022 予期せぬ邂逅と胸に宿る予感
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ギルドの外へと出たルシードは周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると、風魔法を周囲に巡らせ、動く者の探知を開始した。
「……何組かいるな。さっきもそうだけど、移動速度が早いところは人を捜してると見ていいか?」
それならば、先程ギルドに戻るよりも、走り回る者たちのところへ行けば良かった。
そう思うルシードだが、疑問も残る。
「まあ、大所帯で移動しているところは除外してもいいか。ホープは一人のはずだし……ベルたちはユキと二人か? まさかとは思うけど、ギルド長さんがまた来てる可能性もなくはないか。でも、ベルなら魔法で探知くらいはするよな?」
考えていても仕方がない。
そう思ったルシードは、まずはかなりの速度で移動している者に絞り、一人で駆けている様子の二組を感知、そのどちらかがホープではないかと考え、追うことにする。
足に力を込め、深夜であることから迷惑にならないようにと、静寂の能力を使用して足音と気配を消して人のいない道を選んで移動。
「……ん?」
そして先回りした場所で見つけた少女――ルーファの姿に、ルシードは頭を悩ませる。
「なんでルーファがここにいるんだ?」
レムスの街がどこにあるかは知らないが、王都から近いのだろうか。
ルシードは考えるが、今はそれどころではない。
ルーファには、スピリティア・ストーンを渡しているのだ。
一目惚れなんてものを信じていないルシードは、数日一緒に過ごしただけで好意にまで発展することはないと思っている。そしてそれは、ルーファたちも同じであると信じて疑わない。
だからこそ、向こうは気にしていないだろうが、別れ際、わざわざ好きな相手がいるかを確認してしまったことからも、ルシードからは好意を持っていると思われている可能性は大きい。顔を合わせるには、少々気恥ずかしいものがある。
ルシードはこそこそと身を隠すように置いてあった箱材の陰に隠れ、一度通った道を走っていることにさえ気づいていないルーファが走り去るのを見送ったところで、大きく息を吐いた。
「……なんだか嫌な予感がしてきたぞ。ルーファが一人で来てるとは考えづらいし、もしかしなくても同じ速度で移動している三人組は、ミラとセラフ、それにサーシャか?」
どうして贈り物とする物の意味を調べようとはしなかったのか。
持ち歩く辞書でさえ、調べればすぐにわかったのではないか。
今になってルシードは後悔するが、やってしまったものはどうすることもできない。ほとぼりが冷めるまで、なんとしても出会わない方向で進めることにした。
「別の方向にいたもう一人がホープだったのか……。とりあえず、安全のためにも三人組がミラたちだってことを確認しとくか」
ルシードは再び風を送り、周囲の者たちの位置を確認。高速で移動する三人を見つけ、
「……え?」
移動しようとした最中、周囲を忙しなく確認しながら移動するセフィーリアとシャルニアを目にし、慌てて物陰へと身を潜めた。
「待って、姉さん!」
「シャル!?」
すると、ルシードが身を隠す箱材の向こう側で、突如足を止めたシャルニアが先を急ごうとするセフィーリアを呼び止めた。
「さっきこのあたりを始点に不自然な風が飛ばされたように感じた気がしたんだけど、姉さんは気づかなかった? なんだか風に魔力が乗ってたような感じだったから、誰かが魔法を使ったんだと思うんだけど……」
「風? 確かに風が吹いた気はしたけど……ごめん、シャルみたいには感じなかった」
どうやら風魔法を使い、魔力紋を見抜くことに特化した魔眼を持つシャルニアだからこそ、風を飛ばし、周囲の動く物体を見つけようとしたルシードの風魔法に、ただの風ではなかったと気づき、足を止めたようだ。
「でも、シャルの言葉も気になるわね。先に出た人たちも見つけられてないみたいだし……」
「もしかして隠れてる、とか?」
二人が誰を捜しているかを知らないながらも、今まさに隠れているルシードはシャルニアの一言にドキリとし、何故だか見つかってはいけないような気がして、念のためにと静寂の能力を発動した。
