023 主人公たるもの
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「はい、そこまで」
すぐ近くからかかる声に、ルシードはギクリとして瞼を開けた。
「えっ?」
そこにはセラフによって羽交い絞めにされるアルマリーゼの姿。その左右には、ミラとサーシャもいる。
ルシードはアルマリーゼと再会したことへの驚き、そして考え込むあまり、周囲の探索を疎かにしてしまった自分を呪うしかない。
「……もうちょっとだったのに」
ルシードの唇と触れ合う刹那に引き剥がされ、アルマリーゼは一人愚痴る。
近づく気配は察知していたが、急ぐあまり、歯と歯をぶつけてしまうような愚を犯すつもりはなかった。
しかしそれが仇となり、アルマリーゼの狙いは達成されなかったというわけである。
「言っておきますが、私はまだ許したわけではありませんよ?」
ルシードは自ら死を選んだのだ。怒らないであろうことは簡単に想像できる。
だからこそ、セラフは悪びれなくもルシードにキスしようとしたアルマリーゼを許すわけにもいかない。
「……わかっているわ」
アルマリーゼは皆と敵対することを決めている。
だが、その話を持ち出されては返せる言葉はない。
「けど、サーシャがさっき使われた魔法をやけに気にするから戻って正解だったわね」
そんなアルマリーゼの様子にセラフは拘束を解き、ミラがサーシャを褒めるようにして言う。
「神様、危ないところでした」
何がどう危ないところだったのだろうか。
ルシードは気になるところではあるものの、問いただすだけの余裕もない。むしろ、胸に宿る嫌な予感とともに、何故か危機感が増す一方である。
「ありがとう。その……久しぶりだな」
それでもルシードは手を差し伸べてくれるサーシャの手を取り、立ち上がった。
他にかける言葉もあるはずなのだが、ルシードは言葉が見つからない。
スピリティア・ストーンの件もあるが、王都では案内を頼むという約束を破ってしまったことからも気まずい。
アルマリーゼが記憶を持っている謎に加え、王都で顔を見せなかった点をどう説明しようかと、難題が増えた形だ。
「あんたねぇ……第一声がそれってどうなの? こっちはあんたが死んだって聞いて、どれだけ心配したと思ってるのよ。こっちはこっちでそれはもう大変だったんだからね」
アルマリーゼが記憶を持っているならば、事情は知っているのだろう。
しかしどうして自身が生き返ったことを知っているのか、ルシードは疑問はあれど、もしかするとわざわざ会いに来てくれたのかと思うと、感慨深いものがある。
「それは……謝るよ」
本当は彼女たちにも相談をすれば、死ぬこともなかったかもしれない。ルシードはそう思えど、それができるものではなかった。なかなか思うようには大人になれないものだな、と内心で苦笑する。
「まあまあ、ミラも落ち着いてください。私たちも積もる話はありますが、それはあとにしておきましょう。今は大事な話があります」
今現在、この街にはセフィーリアとシャルニアがいるのだ。のんびり話し込んでいる暇はない。
セラフはいまだルシードが彼女たちに会っていない様子に、これはチャンスだと本題に入る。
この場にはアルマリーゼもいるが、彼女の立場上、この際仕方のないことだと割り切ることにした。
「……だ、大事な話?」
一方、そんなセラフの笑顔に悪寒を感じたルシードは、逃げ場を探すように視線を動かし――
「そうだったわね。今度ばかりは私も覚悟を決めなきゃね」
「神様、もうお側を離れません」
囲むようにして動いたミラとサーシャに、いったい何をされるのかと不安が募る。
アルマリーゼにそれとなく助けを求めてみるが、アルマリーゼも今は助けるつもりはない。今すぐ邪魔をしたい気持ちはあれど、その時が来るまで機を窺うつもりだ。自分がルシードの隣に返り咲くためにも、タイミングが重要だった。
「はい。私たちの……そしてルシードさんにもかかわる、とてもとても大事な話です」
