでもない。何より、事後処理をするために王都に残ったレナードを除け者をするわけにはいかないだろう。ニーナはその時が楽しみだとばかりに笑って見せた。
「レインも何か話しておいたらどうだい? あの子たちに囲まれたあとじゃ、そう簡単にはいかないよ。それとも、あんたも嫁にもらってもらうかい? 胸を鷲掴みにされた責任を取ってもらうのも良いさ」
「お、お婆様! 馬鹿なことを言わないでください!」
「そうだった。あの時は女の子だと気づかずに触ってしまってごめん」
「お、お前も謝るな馬鹿者! 忘れていたことを思い出させるな!」
珍しくも赤面して慌てるレインに、ニーナは娘への土産話が増えたと笑う。
「と、とにかく私はあとで良い。抜け駆けするとレニーが怒るからな……お爺様のことも、お婆様より先に聞く気もない」
「そうか、君たちとの時間も必ず取るよ」
頷くレインに、ルシードはテオに向き直る。
「テオ、実は相談があるんだけど……」
「相談ですか?」
なんとしてもテオの助言が欲しい。そう思ったルシードは、一度女性陣へと目を向けてから語る。
「実は……どういうわけかみんなから結婚を迫られているんだ。普通、いきなりじゃなくて付き合うところから始まるもんじゃないのか? それに、どうして数日過ごしただけでこんな事態になっているのかわからない。いや、スピリティア・ストーンを渡してしまったのは俺なんだけどさ……いくらなんでも、もらったからって快諾するなんておかしいと思うんだ」
確かに段階も踏まずにいきなり結婚とは急ぎすぎではあるが、女性陣が結婚を迫ったのも付き合うに留めては他の者に持っていかれる可能性があったからだろう。
ただ、テオは確かにルシードの言い分もわかる。通常、会ったばかりの男から婚約してくれと言われたとしても、受けるものではないはずだ。受けるだけの何かがあったのかもしれないが、それはテオに知る由はない。
それに、ここでルシードにごねられては困る。それでは妹たちが悲しい思いをするに決まっているからだ。
「何もおかしくはありませんよ。現に、僕はグレタと会ったその日に結婚を決めましたからね」
だからこそ、テオはルシードの説得に踏み切った。妹たちのこともあるが、ここでルシードのハーレムが瓦解するようなことがあっては困るというのもある。
おそらく、レアの口ぶりと現状を考えれば、隣国の婚約者をルシードがもらうことになるはずなのだから……。
「……そういやそうなんだっけ。やっぱ一目惚れってのは存在するのか? いや、でも彼女たちみんながそうだとは思えないし、そもそも俺は誰か一人と――」
「ルシード。あなたが困っていることはわかりますが、ここは一旦、引き受けておくべきでしょう」
ルシードの考えに、これ以上考えさせてはまずいと、テオはルシードの言葉を遮るようにして思考の邪魔をする。
「な、なんで?」
テオの言葉がわからないとばかりに動揺するルシードに、テオはにっこりと微笑む。
「彼女たちは年頃です。今は……人を好きになりやすいと言えばいいですかね? 誰かに惚れやすい年頃なんですよ」
「……そうなの?」
確かにそんな年頃があるように聞いたことがあった気もすると、ルシードはテオの言葉に耳を傾ける。
「はい。ですので、ここは引き受ける振りをして適度に距離を置きましょう。そうすることで、彼女たちは一人、また一人と、新たな恋に自然と目覚めるはずです。すべて時間が解決してくれますよ」
「な、なるほど」
流石はテオだ。
ルシードは感心するように頷いた。
「わかった。ならそうするよ」
「はい」
名前に似合わずどんどん父親に似てくると、ニーナは呆れた目をテオに向けるが、テーオバルトの名を継いだテオの言葉はすべて正しいと疑う素振りも見せないルシードは気づくはずもない。
「そろそろ移動しましょうか。いい加減、周囲の目も痛い」
一番痛いのはニーナからの視線だが、それをルシードに悟られるわけにもいかないと、テオは移動を提案した。