「……ありえるかも。この間もそうだったし、そんな気がしてきた」
「この間?」
「う、ううん、こっちの話」
武踏祭でルシードがシャドウに扮して参加していたことを、シャルニアはルシードとの約束であることからも誰にも伝えていない。
だが、全身を黒く覆い隠し、誰にも見つかるまいとしていたことを考えれば、今もどこかで見つかるまいとしている可能性がある、ような気がシャルニアにはあった。
「……姉さん、私と手を繋いで。私が魔眼で探知されないようにすれば、気づかれずに近づけるから」
「う、うん!」
シャルニアはルシードの魔力紋を思い浮かべ、魔眼に魔力を流し、その瞳を青から金へと変化させる。
「これで大丈夫! 行こう!」
どうしたことか、ルシードが見つけられまいとしているならば、こちらがルシードに探知されなければ良いと考えたシャルニアは、セフィーリアを同じくルシードから見えなくするために手を繋ぎ、その場を離れて行った。
「ど、どうなってるんだ? ルーファだけじゃなく、セフィーリアとシャルニアまでいるなんて……。誰かを捜してたみたいだけど、――」
その背中を見送るようにして静寂の能力を解除したルシードは、
「――俺を捜してるわけじゃなさそうだな」
魔眼を発動させたシャルニアを認識していたことから、自分が捜されているとは気づかなかったようだ。
それもそのはず、シャルニアの魔眼は強力であるが、今のルシードには通用しない。
武踏祭の会場ではルシードにしか見えないようにしていたことから二人は気づかなかったが、あの時もルシードはシャルニアの魔眼をレジストするほどに力をつけていた。
まさかレジストされていることに気づけなかったシャルニアは、運がなかったようである。
そうとは知らないルシードは、遠ざかる二人の背中に向かって考える。
この街で何かがあったのだろうか、と。
ルシードが考えつく事件といえば、ベルたちが解決したという賢者殺害事件だが、ベルがここにはホープしかいないと言っていたことからも、三日前まで王都にいた彼女たちまでもが関与していたとは思えない。
とはいえ、声をかけて理由を尋ねるわけにもいかない。
よくよく思い出してみれば、アルマリーゼに最後の魔法をかける際、レナードではなくテオとともに行くように伝えた気がするのだ。
ならば当然、アルマリーゼがテオたちと行動をともにしていると信じて疑わないルシードは、セフィーリアたちに接触することで、彼女たちからアルマリーゼに自身が生きていることが伝わり、魔法による記憶の改ざんが解けてしまう可能性を消してしまいたいと考える。
自身は生まれた時から聖剣であると思っているアルマリーゼに、余計な情報を与えたくはない。
そして何より、セフィーリアたちにもスピリティア・ストーンを渡していることが大きいか。
胸に宿る予感が、顔を合わせては危険だと知らせているようだった。
「風魔法は危険か。なら……」
ルシードは地面を軽く叩き、地面を伝わる振動を魔法に乗せ、土魔法で周囲に送る。
今度は風に触れた動く物体ではなく、地面に触れている者から、その位置を確かめようというのだ。
「ん? ……反応が一人消えた? って、やばい、やっぱり三人組はミラたちか! ルーファがいるならいるに決まってるよな……。それに今使ったのが土魔法ってことは……」
風魔法で探索した時とは違った手応え。風魔法では屋内にいる者まで把握できなかったがために、誰かが屋内に移動したことで一人消えたように感じたのかとルシードは思うが、そうしている間にも高速で移動する三人組が近づいており、ミラたちの姿を確認したルシードは、三度箱材に隠れるようにして頭を引っ込めた。
もはやどうして『やばい』などという単語が出てくるのかさえ、気づく余裕はない。
「――サーシャ?」
そんなルシードが隠れる箱材の向こうで突如足を止めたサーシャに、ミラとセラフは振り返る。
「今、このあたりから広がるようにして土魔法が使われたような……」
やはりルシードが思った通り、土魔法の使い手であるサーシャはルシードが使った土魔法に思うところがあったようだ。
「……気づいた?」
「いえ、私は気づきませんでした。確かなのですか?」
「魔法が使われたのは間違いない。足元をすり抜けていく感じの魔法だった」