ルーファが行方知れずだが、セラフたちは待っている余裕もない。昔から本当に大事なことには空回りして失敗するのがルーファなのだと、自分たちの認識は間違っていなかったと再認識しただけのことである。
そしてそれをカバーするのが自分たちの役目であり、逆もまた然りであると認識している。
「これが何だかご存知ですか?」
胸に宿る予感から、何も口を開けなかったルシードに、セラフは冒険者カバンから大事そうにスピリティア・ストーンを取り出して見せる。
「いや、違う――」
「違いません」
間髪いれず、にっこりと笑顔で対応するセラフに、ルシードは怯える。もはや何かを言い返せる雰囲気ではなくなった。
「その様子だとこれの意味もわかってるみたいね。話が早くて助かるわ」
次いでスピリティア・ストーンを取り出したミラとサーシャに、ルシードはどうしてこうなったと嘆くしかない。
「い、いや、なんのことかな?」
「ルシード。あなた、嘘が顔に出るんだから気をつけなさい」
やれやれと肩を竦めるアルマリーゼ。そういうことはもっと早く言って欲しいものである。
「神様、もう隠す必要はないのです。あとは私たちにお任せください」
さも当然のように言うサーシャには今更突っ込む気もないが、隠す必要がないとは聞き捨てならない。彼女たちの性格上、もしや自分をからかって楽しんでいるのではないかという一筋の光が見え、ルシードは真意を問うことにした。
「……と、言うと?」
だが、この判断はどう考えても間違いであることに、ルシードは気づかない。
世の中そう甘くはないのだ。現実は常に非情なのである。
そしてルシードの問いかけに、セラフはミラとサーシャへ視線を絡ませ、一つ頷く。
「私たちと――結婚、していただけますね?」
さらりと言ってのけたセラフはやはり悪魔に違いないと、ルシードは確信。アルマリーゼへちらりと視線を送ってみるが、助けてくれる気配はない。
しかし、気になる点もある。
「私……たち?」
セラフは『私たち』と言ったのだ。
結婚とは男と女、男女一組でするものではないのか。ルシードは疑問に思う。
「はい。私たち……ルーファはどこへ行ったのかここにいませんが、彼女も忘れないでくださいね?」
忘れるも何もそういうことではないのだが、セラフは本当に何を言っているのかとルシードにはわからない。
もしかすると、ルーファは自分を捜してくれていたのだろうかとも思うが、今はそれどころでもない。
「そこじゃなくってさ、結婚って男一人、女一人でするもんじゃないの? この国の法律だかには詳しくないんだけど、今まで読んだ本ではそうだったぞ?」
「それなら安心しなさい。来年はこの国も一夫一婦制から一夫多妻制になるわ」
「……はい?」
「今頃母様たちが次の王様に話をつけてるはず」
この国はどうしてしまったのか、それを聞いてどう安心しろというのか、ミラとサーシャが自信満々に言う言葉に、ルシードは頭が痛い。
「いや待て、確かこんな時に言う台詞があったはずだ」
ルシードはいつだったか読んだ本の内容を必死に思い出そうと考え、答えを手繰り寄せる。
「友だちから始めましょう」
一時的なものでしかなかったようにも感じたが、一目惚れだなんだという者相手に使えるという言葉を思い出したルシードは、声にして答える。
しかしこれも最適解ではない。
ルシードの言葉を聞いた他の者たちは何を言い出すんだと笑うばかりだ。
「もう友だちじゃない」
「そ、そうだった」
「それどころかもっと深い仲ですよ。お母様たちも早く連れて来いと首を長くして待っているくらいです」
ここぞと追撃をかけてくるセラフに、ルシードは本当にどうしたものかと考える。
これからホープの両親のもとへ謝罪へ向かわねばならない矢先、更に謝罪しなければならない相手が増えてしまった。