「そうだな。ギルド……そういやアギトを待たせてるんだったか。先に料理を受け取りに……ん?」
アギトが待っていることを思い出したルシードは、時間を取りすぎたために待たせているだろうと、猫の気まぐれ亭へ向かおうとして、一人の女性を見つけた。
「……リリーさん?」
そこにいたのは紛れもなくリリーだ。ルシードを見つけ、ホッとした表情に微かな涙を浮かべて近くまで来ていた。
「良かった。ギルド長から話を聞いた時には私を元気づけるためかと思いましたが……本当に生きておられたんですね」
ギルド長から知らされ、わざわざ駆けつけてくれたのだろう。自分が死んだことに泣いてくれたようだと、リリーの目に涙の跡を見つけたルシードは、リリーの頬に触れて癒しておく。
「ルシード。君は目を離せばすぐにそうやって女を口説く。君の悪い癖だぞ?」
レーヴェで待っていたはずのリリーが現れ、ホープは本当にやれやれといった感じにルシードを睨んだ。当然、そのうしろでは女性陣がうんうんと頷いている。
「いや、別にそんなつもりは……」
痛むであろう傷を治しただけなのだが、今の行動の何が悪かったのだろうか。ルシードにはわからない。
「リリーさん、あなたも結婚したくて駆けつけた気持ちはわかりますが、まずは私たちの話を――」
「……結婚? いったいなんの話をしておられるのですか?」
先程の顛末を知らなかったリリーがわかるはずもない。セラフがここまで来たらすべて受け入れるしかないとばかりに話しかけた結婚という単語に、リリーはなんのことかと小首を傾げた。
スピリティア・ストーンを受け取ってはいたが、周囲の者たちも受け取っている様子に、わずかな期待をしながらも自分が勘違いしているだけだろうと思ったからこそ、結婚という単語に結び付かなかったのだろう。
「あ、いえ、なんでもありません」
ならば、ただルシードが生きていたことを確かめるために駆けつけたのだろうと、セラフは言葉を濁す。
とはいえ、そう簡単に終わるものでもない。
「……ますたー、申し訳ありません」
そこへ、小さな声が届いた。
レーヴェでの用は済んだのか、無表情ながらがっくり肩を落としたように見えるユキがそこにいた。
「あら? この子は先程ギルド長が連れていた……」
リリーのもとへ訪れた時にもギルド長が連れていたのか、どうしてここにいるのかとリリーは不思議がっている様子だ。
「ユキ? どうかしたのか?」
レーヴェで身分証を作りに行ったユキが戻ったようではあるが、どこか悲しげな表情に、ルシードは何かあったのかと声をかける。
「……実は、不本意ながらそこにいる女の娘ということになってしまいました」
「……えっ? わ、私ですか? む、娘!?」
ユキの履歴を作る際、ベルは自分の娘だとしていたが、ユキがこっそりと消しておいたことにベルは気づかず、最後に紙を受け取ったメリッサがこっそりと書き直していたことに、ユキは気づかなかったようだ。
すでにギルド間の情報網に登録したと言われ、ベルとユキにはお手上げだった。
「ふふふ、あとは私に任せておきなさいと言ったでしょう?」
ユキに次いで現れたのは、レーヴェの街でギルド長を務めるメリッサだ。ユキの情報を記した紙を手に、ホープに手渡しながらリリーに言葉を投げかけた。
「……ギルド長殿、やってくれたな」
メリッサから紙を受け取り、目を落としたホープは、母親の欄にリリーの名が記されていること、そして父親の欄にはルシードの名が記されていることに、してやられたと舌打ちした。
ユキの年齢は十歳としてあることからルシードとリリーの間に生まれたとするには無理があると文句が言いたいところではあるが、ご丁寧にも子どものころからレーヴェの孤児院で育ち、ルシードとリリーが養子として引き取ったとの記述もある。
「ちゃんと諜報部の方にもお願いしますね」
