021 集う者たちの裏話
◇
レナードのもとへ報告をしにやってきた者の言葉を聞いて、気づけばルーファは走り出していた。
うしろから呼び止める声が聞こえた気もしたが、止まるつもりはない。
今はただ、ルシードに会いたい。その想いが、体を動かした。
一目散にギルドへと飛び込み、転移部屋へ駆け込むも、目的地であるレムスで誰かが使用しているのか、転移は始まらない。
こんな時間に使用しているのは誰かという疑問と、まさかルシードが移動するために使っているのではないかという不安の中、まだかまだかと転移水晶を指でもてあそび、転移水晶が光を帯びたところで笑顔に変わる。
転移の完了とともに水晶は砕け、光の粒子となって魔素へと溶けていくが、今はその光景を楽しんでいる時間も惜しい。
ルーファは一直線に受付へと駆け、
「なあ、ここにルシードがいるって聞いたんだけど、ホントか!?」
受付に座る女性――ノーラへと声をかけた。
「……ルシード? ルシードさんでしたら先程ギルドを出て――」
もはやノーラの声も聞こえてはいない。まだこの街にいるのだとわかっただけで十分だと思ったルーファは、ルシードを捜しにギルドを出るべく、扉へと駆けた。
◇
レアは焦る。
なんとしてもルーファをルシードに会わせてはいけない。
それは、会わせてしまえば、自身が知る最悪の未来へと繋がってしまうかもしれないからだ。
出遅れてしまったことを悔やむ気持ちも惜しいほどに、ルーファの次にレムスのギルドへと転移したレアは、受付へと駆ける。
「すみません、今ここに、無駄に胸のでかい女が来ませんでしたか!?」
ここでルシードの所在を聞いていたならば、また違った展開があったであろうことに、レアは気づいていない。
ルーファをルシードに会わせてはいけないという思いから、ルーファの所在を問うてしまった。
「……胸? 今の方のことでしょうか? その方ならギルドを出て行かれましたよ?」
遅かった。
ギルドを出て行ったとなると、ルシードを追ったに違いない。
急ぎルーファを阻止すべく、レアもギルドを飛び出した。
直後――
「レア、待ちなさい!」
「――アルマリーゼさん!?」
どこかへ走り去ったルーファを捜そうとあたりを見渡したレアは、突如自身の影から現れたアルマリーゼに、驚きを露に動きを止めた。
「……いつの間に私の影に?」
通常、契約をしていなければ、相手の許可もなく長時間影に潜り込むことなどできないはずだ。それを事も無げにやってのけたということは、やはりアルマリーゼも規格外の存在である。
「そんなことはどうでもいいわ。それよりも、ルーファをルシードに会わせてはいけないって、それはどういうことなの? それに、あの子が最大の敵になる理由もまだ聞けていなかったわね」
「今は――」
そんな場合ではありません。
そう喉まで出かかった言葉は、すでにルーファを見失ってしまっていることにより、出てはこなかった。
「……わかりました」
今のこの状況はとてもまずい。
ならばアルマリーゼを味方に引き入れることで、状況を覆すことができるかもしれない。
そう考えたレアは意を決し、アルマリーゼに伝える。
「彼女は……ルーファさんは――」
レアの口から発せられた言葉は、アルマリーゼの心に、鋭く突き刺さった。
◆
ホープを見送り、アギトとギルドへと戻ったルシードは、鑑定室へと入っていた。
「すみません、魔獣の引取りをお願いしたいのですが……」
「こんな時間に来るとは珍しいな。どんな魔獣かわかっているのかい?」
よれよれの白衣を身に纏った老人は、椅子に深く腰掛け、新聞を広げて読んでいたところへの来客に、やれやれといった感じで立ち上がる。
「えーっと、モリノオウジャだったかな?」
「モリノオウジャ!? レア物じゃないか! そこの机の上に出してくれ!」
