024 四面楚歌
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「……忘れてた」
新たに息も荒く現れた二人――セフィーリアとシャルニアのことをすっかり忘れていたルシードは、再び頭痛を覚える。
誰かを捜していたようではあるが、もう見つかったのだろうか。
よもやこのタイミングで現れるとは、天の助け、とは思えない。ますます混迷化する思いだ。
「少し時間を取りすぎてしまいましたか」
それはセラフも同じだった。
セラフの考えとしては、ルシードがセフィーリアたちと遭遇する前に結婚の確約を取り付け、そのあとは素知らぬ顔で他の者たちの要求を断らせるつもりだったのだ。
「もう返事をしてしまいましたか!?」
セラフたちが手に持つスピリティア・ストーンからすぐに察したセフィーリアは、ルシードに問う。
「大丈夫だよ、姉さん。ギリギリ間に合ったみたい」
ルシードが答えるまでもなく、セラフたちの様子にシャルニアが口を挟む。
「シャルがさっきの風魔法の中にルシードさんの魔力紋と同じものを見つけてくれなければ危ないとこだったね」
気づくのが遅れたものの、魔力紋を見抜くことに特化したシャルニアだからこそ、このタイミングで戻ってこられたようだ。
そうでなければ、押しに弱いルシードはあのままなし崩し的にセラフたちの要求を呑んでいた……かもしれない。
「ルシードさん!」
ルシードへと声をかけ、スピリティア・ストーンを取り出すセフィーリアとシャルニア。
「……はい」
その光景に、やはり助けなどではなかったのだと、ルシードは諦めの混じった声。二人の朱を帯びた表情からは、今後の展開が手に取るようにわかる。
これが噂に聞くモテ期というものだろうか。ただの板ばさみというものではないかと不思議でならない。
「わ、わた、わたわた……」
セフィーリアはセラフたちに負けまいと息巻いていた。
しかし、いざ言葉にしようとすると、そう簡単なものではなかった。彼女は十二歳であり、まだ子どもと言っても過言ではない。冒険者としての経験は積んだが、男女間の経験となるとまったくの別物だった。
それはセフィーリアの隣に立つシャルニアも同じで、何か言葉を紡ごうとするものの、口をパクパクと動かすに終わり、小さな声すらも発せられずにいる。
とはいえ、ルシードに声がかけられるものではない。
声をかけたが最後、セラフたちと同じことを言い出すという予感があるからだ。
「セフィたちもあなたと結婚したいですって」
そこへ、何を血迷ったか、何も言えずにいるセフィーリアたちに代わり、アルマリーゼが援護をするように言葉にした。
「そ、そそ、それです!」
よく言ってくれたとばかりにアルマリーゼへ視線を送り、セフィーリアは声を大にする。
その横では、シャルニアもこくこくと首を縦に振っていた。
「ちょっと、どうすんの?」
「どうするも何も……どうしましょう?」
「むぅ、困ったことになった」
ミラの耳打ちに、セラフとサーシャは困った顔で返答する。
あのまま何も言えなければ勝手に脱落してくれたかもしれないのだ。アルマリーゼに余計な真似をと視線を送るが、意に返した様子はない。彼女的には、誰一人欠けることなく、とでも言いたいのだろうか。セラフたちにはわからない。
だが、ルシードの答えを聞けていない今、まさか彼女たちだけ除け者にするわけにもいかないだろう。
「セフィ、シャル、よく聞いて」
「は、はい」
そんなセラフたちの考えをよそに、ルシードはできるだけ優しい声を努めて出す。
「君たちはまだ若い。そう結論を急がなくても――」
「そ、それって、彼女たちは良くて私たちはダメってことですか?」
「――いや、そうじゃないんだ」
「どう違うんですか?」
ルシードの言葉に、セフィーリアとシャルニアは露骨に不満気な表情となる。
もちろんルシードはセフィーリアたちだけを断ろうというわけではない。
「これはセフィたちだけじゃなく、彼女たちも――」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「そうですよ! さっきはちょっと乗り気だったじゃないですか!」
「神様、お気を確かに……」
ルシードは続けようとしたが、当然のようにミラとセラフ、サーシャの三人は文句をつける。
「いや、でもお金の問題とかもあるだろ? 明日の食べるものにも困らせる生活をさせるわけにもいかないしさ」
ルシードは苦心の末、説得を試みる。
よくよく考えてみれば、これからユキを養っていかねばならないのだ。結婚ともなれば、一家の大黒柱として彼女たちをも養っていかねばならないこととなる。