本当にどうして自分なんかと結婚という話になっているのか、まさか一目惚れなんてものが本当に存在するのか、それともたった数日の間で好きになってくれる要素でもあったのか、ルシードは怖くて聞けたものではない。
「思ってたより難航してるじゃない。ルシードに有効な策ってのはもう使ったの?」
ルシードの渋る様子に、ミラがセラフへと耳打ち、その声にセラフは苦笑する。
「いえ、できることならルシードさんの意思で良い返事を聞きたいと思っていたのですが、なかなかに手ごわいですからね……こちらに余裕もないことですし、使うとしましょうか」
セラフのもとへと移動したミラが開けた穴へと不自然な視線を送るルシードに、セラフは逃げられる前に策を実行することにした。
「ルシードさんは一度でも考えたことがありませんか?」
ルシードは聞き返すのが怖い。それでも、聞き返さずにはいられない。
「……何を?」
ルシードの返答に、セラフはにこりと笑う。
「どうして物語の主人公は、一番最初に登場したヒロインを最後に選んでしまうのかと」
「それは……」
何故かアルマリーゼからの視線が痛いが、気にしている場合でもない。
考えたことがないと言えば嘘になる。更には、どうしてあとから登場したヒロインの方が可愛いのに選ばなかったのだろうかとさえも考えたことがあるほどだ。
しかし、それは作者と読者の違いだ。主人公にとっては選んだヒロインこそが、一番幸せになれると作者は考えているに違いない。
だが――
「更にこう考えたことはありませんか? ……選ばれなかったヒロインたちはその後、どういった人生を送るのかと」
セラフは追撃するかのごとく、ルシードの思考の先を行く。
これこそがセラフの秘策だ。本好きであるルシードが、結果的にサブヒロインとなってしまった者たちのその後が気にならないはずがないというものである。
物語の中で記される、主人公への恋を自覚したヒロインの内情を知っているなればこそ、恋の争いに敗れたヒロインたちは、主人公への愛故に新たな恋も芽生えず、不幸な最後を遂げてしまうのではないかという考えを突いた作戦だ。
「……む」
実際、ルシードにはかなり有効であるようだ。
まるで誘導されているかのような状況に、ルシードは戦慄しているほどに効いている。
そして同時、この流れは非常にまずい気がしてならない。考えがまとまらないままに、何かを言い返えそうと口を開こうとし――
「物語の主人公たるもの、皆を幸せにすべきではありませんか?」
更に先回りされてしまう。
「い、いや、でも俺は主人公ってわけでもないし――」
「ルシードさん。この際はっきりと言いますが、私たちはルシードさんが主人公かどうかなんてどうでもいいんです」
「えっ? じゃ、じゃあ、今の話は――」
なら今の話はなんだったのか。ルシードは問いかけようとしてセラフの言いたいことを察し、言葉に詰まる。
「私たちにとってはあんたが主人公、私たちがヒロインたちってことよ」
「選ばれなかった者たちは寂しさで死んでしまう。これは決定事項」
サーシャの言葉は置いておくにしても、まさにミラの言葉こそがセラフが言いたかったことなのだろう。
これには流石のルシードも困り果てる。
「聞き方を変えます。ルシードさんは、私たちのことが好きか嫌いか……どちらでしょう?」
押され気味ではあるものの、それでも抵抗しようとするルシードに、セラフは問い方を変えた。
「……そりゃあ、好きか嫌いかと問われれば好きだけど――」
「決まりですね」
「――何が?」
「結婚、していただけますね?」
二択でそれはないだろう。
そうは思っていても、愛する相手もいない今、こんな自分を選んでくれたというのなら悪い気もしない。このまま彼女たちと過ごす中で、本当に愛することに変わるかもしれないという思いもある。
だが、彼女たちを受け入れれば、ホープやリリーだけ断るというわけにもいかなくなる。
ルシードはまずは誤解を解くところから始めようと、口を開こうとして――
「ちょっと待ったー!」
遠くから響く声に、そちらを見やった。