だがその動きも、ルシードが口にした魔獣の名前により、嬉々として駆け寄る形となる。今ばかりは持病の腰の痛みも感じないほどだ。
「さっきギルド員の方が口にしてただけなので、本当かどうかはわからないのですが……」
「いや、間違いない! この仕事をして長いが、二十年前に一度目にしたっきりだ!」
ルシードが冒険者カバンから取り出した魔獣を目にした鑑定員は、目を輝かせ、手で触れては何やら確かめているようだ。
「お金になりますかね?」
「金? 馬鹿言っちゃいけないよ! 魔獣ランクは眠りさえしなければ誰にでも倒せるということから最低に位置するGランクだが、なかなか目にしないことからも引取額は高い! 素材こそ武具には使えないが、麻酔薬などとしては最高級に位置する。引取額で言えば、Sランク報酬と同じ大金貨一枚だよ!」
鑑定員を続けている間にもう一度目にできるとは思っていなかった事態であるにもかかわらず、何もわかっていないルシードに、鑑定員はニヤリと笑って答える。
「大金貨!? ……あ、いや、大金貨かー、これでしばらくは衣食住に困らなさそうだな」
驚きを隠すようにして鑑定員に頷くルシードに困ったのがアギトだ。
話すような真似こそしなかったが、ゲンからルシードが金に困っているようであれば持たせた宝石を売るように進めろと極秘裏に伝えられていたのだ。どう切り出したものかと迷っているうちに、ルシードが大金を手にしてしまったことになる。
「こいつの魔石はどうする? 持って帰るならここで取り出すが、こっちで引き取るなら報酬額は三倍になるぞ?」
「さんばっ! あ、いえ、魔石か……何か効果があるんですか?」
魔獣が体内の核としている魔石は精霊の加護として効果が残ることもあると、かつてアルマリーゼから聞いていたこともあり、ルシードはこの魔獣の魔石にもなんらかの効果があるのかと尋ねる。
「そうたいしたものではないよ。安眠効果があるといったところかな? 気持ち良く眠れるという、ちょっと変わったものだ。こいつは戦闘向きではないが、眠った際の体力の回復などに効果がある。もっぱら不眠症なんかに悩まされてる人に人気なんだがね」
「……なるほど」
欲しい。
それがルシードの感想だ。鑑定員の様子からも、滅多に手に入る物ではないだろう。
しかし、魔石を売れば大金貨三枚にもなる。これからユキを養っていかなければならないことを考えると、金はいくらあっても足りないかもしれない。
今考えている最有力としては、ミレット村に帰り、かつてテーオバルトがしたように、一から村人たちとの信頼を築き上げ、できることならテーオバルトの小屋で余生を過ごしたいという気持ちが大きいが、金を必要としない村であるとはいえ、元手であるにこしたことはない。
「それなら……引き取ってもらえますか?」
やはり、ユキに代えられるものではない。
ルシードが最後に出した結論から出た言葉だった。
「ルシード将軍。ゲン将軍より宝石を受け取ってはいませんか? それを売れば、かなりの額になるはずです。なかなか手に入らない物であれば、無理をすることもないでしょう」
もはやここしかないと、アギトは切り出した。
大金貨三枚ともなるとなかなか消費できるものではない。ルシードに宝石を売るように仕向けるには、最後とも言える。
「……宝石? ああ、そういやゲンさんからもらったんだっけ。でも、友好の証にもらったようなもんだし……知らない店で売るのはちょっと気が引けるって言うかさ」
「で、ですが、他の街へ瞬時に移動するには転移水晶が必要となりましょう。手に入れるにも一つ大金貨一枚ともなれば、売って金にするのが得策と思われます」
「え!? 転移水晶ってそんなに高いのか!? ……ホープのやつ、どうしてそんな高いものを……って考えるのは野暮か。これは思った以上に説得に苦労するかもしれないな」