明日の衣食住にも困りそうな今現在において、誰かと結婚を考えている余裕もない。
金を必要としないミレット村であっても、取れる作物や動物にも限りがある。これだけの人数を連れて村に住み着きたいと申し出ても、何人もの女を侍らせる男が信用されるはずもなく、自分たちの分は自分たちでなんとかしてくれと断られるに決まっている。
冒険者としてやっていこうにも、安定して稼げる保障もない。高額な魔獣や依頼を求め、常に家を空けているともなれば、なんのために結婚したのかさえわからなくなるだろう。
しかしそれはルシードの勝手な考えである。
すでに結婚する気でいるミラ、セラフ、サーシャ。そしてセフィーリアとシャルニアが納得するはずもない。
「大丈夫よ。言っとくけど、私たちの実家はかなりの大富豪よ? 人ひとり養うなんて楽勝よ」
それって俗に言うヒモと呼ばれるものではないだろうか。ルシードは唖然とし、それでよく親は相手を連れて来いなどと許可を出したものだと呆れる。
まさか相手を連れて来させ、顔を確認した上で暗殺させようなどと言うつもりではないだろうかという心配までするほどだ。
「いや、それは君たちのお金じゃないしさ。俺は一人――」
「独り身でいたい気持ちはわかります」
一人ではなくもう一人いるんだと説明しようとしたルシードの言葉に先駆け、どこか納得した様子のセラフが頷く。
「それに、今は親のお金だと仰る意味もわかっていますが、家を継げば私たちのお金でもあるわけですし、そのあたりは気にしなくて大丈夫ですよ?」
それはそれでどうなんだと思うルシードだが、反論するまでもなくミラが口を開く。
「私ももう少し独り身でいるつもりだったんだけどさ、家柄上いつまでも独り身でいるわけにもいかないのよね。来年にはどこかの馬鹿息子と見合いなんて話も出てくるじゃないかって想像してたし、自由に恋愛するって意味では最後のチャンスなわけよ」
「神様、私たちを助けると思って、どうかご快諾ください」
サーシャの神様呼びに一瞬怪訝な表情を見せたものの、セフィーリアたちも負けじと追随する。
「か、彼女たちの家ほどではありませんが、私たちの家だってそれなりに裕福です!」
「そ、それにっ、うちの父さんは有名人ですからね! 知名度では負けていませんっ!」
セフィーリアたちがレナードの娘たちであることを思い出したルシードは、かつての英雄の娘を嫁にもらうなど、光栄どころか恐れ多いと若干引き気味である。
とにもかくにもそうは言っていられない。
結局のところ、彼女たちが言いたいのは――
「――責任、取ってくれますよね?」
こういうことなのである。
すべては婚約の証と知らずにスピリティア・ストーンを誰彼構わず贈ってしまった自分の愚かさ故の現状なのだ。
もはやセラフたちやセフィーリアたちはどちらのグループがなどとも言う気はないのかもしれない。なかなか頷こうとしないルシードに対し、共同戦線を張ってでもルシードが頷くまで攻め込む勢いだ。
すでに一杯一杯なルシードに打開策が閃くはずもなく、逃げ場はどこにもないのだと諦めそうになったその時――
「大丈夫よルシード」
優しくも微笑みながら投げかけられる声へと視線を送る。
そこにいたのは、アルマリーゼだ。
機は熟したとばかりに、アルマリーゼはここしかないと前へ出る。
「あなたには私がいるじゃない……私の力で、あなたを悪い者たちから守ってあげる」
迷える子羊に、悪魔が手を差し伸べた瞬間でもある。
「……アルマリーゼ」
聖剣としての威光か、はたまた天の助けとも聞こえる優しい声音だったからか、ルシードにはなんとも心打たれる言葉として胸に落ちる。
それに対してセラフたち一行は、自分たちがルシードに迫った時に大人しかったのも、セフィーリアたちを援護するように言葉を投げかけたのも、これを狙ってのことだったのかと戦慄する。
このままではアルマリーゼによってすべてを持っていかれてしまうだろう。セラフたちは何か言わなければと思えど、一方的に迫ってしまった今、どんな言葉をかけても意味がないものに感じてしまい、声が出せなくなる。
そんな一同と、ふらふらと近寄ってくるルシードに、アルマリーゼは微笑みそのままに続ける。
「だから契約しましょう? ほら、唱えるの『アルマだけを愛してる、結婚しよう』ってね」
だが、その一言により、ルシードは正気に戻った。
「いや、それとこれとは別だよ。そもそも契約に呪文なんてなかっただろ? だいたいどうしてそうなる」
これには時期尚早だったかと歯噛みするアルマリーゼだったが、まだ負けてはいない。
「あの時……ルシードが亡くなる寸前、私のことを――愛してるって言ってくれたじゃない?」
「なん……だって?」
アルマリーゼの衝撃の告白に、一同は騒然とする。
