026 因果応報
◇
「お、やってんな」
うしろから追い越していったミラたち、そして先行していたセフィーリアたちが引き返していったことで、更にはレアと思しき絶叫が届いたことで、テオたちもルシードを見つけたようだ。
「……カーク。見世物ではないんですからあまり茶化さないでくださいよ? あまり他人の不幸を喜んでいると、いつか自分に返ってきますよ」
「へっ、あいつの修羅場が見られるなら屁でもねぇぜ」
「しかし修羅場と呼べるほどのものでもないようだが?」
カークの下卑た笑いに白い目を向けながらも、ルシードのもとに集まる女性陣を見たレインは言う。
そこには、固まったように棒たちで動かぬ女性陣と、ルシードの腰に両腕を回してしがみつくレアの姿がある。
「あのねーちゃんが勝ったってこと?」
「どうもそういう雰囲気でもないけどね。様子を見て声をかけるつもりだったけど、さっきの大声で住人たちが起きて集まってくるはずだ。文句を言われる前に移動した方が良いだろうね」
ニーナの言葉に、それもそうだと、一同はルシードのもとへと歩みを進めた。
◆
テオたちが近づく間にも、この場にいる者たちはこの状況をどうしたものかと悩んでいた。
本当なら未来から来たと言われて信じられるものではないが、兄と呼ばれたルシードが信じている様子であり、レアに唆されるままについて行こうとしかねない話まで飛び出している。
何か声をかけるべきだとわかっていても、一方的に結婚を迫るだけでは同じ繰り返しにしかならない。最悪の展開として、追い詰めるあまり、このままレアとともに村へ帰ってしまうことも考えられるだろう。
兄妹で結婚という古い風習が今も残っているかは疑問が残るが、それがその村の風習だというのなら、非人道的でもない限りは国として強制的にやめさせるわけにもいかない。
ルシードとレア、そしてアルマリーゼとルーファを除いた者たちは精霊ならば違った見解から説得もできるのではないかと、今はレアの邪魔をして欲しいとアルマリーゼへ視線を送るが、アルマリーゼにしてみれば村へ帰った方が邪魔者が減って良いと考えているのだろう。この場で口を挟むつもりはないように見える。
「な、何言ってんだ! ルシードはアタシと帰るんだからな! ……そうだよな?」
そこで我に返ったルーファが、ルシードとレアを引き裂くように間に入る。
「……そう、だったな」
ルシードの左腕にしがみつき、今にも泣きそうになりながら見上げてくるルーファの顔に、キスをしてしまったことを思い出したルシードは、ルーファとの間に子どもが生まれるのではないかという疑念を思い出し、思いとどまったようだ。
その様子に、残りの者たちはよくやったと感嘆する。あとでルーファにお仕置きすることに変わりはないが、今だけは褒め称えたい気持ちだ。
「邪魔しないでよ馬鹿女! あんたのせいでお兄ちゃんが私のものにならなかったんだからね!」
引き剥がされたレアがルーファとは反対の右腕にしがみつき、ルーファを押すようにしてルシードを引っ張る。
「な、なんでアタシのせいなんだよ?」
レアの言葉に聞き捨てならないと問うルーファだが、
「そ、それは……」
レアに言えるはずがない。言えば二人は互いに意識し、本来の未来へと繋がってしまうに決まっている。
だが、レアのこの逡巡から、他の者たちはもはや争う必要はないと悟る。
レアが未来から来たというのなら、今後自分たちがどうなるかをすべて知っているはずだ。
ここまでルーファだけを敵視する理由は、考えるまでもなく一つしかない。
要は――ルシードがルーファを選んだのだと。
ならばすべて解決だ。
ミラ、セラフ、サーシャの三人はルーファが選ばれたのならば自分たちも入っているはずだとし、セフィーリアとシャルニアは泣きそうになったものの、
「ここに居合わせた以上、仲間はずれってことはないでしょうね?」
知られてしまったと感じたアルマリーゼの一言により希望を見出し、
「そうですね。この際、仕方がありませんか」