それほど高価な物を受け取っておいて、結婚しませんでは怒るに決まっている。使用していないことから返すにしても、それはそれで激怒しそうだ。
「……とにかく、今は売る気はないよ。もしも安値で買い叩かれたらと思うと、ゲンさんに顔向けできないしな」
「む、ぅ……そうですか。いえ、出過ぎた真似をしてしまいました」
ゲンに顔向けできないと言われてしまっては、最悪ルシードが獣人国へ戻らないということにもなりかねない。宝石店に知り合いもいないアギトは、そうなってしまった時のことを考え、引き下がることにした。
「……なんだかよくわからないが、引き取るということで良いのかな?」
「は、はい、お願いします」
「では、鑑定書を発行しよう」
鑑定員は引き出しから一枚の書類を取り出し、魔獣の鑑定結果と、その後の取り扱い方法を記載し、ルシードに手渡した。
「知っているとは思うが、依頼ではない魔獣を討伐しても受付では報酬がもらえない。この部屋とは反対側にある換金室で報酬をもらってくれ」
転移部屋と同じく、どうして説明を受けていないのか。ルシードは疑問に思うが、この街のギルドはレーヴェとは作りが違うことからも、やり方が違うのだろうと気にはしない。
「ありがとうございます。それでは、これで失礼しますね」
「え、あ、いや、どうかね? まだこの魔獣について話していかないかね? アギト君も聞きたいだろう!?」
滅多に見れないレア物だ。
鑑定員はもっと語りたいとルシードを誘うが、ルシードもいつ戻るともわからないユキのために、美味しい食事を用意しておかねばならない。
「急ぎますので」
「申し訳ない」
今時の若いもんは老人をいたわることを知らんのか、などと鑑定員は呟いているが、大金貨三枚が頭の中を占めているルシードには聞こえていない。そのままアギトを連れて、鑑定室を出て行った。
◇
ルーファの次に飛び出したレア。そのレアを追うようにして姿を消したアルマリーゼのあと、セラフを先頭にしてミラとサーシャもレムスの街を訪れていた。
「申し訳ありません。このギルドでルシードさんを見かけたとの情報を聞いてやってきたのですが……」
開口一番、セラフは受付を任されているノーラへと尋ねる。
「……ルシードさんですか? ルシードさんなら、先程鑑定室へと入って行かれましたよ」
ノーラの返事に、セラフはミラとサーシャに振り返り、一つ頷く。
ギルド内ならば、すでにルーファとレア、アルマリーゼは先に会っているに違いない。こうしてはいられないと、ノーラにお礼を言うことも忘れ、三人は鑑定室へと急いで入る。
「……ん? ルシードどころかルーファたちもいないじゃない」
だがそこには、ルシードはおろか、先に出たはずのルーファたちの姿もない。
鑑定机の上に置かれた魔獣を、光悦といった表情で見る、年老いた鑑定員がいるだけだ。
ルーファとは抜け駆け禁止と示し合わせていたのだが、まさかどこかへ行ってしまったのだろうか。そしてそれを察したレアがルーファを止めようとしたのかもしれない。
どうしてレアが参戦しているのかという疑問はあるが、三人は顔を見合わせ、ひとまずルシードの居場所を知らないかと、鑑定員に声をかけようとして――
「おお、良いところに来た! これを見たまえ、モリノオウジャだ!」
会話相手が欲しいと思っていた鑑定員に先手を取られてしまう。
「いえ、ここへはお尋ねしたいことがありましてですね……」
モリノオウジャ。確かに図鑑で見たことはあれど、実際に目にしたことはない魔獣だ。
だが、平時なら気を引かれただろうが、今はそれどころではない。セラフは困った顔で応答するが、
「まあ、待ちなさい。話を聞くにしても、まずは落ち着かないとね。今椅子とお茶を用意しよう」