なんともはっきりしないサーシャの返事に、ミラとセラフは顔を見合わせる。
「それって攻撃されたわけじゃないのよね?」
「でしたら気にする必要はないでしょう。どうやらかなり出遅れたようです、私たちも早く向かわねば手遅れになってしまいますよ」
「む、そうだった」
誰かが使ったであろう魔法を感知したものの、それがルシードのものだとまでは気づかなかったようだ。
ミラとセラフ、サーシャの三人は頷き合うと、再び速度を上げてルシード捜索に戻って行った。
「……行ったか」
ルシードは大きく息を吐く。
嫌な予感は膨れるばかりだ。早く街を離れなければ取り返しのつかないことになる。そんな予感さえしている。
「ん? あれは……テオ?」
二度あることは三度ある、とも言う。
すでに三度目は過ぎている気がしなくもないが、ルシードが注意深く箱材の向こうを確認していると、今度はミラたちに追い越されたテオたちがゆっくりとした足取りでこちらへ歩いてくるではないか。
どうしたことかアルマリーゼの姿は見えないが、あの時変化を遂げた聖剣を持っていることからも、テオの側にいることは間違いないはずだ。
ならばテオの影に潜っているのかもしれないと、ルシードは再び静寂の能力を使って身を隠した。
「しかし闇雲に歩いて見つかるだろうか? 他の街よりは小さいようだが、それでも人ひとりを見つけるには苦労しそうだ」
どうして皆は箱材の向こうで足を止めるのか。ルシードには不思議だ。まさか隠れていることを知って、わざと足を止めているのではないかと思うほどである。
「そうですね。ギルドを出たばかりだということでしたので先に出た女性陣がすでに捕まえているものと思いましたが、どうもそうではないようです」
先に出ていたにもかかわらず、先程追い抜くようにして走って行ったミラたちだけでなく、女性陣は何をしていたのかルシードを見つけることができていない様子に、テオも困ったとばかりに天を仰ぐ。
ギルドではルシードが建物を出て行ったばかりだと言っていたはずだが、女性陣が見つけられていない以上、レインの言うように闇雲に歩いて見つけられるとは思えない。
「んー、俺も早く会いたいけど、それだったら一度戻る? あの姉ちゃんたちも見つけることができたらギルドへ戻るだろ?」
「へっ、わかってねぇな。それだとあいつの修羅場が見られねぇじゃねぇ――ああ、いや、待った待った! 冗談だって!」
ニーナに拳をもらいそうになったカークは慌てて両手を上げて距離を取る。
「この馬鹿の言うことは置いとくにしても、その修羅場とやらで本当に帰らぬ人になっちゃたまんないよ。そうならないためにも、止める人間が必要だろうさ」
生き返ったはずのルシードが男女間のもつれで亡き人になっては目も当てられないと、ニーナは苦笑。
他の者たちはそれを想像し、まさかと冷や汗を流す。
「……確かに。では僕たちも少し急ぐとしましょうか。どこかで騒ぎがあれば、そこにいるに違いありませんしね」
ルシードならばあの少女たちにも遅れを取ることはないだろう。そうは思っていても、ニーナの言うように仲裁役は必要になる。テオは先を急ぐようにして先頭に立つと、足早にその場を去って行った。
「……やっぱり誰かを捜してるみたいだな」
修羅場という聞き捨てならない単語が出ていたが、皆が浮かべる表情は、どうにも鬼気迫るとは程遠い。しかも、カークに至ってはニヤニヤと笑っている。
ならば自分が行くまでもないだろうと、ルシードはギルドに引き返すことにした。
アギトが待つ、『猫の気まぐれ亭』へ行かなければならないが、ルシードが手に持つ地図を見る限り、皆が向かった先と同じ方角だ。このままうしろから追うには危険しかない。
ならばギルドで魔電通信機を借り、店に連絡を取る方が良いだろう。誰の連絡先も知らないことから一度も使用する機会こそなかったが、街と呼ばれる場所には一家に一台といった感じに所有していることは確認済みだ。アギトに連絡がついたあとは、ギルドで匿ってもらおうという算段である。
「右良し、左良し」
ギルドまでの安全を確保しなければならないが、魔法を使ってはまたしても感知されてしまうかもしれない。ルシードは目視でテオたちが行き来した通りに誰もいないことを確認。