ギルド本部へはギルド長としての最上位コードを使用して登録したのだろう。ならばホープに覆すことはできない。母親に頼んで情報を改ざんすることはできるだろうが、すでに王都本部にあるギルドで目にした者がいるはずだ。改ざんがあっては不審に思われるに決まっている。
「……わかっている」
ホープは渋々頷くしかなかった。
「よくわからないのだけれど、その子は誰? どうしてルシードをマスターと呼んでいるの?」
アルマリーゼの声に視線が集まるのはもちろんユキだ。
どう説明して良いものかと迷ったルシードは、
「……俺の娘だ」
何故か馬鹿正直に話してしまったことをすぐに後悔。周囲から突き刺さる視線が痛い。
「ルシード。あなたね……たった三日会わないうちに娘まで作るだなんて、どういうつもりかしら?」
「いや、これには理由が……どう説明したものかな」
「ちょ、ちょっと待ってください! お兄ちゃんの娘? そんなはずは……」
ルシードがユキの正体を隠しつつ説明するにはどうすれば良いかと考えていると、レアが驚きの声をあげていた。
未来には、目の前にいる少女は存在していないのだ。これは、レアが関与したことにより歴史が大きく変わっていることの証明でもあった。
レアが望んだことではあるが、すでに娘が生まれていたでは喜んでよいのか微妙なところである。
「……えっ? ルシードさんの娘で……私の娘? それってつまり……私とルシードさんの娘?」
レアが口よどんでいる間にも、頭の中で整理を終えたリリーは呆然として声をあげた。
「感謝してくださいよ。お礼に今度一杯奢ってくれるだけで構いません。あ、持ち出した転移水晶は給料から天引きしておきますからね。次は説教ではすみませんよ?」
「は、はい、それはもちろん。そっかー、私とルシードさんの……ふふっ」
リリーに嫌な素振りがないことに、メリッサは鷹揚に頷き、この街へ来るためにギルド受付に常備されている物の一つを持ち出したことに、注意を入れておく。
「ユキちゃんだっけ? これからよろしくね! お母さんって呼んでみて?」
「お断りです」
「ふふっ、反抗期かな? 可愛いんだからー」
リリーを嫌そうに押しのけようとするユキに構わず、リリーはユキを抱くようにして持ち上げている。その周囲を、自分を母親と呼ぶように説得を始めた女性陣の姿、身長が伸びないと聞いて地面に崩れ落ちたままのレニー、呆れた表情でその集団を見つめるニーナとレインの姿がある。
「ギルド長さん、そのお金は俺が払います。心配をかけたのは俺ですし、大金貨一枚ですよね?」
更にその横では、ユキが皆を敵性と判断しているだろうなと苦笑しつつ、助けを求めるユキに手を出してはダメだと目で知らせながら、他の者たちに聞こえないようにギルド長に話しかけるルシードの姿があった。自分が心配をかけたせいでリリーに大金を使わせたのだとすれば、申し訳ないなんてものではない。
「それには及びません。今後同じ過ちを犯さないためにも、リリーに払ってもらいます。もしも心配をかけたと思うのなら、そのお金はリリーに使ってやってください。あなたとリリーの娘にもね」
「わかりました。そうさせてもらいます」
ルシードにも嫌がっている素振りがないことに、メリッサは満足して頷いた。あとはどこか拗ねているであろうベルの機嫌を取るだけだ。
「ルシード、少しいいですか?」
「テオ?」
もはや突っ込みどころが見つからないと、テオはユキを囲む集団を尻目に、ルシードへと声をかけた。
「そろそろ王都へ戻りませんか? ……父も首を長くして待っているでしょうしね」
「……そうだな。そうしようか」
ついに、憧れのレナードと言葉を交わす時が来たのだ。話すことは山ほどあるが、まずは何から話そうかとルシードは考え、
「……あ」
間抜けな声をあげた。
「今度はなんです?」
まだ何か起こるのかと目を向けてくるテオに、ルシードは苦笑一つ、まずは料理屋で待っているはずのアギトを迎えに行かなければと思うのだった。




