025 それは起こりえた未来?
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ルーファのキスはただ押し付けるだけの、子どものようなキスだった。
歯と歯がぶつかった痛みに一度離れ、謝るようにはにかんだあと、今度はゆっくりと押し当ててくる。
何が起こっているのか理解できていないルシードは、ただそれを受け入れる。
周りにいた者たちも、あまりの衝撃に固まっているのか動く者はいない。
初めてのキスで呼吸の取り方もよくわかっていないまま、息が苦しくなるまで続けたルーファは惜しむようにゆっくりと離れ、
「……これがアタシの気持ちだ」
白い肌を一段と朱に染めて笑った。
これに対し、ルシードは間抜けにも、子どもができたかも、などと馬鹿なことを考え、身動き一つ取れないでいる。
その様子に、ルーファはうまく伝わらなかっただろうかと、もう一度口づけするために顔を近づけ――
「ああああああああああ!」
街中に響き渡るのではないかというほど大きな絶叫に、何事かとそちらを見やる。
「な、なな、なんてことをしてくれたんですか!」
遠くからこちらを見つけ、駆け寄ってくる少女――レアはこの世の終わりとばかりに抱き合うルシードとルーファの間に入り、
「お、お兄ちゃん大丈夫!? 傷は浅いよ!?」
ルシードに向かって、兄と呼んだ。
「――お兄ちゃん!?」
女性一同が声を合わせて驚く中、名を呼ばれたことで我に返ったルシードは、
「母さん!?」
レアに母親の面影を見出し、母と呼ぶ。
「――母さん!?」
再び声を合わせて驚く女性陣はルーファの行いが吹き飛ぶほどに、何が起こっているのか理解できない。
「……そうだわ。あなた、誰かに似ていると思ったら……ルシードの母親に似ているんだわ」
そんな中、どこかで会った気がするわけだと、アルマリーゼはミレット村で盗み見たルシードの母――レティの顔を思い出していた。
「いや、違う。母さんじゃない」
だが、息子であるルシードが否定しているように、似ているだけにすぎない。ルシードの母親よりも、一回りは若く見える。本人であるはずもない。
「ううー、どうしよう。会ったら絶対に我慢できないと思って、遠目で見てるだけに抑えてたのに……やっぱり我慢できそうにないよー」
混乱するルシードたちをよそに、レアは大人たちと対等に渡り合うべく作り上げていたキャラを崩壊させつつあった。
ルシードの体を盗み出した時でさえ、ギリギリだったのだ。あのまま自分のものにできたならばと考えなかったはずもない。
だが、それではルシードが生き返ることはないと、魔法の師により厳重に念を押されていたため、我慢できただけにすぎない。
直接顔を合わせ、口を利いてしまえば絶対に我慢できないと思っていたからこそ、ルシードの死は絶対に避けて通れないとされていたことからも、会うことだけは避けてきた。
すでにレアがこちらへ来て一ヶ月。我慢の限界である。
「お兄ちゃん、もう我慢しなくて良いよね? ね!?」
黒い瞳に狂気を忍ばせて迫り来るレアに、ルシードは混乱の境地に立たされている。
「ちょ、ちょっと待て! お兄ちゃんって……そもそも君は誰なんだ?」
ルシードは初対面のレアに説明を求める。
会ったことがなければ名前も知らない。
そんな少女が自分を兄と呼び、果てには母の面影を持っている。
両親に隠し子がいたなんて話は信じたくはないが、目の前の少女が妹ではないと、どこか否定できない自分もいた。
「もうー、お兄ちゃんの最愛の妹に決まってるじゃん! ……ってそうか、こっちのお兄ちゃんとは初めてなんだっけ!」
最愛の兄に会えた喜びで有頂天に達したレアは、テンションを最大に上げてルシードの手を取り、
「私の名前はレア。愛するお兄ちゃんに会うためだけに、未来からはるばるやって来たんだよ?」
自身の正体を告げた。
本当なら妹ということを隠しておきたいところではあったが、母に似ているとよく言われること、そして約一年後には自分と同じ名前を持った女の子が生まれてしまえば、隠していても意味がないと思ったからだ。
「……は?」
だが、レアが告げた正体を聞いても、周囲にいる者たちはおろか、ルシードでさえも理解できないでいた。
かつて、ベルに師事したルシードは、前に進もうとする世界の理に逆らうためには大量の魔力を消費し、時間を止めることさえできないと聞いていたのだ。時間を止めるどころか過去にやって来たと言われて、信じられるものではない。
「未来? 俺の……妹?」
「そうだよ!」
それは、にっこり笑って肯定するレアの言葉を聞いても、まだ信じられなかった。
「……アルマリーゼ?」
ルシードは精霊であるアルマリーゼなら何か知っているのではないかと視線を送るも、アルマリーゼはそれどころではなかった。
レアが本当に未来から来たと言うのなら、やはりルーファこそが最大の敵だったのだ。
アルマリーゼがレアから聞かされた未来。
それは――ルシードがルーファを選ぶというものだった。
そんな未来を視たと聞かされたアルマリーゼは再び皆の敵に回る決意をし、レアと手を組んだように見せつつも手を切る算段を同時に考え、自分がその場所へ収まるためにも、悪いと思いながらもルーファの邪魔をしようと画策していたのである。