鑑定員も負けてはいない。
この時間にまた誰かが現れることはないだろうと、長話をするためにも椅子とお茶を用意しようと動く。
「いや、だから魔獣はどうでもいいんだって。ここに――」
「どうでも良いものか! この魔獣はなかなか見られるものではないぞ!? 私でさえ一生に一度しか目にできないと思っていたものだ! それを二度目の好機に見舞われた今の喜びを分かち合いたい気持ちがわからんか! それとも何か? 新種ではないから興味もないか!? これだから新種だなんだのと言う若いやつらは……」
年寄りの説教は長くなる。
そう解釈している三人は顔を見合わせ、一つ頷いた。
◆
「そうだ。アギトは先に店に行ってオススメを注文しておいてくれないか? できれば持ち帰りができるものがいいな」
換金室へと足を踏み入れたルシードは、ユキがすぐにでも戻ってきてしまう可能性も踏まえ、時間を短縮するためにも、アギトには先に向かってもらうことにした。
「何かご希望があれば、沿えるように尽力致しますが?」
「そこはアギトに任せるよ。この時間で開いてる店で、一番のオススメをお願いしたい。初めて食事を取るならこれしかないって感じでな」
ルシードとしては甘いものが食べたいところではあるが、ここは初めての食事を取るであろうユキを優先したいところだ。
「かしこまりました。では……『猫の気まぐれ亭』でお待ちしております」
「猫の気まぐれ亭ね。すぐに向かうよ」
大金貨三枚に釣られてまったく頭の回っていないルシードに見送られ、アギトは自身が思い描く、最高の料理を求めてギルドをあとにした。
◇
セフィーリアとシャルニアは、先に出た者たちよりも速度で劣るため、遅れてレムスの街へと訪れていた。
「ノーラさん! こ、ここにルシードさんがいるって聞いて来たんですけど!」
息を整える時間も惜しいと、セフィーリアは以前ここへ来たことがあり、顔見知りであるノーラへと挨拶もなしに切り出した。
「お二人ともお久しぶりですね。前回この街に来られてからどのくらいに――」
「急いでいるのであとにしてくださいっ!」
前回は会話の一つもしたことがなかったが、今回は違う。シャルニアは受付に身を乗り出しそうになるほどに近寄り、ノーラへと詰め寄った。
「申し訳ありません。ルシードさんでしたら――」
自分たちのうしろへと視線を送るノーラに習い、セフィーリアとシャルニアがそちらを見やると、ギルド入り口の扉が閉じる光景を目にする。
「たった今、ギルドを出て行かれたようですね」
「ありがとうございます! 姉さん、行こう!」
「うん!」
受付を任されているノーラが言うのだ。今まさに出て行った者がルシードに違いない。
そう思ったセフィーリアとシャルニアは視線を交わして頷き、どういったわけか始祖五家に連なる者たちまでもがルシードを狙っている様子に、自分たちも負けてはいられないとギルドから飛び出した。
◆
アギトを見送ったルシードは、暇そうに雑誌を眺めているギルド員のもとへと向かい、鑑定書を差し出す。
「すみません、魔獣討伐の報酬をもらいたいのですが……」
「ほいほい、ちょっと待ってねー。あ、ギルドカードも出しといてね」
ギルド員は雑誌に栞を挟み込むと、大雑把に机の上へと放り投げ、ルシードの出した鑑定書を手に取った。
「どれどれ……お、大金貨三枚とはやるねー。Gランク冒険者でこのあたりのレア魔獣を狩れるってのはよっぽど運が良くないとできないことだよ。これは一生分の運を使い果たしたんじゃないかい? 次の依頼あたり、死なないことを祈っとくよ」
「ど、どうも」
カラカラと笑うギルド員に、ルシードは苦笑する。生き返ったことで、運が戻っていることを願うばかりだ。