それでもこの通りは皆が通っている様子からも次に誰かが通るかもしれないと、箱材の陰から立ち上がり、後方へ引き返すようにして――。
◇
レアと別行動を取り、我先にとルシードを捜していたアルマリーゼは困惑していた。
ルシードが生き返ると聞いた時に、そして生き返ったのだと聞いた時に、ルシードと再会した暁にはどんな顔を見せようか、なんと声をかけようか、どうやって謝るべきか、いかにして側に置いてもらおうか……。どれだけ考えたことかわからない。
それでも、アルマリーゼなりにルシードとの最高の再会を想定し、妄想の中で練習もした。
それがどうだ。まるで何かから隠れるようにして箱材の陰に身を潜める――ルシードが目の前にいるではないか。
もっとロマンティックな、まるで誰かが書いた小説のような、劇的な再会を果たすものだと決まっている。
そう思っていたはずなのに、この再会はあんまりではないか。今すぐルシードの胸に飛び込みたい気持ちはあるが、この状況でそれをするにはどうにも憚られる。
アルマリーゼは用意していたはずの表情も、言葉さえも、出てこない。
幸いにも箱材の向こうだけを気にしており、更には一度目の風魔法で感知されたはずの存在も、二度目の土魔法での探知はアルマリーゼが宙に浮いていたことにより、こちらの存在に気づいていないルシードに、一度出直そうかと考える始末だ。
だが、現実はそう甘くない。
「――きゃっ!?」
うしろを確認もせずに立ち上がり、振り返ろうとしたルシードに押され、アルマリーゼは宙に浮いていることも忘れて咄嗟に転ぶまいとしたものの、慌てるあまり同じくバランスを崩したであろうルシードの腕を引っ張る形で転んでしまう。
あまりにも間抜けすぎる展開に、アルマリーゼはやり直しを要求したい思いだ。
「す、すみませ――ッ!?」
しかしそれも叶わない。
ぶつかってしまった相手を下敷きにすまいと抱え込み、自分が下になるように体を滑り込ませたルシードは謝ろうとして、ぶつかった相手がアルマリーゼだと気づき、ハッと息を呑んだからだ。
その一方で、まるで自分が押し倒しているかのような体勢に、アルマリーゼはどうしてこんなことになっているのかと、頭が痛い気分だった。
「……すみません、怪我はありませんか?」
だがそれも、何故かアルマリーゼと他人行儀に話すルシードに、アルマリーゼはルシードとの最後のやりとりを思い出す。
ルシードは――アルマリーゼが自身の記憶を失っているものだと思い込んでいるのだ、と。
「あの……」
無言で動かないアルマリーゼに、ルシードは動揺を表に出して呟く。
その様子に、アルマリーゼは相変わらず嘘をつくのが下手だな、と内心で笑う。
今ならば再会のやり直しはできるかもしれない。
「――あなたは何も変わらないのね」
それでも、アルマリーゼは二度と手放さないとばかりに、倒れこむようにしてルシードの胸に頭を預けた。
ルシードの心臓から聞こえてくる鼓動が、確かに生きているのだと実感させてくれる。
「……覚えている、のか? どうして……?」
たった一言、たったそれだけの行動で、ルシードはアルマリーゼが自身のことを覚えていることに気づいたようだ。
どうして魔法が効いていたはずのアルマリーゼが覚えているのか。目を白黒させながら問い返すことしかできないでいる。
そんなルシードに対し、アルマリーゼは一瞬の逡巡からの決断を行う。
この状況では伝えようとしていた言葉は似合わない。そしてそれは、おそらくはルシードが望む言葉ではないという思いもあった。
ならば行動で示すしかない。
最低の再会も、自らの手で最高の再会へと仕立て上げるだけだ。
アルマリーゼは悪戯っぽく笑うと、ルシードの胸から顔を上げた。
ルシードは動揺のあまり気づいていないようだが、ここに近づく気配もある。アルマリーゼは迷うことなく行動に移す。
「どうして? ふふっ、胸に手を当てて考えてみなさい。目を瞑ることを忘れてはダメよ?」
「わ、わかった」
アルマリーゼの言葉に従い、律儀にも胸に手を当て、目を瞑って考えるルシード。
魔法が失敗していたんだろうか、それとも何かがあって思い出してしまったのだろうか。考えど、混乱する頭で出せる答えはない。
あまりの悩みっぷりに、アルマリーゼはもう一度クスリと笑って瞳を閉じ、目を瞑るルシードの唇目がけ、自らの唇を近づけた――。