そのためには、先程のルーファの行為はなんとしてでも止めなければならなかっただろう。
「アルマリーゼ?」
「な、何?」
ルシードの再びの呼びかけに、アルマリーゼは我に返る。
「いや……過去へ行くなんて本当にできるのかなって」
「それは……」
アルマリーゼの考えとしては、『不可能』だ。
過去へ行くなど、どれほど魔力が必要になるか想像もできない。レアの容姿からも、おそらくは成人を迎えたあたりなはずだ。十五年もの時を遡るなど、できるはずがない。
しかし、不可能とされていたルシードが生き返ったことからも、頭ごなしに否定できない自分もいる。
「そういや、未来から来たって言うけど、そもそも何をしに来たんだ? 何か変えなければならないことでも起こるのか?」
アルマリーゼの答えを待つ間にも、ルシードはふと頭をよぎった疑問をレアに投げかけた。
「え? ……あー、えーっと、……そのー……」
レアに本当のことが伝えられるはずがない。
レアがアルマリーゼに伝えた未来は、真実ではあれど、ほんの一部でしかないのだ。
本来起こりえた未来では、王都で復活を果たしたルシードが仲間たちと苦楽をともにし、そこですべてにおいて行動が裏目に出るルーファの不器用さに、いつしか自然と目で追うようになり、自分が側にいて助けてやりたいと思ったルシードがルーファの手を取り、結婚を決意する。
だが、結婚をするのはルーファだけではないのだ。
ルーファとの結婚を決意すれば他の三人が黙っているはずもなく、それを快諾すれば更に他の者が黙っているはずもない。
ルシードがルーファを選んでしまった今、他の者たちは誰が一番などと争っている場合でもなくなり、一致団結を決めた瞬間でもあった。
結果、ルシードはルーファの快諾を得て、他の者たちをも受け入れることとなる。
ルシードが言うような変えなければならない未来が訪れるわけでもなければ、すべてに決着がついた平穏無事な世界である。
しかし、そこにレアの場所は用意されていなかった。
レアが物心つく前から幾度となくミレット村へ足を運んでいたルシード。村人からの信頼も厚くなり、レアの家族とも交流を持つようになっていった。
そしてレアが成長を続けたある日、何故か自分に対して特に優しくしてくれるルシードが気になりだし、それが恋へと変化を遂げたことは自然と言えるのだろうか。
すでにルシードは独り身ではなかったが、他に何人もの女性を妻としているのだ。
ルシードが押しに弱いというのは村では周知の事実であり、レアは当然のように、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになってあげるね、なんて口にしたものだ。
そんな妹が可愛くて甘やかしすぎていたルシードは、女性陣たちの間に授かった子どもたちと同じく、レアも父親に言うようなものだろうと頷き、本気には取らなかった。
これこそが間違いの始まり。
やがて成人を迎えようとしたころになっても結婚する気でいるレアに、これはまずいとルシードは本気ではなかったと説明。だがしかし、それでレアが納得するはずもない。
絶対に受け入れないとしていたアルマリーゼでさえ、彼女の長年に渡る苦労の末、ルシードの側にいるというのに、どうして自分だけはダメなのか。納得できるものではなかった。
だからこそ猛アタックを続けたレアは、ルシードが兄であるという真実を聞かされることとなる。
それまで兄と呼び慕い、家族のような付き合いであったルシードが本当に兄だという現実を突きつけられたレアが出した答えは――『それが何?』だった。
よくよく話を聞いてみれば、ルシードが自分の両親から生まれたことはなかったものとされており、村で知る者はいないと言う。
だったら何も問題ないではないかというのが、レアの結論でもあった。
レアもある意味――狂っているのだ。
もはや兄妹だからと止まる気はなく、他の何を犠牲にしてでもルシードと結ばれるつもりでいる。ジェフリーの家族への愛に悲しみを覚える人としての感情はあれど、ルシードに関してだけは狂人となる。一刻も早く兄と再会するため、予定を早めるために師から聞かされていた事件の内容をもとに、被害を最小限に抑えつつ手を加えたというわけだ。
できることなら魔王にルーファたちをぶつけ、数を減らしたいと考えるほどには狂っている。
だが、血の繋がった妹であることから、ルシードはどうしてもレアを受け入れることができなかった。
これこそがレアにとっての『最悪の未来』である。
「……まさか家出してきたとかじゃないだろうな?」
そんなレアの考えが読めるはずもなく、ルシードは口ごもるレアに、まさかと思ったありえないことを口にする。
「違うよ! お父さんとお母さんはちゃんとわかってくれたし、だいたいお兄ちゃんが送ってくれたんじゃない!」
「……俺が? 君を……過去に?」
レアを送った張本人がルシードであると聞かされ、何かを口にしようとするも、うまく返せないでいた。
ルシードに変えたい過去があるとすれば、テーオバルトを救えなかったあの時に違いない。