「惜しむべくは魔獣がGランクってことだね。いくらレア物でもランクが高くないことには冒険者ランクには影響しないから、今回はランクアップなしだ。今討伐履歴を更新しとくから、ちょっと待っててよ」
ギルド員はルシードのギルドカードを装置に通し、「おや、真っ白だ」などと笑いながら、何やら金属板を指で叩き、引き出しから大金貨三枚を取り出した。
「ほい、カードと報酬。次も死なない程度に頑張ってねー」
「はい、ありがとうございます」
ルシードにギルドカードと報酬を渡し終えたギルド員は、雑誌を手に取り、再び読み始めた。
「これでひとまずの軍資金は手に入ったし、猫の気まぐれ亭に向かうかな」
懐が潤ったことでほくほく顔のルシードは、換金室から出ても周囲が見えていない。今はただ、料理の味を思い浮かべ、ギルドから出て行った。
◇
鑑定員に引きとめられているミラ、セラフ、サーシャの三人は苛立ちがマックスを迎えていた。
その証拠に、今まで大人しくしていたサーシャが、冒険者カバンから大剣を取り出しつつ前に出る。
「話が長い。今ここで知っていることを話すか、この魔獣がすり潰されるところを見るか。……どっち?」
「な、何を言い出すかと思えば――」
サーシャの手から振り下ろされる大剣。その刃が落ちる先は、言うまでもなくモリノオウジャだ。
「――ま、まま、待て! 何が聞きたい!? 知っていることならなんでも話す! だからモリノオウジャには手を触れないでくれ!」
まさか本当にやるとは思っていなかった鑑定員は絶叫を上げ、寸でのところで止まった刃に、モリノオウジャが細切れになることは避けられたようだと、力なく椅子に倒れこんだ。
「わかればいい」
とはいえ、ただの鑑定員に本気で振り下ろしたサーシャの大剣が見えるはずもない。
子どもでも目に終えるほどにゆっくりだった大剣も、鑑定員の目には高速に見えただけだった。
「ではお尋ねします。ここにルシードさんが来られませんでしたか? 黒髪に赤い瞳が特徴な方なのですが……」
「……ルシード? いや、知らんな。黒髪ということならこのモリノオウジャを持って来た冒険者がそうだったが、赤眼ではなかったよ」
すでにアルマリーゼとの契約を終えたルシードの瞳は本来の黒に戻っており、言わずと知れたアギトの風貌は、黒と赤とは対極だ。
「その冒険者の方はどこに?」
「さて――ああ、待った待った! 普通に考えれば換金室に向かったんじゃないだろうか!?」
再びモリノオウジャに刃を向けたサーシャに、鑑定員はどこへ行ったかなど知りもしないが、鑑定書を受け取ったならばそこしかないだろうと、早口で捲くし立てた。
「とりあえず換金室に行ってみましょうか」
「そうね。黒髪なんてそうそういないし、今んとこ他に当てもないからね」
「馬鹿ルーファにお灸を据えてやる必要もある」
セラフとミラの会話にサーシャも頷き、三人は鑑定室を出て行った。
最近の若いもんは……という声は、聞こえてはいない。
◇
先に出た女性陣とは違い、テオたちはゆっくりとレムスの街へと訪れていた。
「どうやらギルドにいるようではないですね」
女性陣が息巻いて出て行ったのだ。ギルド内で出会っていたならば、これほど静かであるはずもない。
「この時間では、な。どこかに宿を取っているやもしれん」
「死人が生き返ったんだ。ギルドの受付で聞きゃ、行き先くらいは知ってんじゃねぇか?」
レインの呟きにカークが答え、皆は頷いて受付を目指す。
「ここにルシードってのがいるはずなんだけど、どこにいるかわかるかい?」
どこか疲れた様子のノーラに、ニーナが問いかける。
テオは久々に訪れる街ということもあり、ニーナとは顔見知りではあるが、今回ばかりは話しこむわけにもいかない。軽く会釈を送るだけにした。