セラフたちの返答、そしてミラとサーシャが苦笑ながらも笑いかけてくることにより、笑顔になる。
「どうやら会えたようですね」
「――テオ」
レアがなんと返そうかと迷っている間にも、テオたちが到着したようだ。
せっかくの再会だというのに、更にはテオのうしろにニーナとそのひ孫のレインとレニーがいることに、こんな状況を見せてしまい、ルシードは穴があったら入りたい気分である。
「……一時休戦といきますか」
「そ、そうだな」
未来から来たからこそ、ルシードとテーオバルトの関係を知るレアは名を引き継いだテオにこの場を譲るためにもルシードの右腕を離し、魔王の館へ向かう前、アルマリーゼから事の成り行きを聞いていたルーファも左腕を離した。
「なんだよ、もう終わっちまったのか?」
カークの何かを期待していた口ぶりに、ルシードは知っていたなら止めてくれればよかったのにと思わなくもないが、自分がしでかしてしまったことを他人に放り投げるものでもないだろう。
「いや、まだ――」
「終わりましたよ」
「――えっ?」
女性陣が結論を出していたとは知らないルシードは前途多難だと伝えようとしたが、もはや争う気がないセラフの一言により、疑問の声をあげた。
そんな馬鹿なとルシードは女性陣へ視線を巡らせるも、険悪どころか穏やかなものだ。サーシャとシャルニアなどは近いうちに遊びに行こうなどと話している始末である。
ルシードはどうしたことかと疑問に思うが、触れると何を言われるかわかったものではないと、聞けるはずもない。
「ふふっ、それは何よりです」
たったそれだけでルシードがハーレムルートに突入したようだと察したテオは笑い、カークは苛立ちを感じさせる大きな舌打ちをした。
「それより立ち話もなんですから、どこかで――」
「この状況はなんだ?」
テオが移動を提案しようとした時、引継ぎを終え、ルシードが待つギルドへ向かおうとしていたホープがレアの絶叫を聞きつけ、この場に遭遇したようだ。
「……ぁ。や、やぁ、そっちはもういいのか?」
「ぁ、じゃないだろう! まさか……ボクに隠れて浮気でもしているんじゃないだろうな?」
まったく隠れてはいないが、これだけの女性陣を側に置いていれば、ルシードの行いからそう思うのは当然か。ホープはルシードを睨むようにしてそこにいた。
「ちょ、ちょっと待ってください。どこのどなたかは存じませんが、まずは名乗っていただけませんか?」
新たに現れた見覚えのない少女に、セラフは名乗るように語りかける。またしても未来から来たなどと言われては厄介極まりないと思ったからだ。
「なっ!? 誰だとは失敬な! ボクと君たちは顔見知りじゃないか!」
だが、ホープからしてみれば、エンバリーで顔を合わせた者から受ける言葉としては、少々ショックである。
「……顔見知り? 知ってる?」
「どこかでお会いした気がしなくもないですが……申し訳ありません」
「まったくもって記憶にない」
セラフたちは顔を見合わせて小首を傾げる。
どうやらエンバリーで会ったホープが男だと思っていたからか、スカートを履いて可愛い格好をし、声音を本来のものに戻した少女がホープだとは気づかないようだ。
「ホープだよ。エンバリーに行った時にゴードンさんの館で会っただろ?」
がっくりと肩を落とすホープに代わり、ルシードが補足を入れる。
「……は? はぁ!? あんた女だったの!?」
「全然気づきませんでした」
「きょ、驚愕の事実」
「馬鹿な……まさか本当に気づいていなかったのか……?」
確かに男のような格好をしていたが、隠していたわけではなかったのだ。ある意味、顔を覚えられていなかったことよりもショックかもしれない。
「あ、あの……私たちは本当に初めてお会いするんですけど……」
「む? そうだな。ボクは仕事柄君たちの顔は知っているが、そちらは会うのが初めて……ルシード? 彼女たちが手に持つ物はなんだ?」
セフィーリアに挨拶をしようとしたホープは今になって気づいたのだろう。