どうしたことか、それをレアに託し、魔力不足によりこの時間にまでしか遡れなかったのだろうかと考える。
「正確には師匠が作り出した魔法で、お兄ちゃんは魔力だけ提供したんだけどね」
しかし実際のところはそうではない。
過去を変えたいとしたルシードも、魔法を作り出した者により、その時点までは飛ばせないと言われて諦めていた。
「師匠?」
「クハハ、それはあとのお楽しみだよ!」
その笑い方だけで誰がレアの師匠なのか、ルシードはもうわかった気がした。
レアの師匠とは――ベルに違いない。
そしてそれは的中している。
並行世界への関与を可能としたベルが新たな魔法を開発するにあたり、誰かが過去に関与することで今ある世界は過去と切り離されたように別の未来を進み、過去はまた違った未来を進むことになる、という見解のもと、過去へ行く魔法を編み出した。
それというのも、ルシードの次に弟子としたレアを可愛がるあまり、なんとかしてやりたいという思いがあったからに違いない。
自分が成長するまでに十五年という月日が必要であったがために、出会うのが遅すぎたのだと嘆くレアにおだてられ、唆されるままに完成に至った経緯がある。
とはいえ、実証するにもベルが溜め込んだ魔力を使い切っても足りるはずもない。
そこで常夜の雫を体内に持つことにより、人間としてではあるが、同時に闇の住人として復活を遂げたルシードに目をつけた。
魔剣としてのアルマリーゼが所持していたことにより、その能力をも付加していた常夜の雫を体内に取り込むことによって再び略奪の能力を手にしたルシードは、成長を続けることで夜限定ではあるが、無限の魔力を持っていたからだ。
だが、今のルシードと同じく過去を変えたいとしていたルシードは快諾したが、ベルははっきりとそこまで送ることはできないとした。
それではルシードが村を出ることがなくなってしまうかもしれない。
そうなったが最後、過去の自分たちはルシードと出会うことなく生涯を終えるという悲しいものになってしまうという思いから嘘をついた形となる。
そして、これだけは嘘をつくわけにはいかないと、ベルはたどり着いた今現在とは切り離されるため、レアが帰って来られないとも付け加えた。
流石にテーオバルトを救えず、溺愛する妹を失ってしまうと聞かされてルシードが納得できるはずもない。
断固として反対したが、ルシードの両親であるルークとレティはルシードのもとへ嫁ぐものとばかり思っていたものだから、どうしてうちの子だけダメなんだと激怒。十五年も待たされた挙句につき返されたのでは当然の対応だろう。
ルシードはやむなく息子であることを打ち明けたが、ルークとレティはルシードが自分たちの子どもであったことを喜びはすれど、だからどうしたと言う始末だった。
それもそのはず、小さな村ということもあり、人数の少なかった昔は兄妹で結婚することも珍しくなかったのだ。
しかし、時を経て倫理観を得ていたルシードが今更受け入れることもできずに渋ると、それならばベルの魔法によって過去へと送り、過去の自分に責任を取らせなさいというのがルークとレティの出した結論でもあった。
娘を失う悲しみはあるが、その娘が幸せになれないのでは意味がない。二度と会えないとわかっていても、死に別れるわけではないと思えば、不思議と笑って送り出すことができたくらいだ。
それでもルシードは反対しようとしたが、本当の親子だと説明してしまった今、ルークとレティに逆らえるはずもなく、泣く泣く送り出した形となる。
送り出した今現在、過去の自分にうまくやるんだぞと丸投げしたことを謝っているか、妹を失った悲しみに、こんなことなら意地を張らずに受け入れればよかったと傷心に明け暮れているかもしれない。
「とにかくそういうわけだから、私のことを一番に愛してね!」
結果として、まだ誰とも結ばれていない今ならば自分の入り込む余地があるとレアは考え、この時点へとやって来たのであった。
「いやいや流石に妹はまずいだろ。あんまり常識を知らない俺でも知ってるぞ?」
周囲で固まる女性陣を受け入れるしかないんだろうかと考える今でも、妹はいくらなんでもまずいんじゃないかと、ルシードは体に抱きつき、擦り寄ってくるレアを押し返すようにして言う。
「なーに言ってるのよ、お兄ちゃん! 昔はミレット村の人だって普通に兄妹で結婚してたんだよ? そんなことも知らないの? 常識だよ、常識!」
「……え? そうなの?」
未来ではそれが常識なんだろうかと混乱を続けるルシードの一方、自分が知っているルシードとは違い、何も知らない様子のルシードにレアは笑みを深くする。
「当然だよ! これはもう他の人たちは放っておいて私と結婚するしかないね! お父さんとお母さんも、またお兄ちゃんが自分たちの子どもになるとわかったら絶対喜ぶよ! ミレット村でまたみんなで一緒に暮らそうね!」
「父さんと母さんが……?」
ルシードは父と母が喜ぶと言われ、更にはもう一度両親と一緒にいられる未来を啓示されたかのように感じ、それも悪くないと思うほどである。
そんなルシードの様子にレアは、このお兄ちゃんちょろすぎ! と内心で大歓喜するのだった。