「ルシードさんなら、たった今ギルドを出て行かれましたよ。どこへ向かわれたかまではわかりかねます」
「一足違いですか。先に出て行ったセフィたちはどうしたのでしょう?」
たった今。
その言葉に、テオは先に出て行ったセフィーリアたちは出会わなかったのだろうかと疑問に思うが、ギルドの外からも声が聞こえてこないところを見るに、出会わなかったのだろう。
まさか、次々と訪れる女性陣に、修羅場になると踏んだルシードが隠れていたのだとは思いたくはない。
一つ気がかりになっているのがルーファを止めようとしたレアの言葉であるが、レアをすぐに追うようにして姿を消したアルマリーゼに任せておいたならば大丈夫だという信頼がある。何かあれば、テオが今も手に持つ聖剣が知らせてくれるに違いないだろう。
「私たちが一番である必要もない。ゆっくりと追いかければいいさ」
「レインだって早く会いたいくせに、我慢すんなって!」
すでにルシードがテーオバルトの愛弟子だと知るレインとレニーは、本当ならば我先にと向かいたいはずだ。
だが、曾祖母のニーナが急いでいない以上、それもできず、先に出て行った者たちの心情を察し、先駆けることもできなかった。
「とにかく俺たちも追おうぜ? あの野郎がどうなってるか見ものだしな」
ただ一人、ルシードの修羅場を見学したいという思いからついてきたカークが、急かすように言う。
テオたちは苦笑しながらもルシードを捜すべく、レムスの街へと繰り出した。
◇
「誰もいないじゃん。やっぱ鑑定室に長居しすぎたか」
鑑定室で足止めをくらっていたミラたちは、換金室へと足を運び、そこに冒険者の姿がないことに、がっくりと肩を落とした。
「とりあえずは、ルシードさんが来られなかったか尋ねてみましょう」
先を急ぐ気持ちはあるが、情報は大事だ。セラフの声に頷いたミラとサーシャは、雑誌を広げて読むギルド員のもとへと向かう。
「申し訳ありません。ルシードと名乗る冒険者を捜しているのですが、こちらへ来られませんでしたか? 黒髪に、赤い瞳の方なのですが……」
「んー? さっき来た少年のことかな? あ、でも目は赤くなかったか……? でも名前はルシードだったような?」
「そ、その方はどちらへ行かれましたか!?」
やはりルシードの瞳が黒くなっているようだが、名前が同じとなると人違いであるとも思えない。セラフたちは間違いないと、その行き先を問う。
「どこへって言われてもね。私もここで座ってるだけだし……あ、猫の気まぐれ亭に行くって言ってたかも? たぶん、あんたたちと入れ違いで出て行ったと思うよ。場所はギルドを出て右へ、そのまま三十分も歩けば店を示す看板が出てたかな?」
「ありがとうございます!」
雑誌に目を落としながら答えたギルド員に礼を言い、三人は鑑定室を飛び出し、猫の気まぐれ亭を目指して、ギルドをあとにした。
◆
懐が潤ったことにより思考が低下していたルシードは、ギルドを出て少し歩いたところで、足を止めた。
「……そういや、猫の気まぐれ亭ってどこだ? 無駄に歩いたせいで変な路地に入っちゃったな」
初めて訪れる街で、店の場所がわかるはずもない。
ルシードは店を探して右往左往していたが、それで見つかるはずもない。
アギトが気づいていてくれたならとは思うものの、ルシードが初めてこの街に訪れたと知る機会がないのであれば仕方がないことだろう。
どこかに街の見取り図でもないかとルシードは周囲を見渡すが、どうやら近くには設置はされていないようで、雪が降り積もる深夜ということに加え、歩き回ったせいで路地に入ったこともあり、見える範囲には人がいない。足跡を辿ろうにも、まばらにいた冒険者たちがギルドを去る際につけたものが点在しているのであれば、その中からアギトのものだけを見つけるのは不可能だろう。