女性陣が手に持つスピリティア・ストーンを見つけ、よもやと思い、ルシードを見る。
「たぶん……ホープが想像してる通りじゃないかな?」
目を泳がせながら答えたルシードに、ホープは頭を抱えた。ギルドでリリーの話を持ち出された時に想像はできていたが、本当にルシードは誰彼構わず渡していたのだ。
だからこそ、レーヴェには他に受け取った者がいるのではないかと思い、なんとしてでも先に母に会わせ、既成事実を作ってしまおうと考えていたのに、どこでルシードがこの街にいることを知ったのか、次々集まったようだと知る。
「……事情はわかった。だが、約束は覚えているだろうな?」
「それは……わかってるよ」
まさかミレット村に帰る気でいたなんて言えるはずもない。ルシードは頷く。
「約束ってなんですか?」
色々と情報不足ではあるが、ホープがルシードとなにやら約束をしている様子に、気になったシャルニアが問う。
「彼には、いの一番にボクの両親に会ってもらう約束になっている。……君たちの気持ちもわかるが、悪く思わないでくれよ」
「ルシードさん?」
自分たちの時は渋ったくせにホープと約束を取り付けていたならば怒るのは当然か。
セラフから笑顔を向けられ、同時に発せられる冷気に、ルシードはビクリと震えた。
「……はあ、もう諦めていますけど、この分だと今後も苦労しそうですね」
「そうね。これ以上増えないためにも……レア、これからも情報を提供してもらうわよ?」
「致し方ありませんね。ですが、私もお仲間に入れてくださいよ?」
レアは言葉では言うものの、内心一人勝ちを狙っているのは言うまでもない。
「……どういうことだ? そこの彼女がどうかしたのか?」
すでにルシードを手に入れたつもりでいるホープは、さぞ反対されるものだとばかり思っていたから小首を傾げた。
同時、ジェフリーの情報を提供してくれたレアがいる状況に、疑問は増えるばかりだ。
「彼女は未来からやって来たんですよ。ホープさんにもわかりやすく説明しますとですね……」
「いや、いい。もうわかった」
ホープが迷探偵だと思っているセラフは理解できないだろうと説明しようとしたが、ホープも伊達にAランクではない。レアが未来から来たと聞いただけですべてを察したようだ。
ならばジェフリーの情報が正しかったのも頷けるものであり、彼女たちの様子から、ルシードの女性関係もすべてお見通しというわけなのだろう。
とはいえ、誰が選ばれたのか気になるところではあるが、ホープも負ける気はない。
「だが、約束は約束だ。ルシードにはまず最初にボクの両親に会ってもらう。そこだけは譲れない」
「もちろんです」
要はルシードを両親に会わせ、『はい』と言わせてしまえば良いのだ。
すでに女性陣が一致団結していると知らないホープは、そう結論を出した。
「レアさんが……未来から?」
レアが未来から来たと聞いたテオは、一筋の光を見出したようだ。
それは、ルシードが帰ってくることで自分とグレタの未来は守られると言ったレアの言葉も真実だったということである。これほど喜ばしいことはない。
「未来からだぁ? 悪いが俺は信じられねぇな。何か証拠を見せてくれよ」
そんなテオの横では、胡散臭いとばかりにレアを見つめるカークがいた。その言葉に、自然とレアへと視線が集まる。
「証拠……ですか。そうですね……では、カークさんに関して一つだけ」
名指しを受け、カークは顎をしゃくって続きを促す。
「キャシーさんですが、来年結婚されてお仕事を引退されますよ」
キャシーとは誰だ。
皆がそう思う中、カークだけは慄いていた。
「嘘……だろ?」
「本当です。ちなみに、そのことを忘れられないカークさんは十六年後も独身ですよ」
キャシーとは、カークが自分の住む街、そこにある色街で常連としている店で指名する女性の名だ。
「俺は信じねぇぞ。俺は……信じねぇからなぁぁぁ!」
叫ぶカークはキャシーに確かめるべく、ギルドへと引き返して行った。
おそらくは自分の街へと帰ったに違いない。