当然のことながらルシードに言った覚えはない。
だが、あの時は死の間際だったのだ。もしかしたら死の淵に立たされ、口走ってしまった可能性もなくはない。
「あなたは私を愛してると言ってくれたわ。今際の際に言ったのよ? それがあなたの本心に違いないわ」
ルシードの考えを読んだかのように、アルマリーゼは攻め立てる。
「そう、かな? いや、でも……」
ルシードは考える。
アルマリーゼの言葉が真実ならば、言ったのだろうか。
だが、あの時は確かにアルマリーゼの姿を綺麗だと思ったものの、勘違いされては困ると口にはしなかったはずだ。
それとも、そう思っていただけで本当は口にしてしまったのだろうか。
しかし、綺麗だとは思っても、愛していると思ったことはなかったはずである。
ルシードには何が本当なのかわからなくなってしまった。
「そ、そもそもアルマリーゼは俺のヒロインにはなれないって言っていたじゃないか」
それでも、ルシードは聖剣であるアルマリーゼには英雄と呼ばれるような者の隣にいて欲しいと、決して受け入れるつもりはない。
そこでかつてアルマリーゼ自身が言った言葉を思い出し、なんとか反論を試みる。
「そうだったわね。……でも、私はこうも言ったわ。もしも生まれ変わった時は、私があなたのヒロインになってあげるってね。また昔のように、私のことをアルマと呼んで?」
そういえばそんなことも言っていたかと、ルシードは顔を引きつらせる。
自分がやったこととはいえ、転生したからには生まれ変わったと同義だ。
「騙されてはいけませんよ。彼女は嘘をついています」
「……あら、何が嘘だって言うのかしら?」
アルマリーゼの言葉が嘘だとするセラフに、何か失言でもあっただろうかとアルマリーゼは問う。
「それは本人が一番わかっているはずです。それに、嘘でないと言うのなら証拠を見せてください」
「証拠って……言葉で言ったものをどう証明しろと言うのよ?」
「残念でしたねアルマ。証拠がないのなら本当であるかどうかも疑わしいものです」
セラフの攻撃に乗る形でセフィーリアが追撃する。
「そ、そうですよ。見たところ、アルマリーゼさんはスピリティア・ストーンを持っていませんよね?」
「それは大変ね。スピリティア・ストーンを持ってないってことは……」
「そもそも参加資格がないということになる」
スピリティア・ストーンを持っているならば出しているはずだ。アルマリーゼが取り出さないことからも、シャルニアは目ざとく気づいて追い討ちをかけ、ミラとサーシャも乗る。
「そ、それは……」
これに困ったのがアルマリーゼだ。
彼女はルシードからスピリティア・ストーンをいらないかと尋ねられた際、精霊の涙を意味することから縁起が悪いと断っている。まさかこんな事態になろうとは、あの時想像できたはずもない。
優勢一転、アルマリーゼは追い詰められた形となる。
ルシードは助けられた状況ではあるが、下手に口を出せばどんな被害が及ぶかわからないと、口を出せる立場ではない。
そこへ――
「ルシード!」
新たに現れる少女――ルーファがいた。
今までずっと走り回っていたのか、息も絶え絶えといった感じだ。
「……ルーファ」
ルーファの叫び、そしてルシードの呟きに、アルマリーゼがピクリと反応した。
なかなか現れないことからレアが抑え込んでいるのかと思っていたが、そういうわけではないようだ。
レアの話からはまだ時間に余裕はあるはずだが、今このタイミングでルーファをルシードと会わせてはまずい気がする。
アルマリーゼがそう考えたのは精霊故の勘か、レアから聞いた最悪な未来へと繋がってしまうのではないかという思いからか……。ルシードを見つけ、立ち止まっていたルーファが再びルシードに向けて一直線へ歩み寄る姿に、アルマリーゼはルシードとルーファの間に入ろうとして――
「ちょっと!?」
立ちふさがるように動いたセラフにより、出遅れてしまう。
「一度だけ見逃してあげてください」
一番に会いたかったであろうルーファのことを思ってか、セラフがやれやれといった感じに皆を制止する。
だが、ルシードの胸に飛び込むくらい許してやろうと思ったのが間違い。
「――ルシード」
「……な、何かな?」
また同じ展開になるのだろうかと動けないルシードの目前で立ち止まったルーファは、言葉を紡ごうとして、今の気持ちを伝えるだけの言葉が見つからない自分に泣きそうになる。
「――えっ?」
だからこそ、ルーファは行動に出た。
白い肌を朱に染めたルーファは、ルシードの首に両手を回すようにして絡めて抱き寄せると、足りない身長を補うように背伸びをし――カチンと歯と歯が当たる音とともに、ルシードへと口づけた。