それならばと風の魔法で周囲を探ってみると、自分とは違う通りに何人かいるようではあるが、そのほとんどが走っているのか急いでいるようだ。
「そういやこの街もギルドで街の見取り図ってもらえるのかな?」
追いかけ、追いつくことは造作もないが、引き止めてまで道を尋ねるのも悪い。雪降る寒さに家路を急いでいる可能性もある。
見つけた数組のうち、一組はゆっくりとした足取りではあるが、入り組んだ場所にあるのであれば言葉で聞いただけでたどり着けるかも怪しいものだ。案内してもらうわけにもいかないだろう。
そこでルシードは、レーヴェの街のギルドで街の見取り図をもらったことを思い出し、この街のギルドでも地図がもらえるのではないかと、ギルドに戻ることにした。
「お、意外と簡単に戻ってこられたな」
それほど距離を歩いていないことが幸いし、道に迷うことなく戻ってこられたルシードは、ギルドの扉を開き、真っ直ぐ受付へと向かう。
「すみません、街の見取り図のようなものってもらえませんかね?」
「ございますが……どなたともお会いになりませんでしたか? ルシードさんを捜している方たちがおられましたが……」
机の引き出しから街の見取り図を取り出し、ルシードに手渡しながら、ノーラは誰とも会わなかったかと尋ねる。あれだけ短い間隔で何人もが出て行ったのだ。いくら街とはいえ、人の少ない深夜であれば出会っていても良さそうなものである。
「いえ、誰にも……ん? あれ? もう戻ってきたのか?」
もしやベルたちがレーヴェから戻ったのだろうか。それともホープが諜報ギルドから戻り、自分を捜していたのだろうか。方たちということは、その両方かもしれない。
他に自分を捜す者に心当たりがないルシードは、どうやら入れ違いになってしまったようだと、これは店に向かうより先にベルたちと合流した方が良さそうだと判断する。
「戻って? いえ――」
「ありがとうございます、ちょっと捜してみますね。あ、地図もありがとうございます」
ギルドから離れすぎてしまっては困ると、ルシードは慌ててギルドから飛び出した。
◇
「……なんだか嫌な予感がするのは気のせいだよね?」
ギルドから飛び出したルシードの背中を見送ったノーラは、誰に問うでもなく呟く。
「す、すみません!」
そこへ、息も荒く飛び込んできた一人の女性に、ノーラは目を丸くする。
「あれ? ……リリー?」
ノーラが名を呼んだ女性――リリーは、同じギルド受付の研修を受けた同期だ。
レーヴェで受付をしているリリーの懐かしい顔に、ノーラは先程までのことも忘れ、椅子から立ち上がった。
「ノーラ!? 久しぶりね。あー、でもごめん。今は急いでるの」
何を急いでいると言うのか。ノーラは忘れていた嫌な予感を、再び胸に抱く。
「ルシ――」
「ルシードさんなら、たった今ギルドを出て行ったわよ」
「――ありがとう!」
よもや最後まで聞くまい。ノーラは苦笑い一つ、ギルドを飛び出して行くリリーを見送り、ルシードが外に出ていることを報せるプラカードを作る作業に入るのだった。
◇
レアに手を組まないかと提案されたアルマリーゼは、返事を待っている時間も惜しいと、ルーファを捜して駆けるレアの側を宙に浮いて追随し、悩んだ挙句の答えを口にする。
「――さっきの話は本当なのね?」
アルマリーゼからの今一度の問いかけに、神妙な面持ちで頷くレアの表情からは嘘を言ってるようには感じない。
ならば、ルーファが近い将来、最大の敵になるとは本当のことなのだ。
未来を視るというレアの能力が真実なれば、間違いない。
「……いいわ。あなたと手を組みましょう」
どうしてレアが……、と頭をよぎる疑問はあるが、ルーファが目下の敵であることは決定した。
アルマリーゼは一度地面へと目を伏せ――再び皆の敵になる決意を、その赤い瞳に宿した。




