029 To Be Continued...?
◇
書類が書き直されていたことに拗ね、頬を膨らませながらルシードたちのもとへと歩いていたベルは足を止めた。
それは、魔王と呼ばれる者であり、ベルの母親のような存在でもある少女が再び目の前に現れたからだ。
明日どころか、まさかその日に来るとは……。
ベルは思えど、
「この日のために寝かせておいたワインがあったのを思い出したんだ」
少女が手に持つ年代物のワインを掲げたことにより、笑顔に変わる。
仕返しとばかりに、メリッサへはあとで飲みに出るという約束を反故に、ベルと少女は夜の闇に消えていった……。
◇
ルシードたちが住む国と隣接した国――シルメリア。
国境付近の街へと入った男たち――武踏祭へ偵察に出ていた二人は、自らの上司である将軍に待ち受けられていた。
「それで、隣の国はどうでしたか?」
上司である将軍の第一声に、二人は思う。
やはり婚約者の情報よりも、そちらの方が大事なのだと。テオの情報を求められていたならば肝を冷やしたが、彼女にとってはどうでも良いことなのだろう。
いや、だからこそ親の七光りなどと言われることなく今の立場にいると考えれば当たり前か。もしかすると、今まで人を愛するということさえなかったのかもしれない。国のために生き、国のために死んでいく。そういう女なのだと再確認させられた気分だ。
「国としては素晴らしいの一言でした。国は潤い、技術力も我が国より数段高いと言っても過言ではありません。現に、彼の国の王都より、三日という短い日数でここへ戻ってこられたほどです」
偵察に出ていた男の一人は、自分が思ったことを口にする。元より嘘が通じない相手に、つける嘘もない。
「なるほど。では、再び戦になるような事態に陥れば、私たちは負けると?」
将軍の声に、偵察に出ていたもう一人の男は鼻で笑う。
「それとこれとは話は別ですぜ。技術力は高いが、武力だけで言やぁこっちが上だ」
「なるほど。では、戦になれば私たちの勝ちは揺るぎないということですね」
一人納得した様子の将軍に、最初の男は将軍の目を見て率直に問う。
「……戦争になりますか?」
男の問いに、将軍は――首を横に振った。
「いえ、和平は必要でしょう。強奪などという古い考えは改めるべきです」
その一言に安堵した二人は視線を交し合い、すっかり魅了されてしまった料理の味を再び味わえる日も近そうだと、笑い合う。
「和平を結び、我らは武力を、彼らには技術を提供していただきましょう。ノウハウを知り、その力をも手にすれば、もはや敵はいないというものです」
その様子に、肩を竦めた将軍は続ける。
「そのためにも、私の婚約者殿には礎となっていただきましょう」
だが、その一言により、男たちは顔を引きつらせた。
「どうかしましたか?」
居心地が悪いとばかりに冷や汗を流した二人に、見逃さなかった将軍は目を光らせる。
「いえ、大将軍への報告があったことを思い出しまして……今は王都におられるのでしょうか?」
「年明けも近いですからね。レナード殿とすぐに会えるようにと、今この街へ向かっているところです。それが何か?」
「あー、あれですよ。向こうの国は王が代替わりするらしいんで、すぐに会えるかどうかは微妙ってとこなんですよ」
「そう! ……それです」
真実を知ったところで取り乱すことはないだろうが、できれば祖父でもある大将軍の口から伝えてもらおうと、二人は誤魔化すことにしたようだ。
「なるほど。では、あなたたちが言いづらそうにしていることは、その時まで楽しみにしておくことにしましょう」
しかしそれも、将軍には見抜かれていたようだ。
それでも困ったふうではないところを見るに、やはりテオには興味がなかったのだろう。おそらくはすでに別の案を考え始めているに違いない。
「他に私へ報告しておくことはありますか?」
「いえ、今のところは……」
男の返事に一つ頷き、将軍は部屋をあとにした。
「……シャドウのことは伝えなくて良かったのか?」
ただ一つ、気がかりがあるとすれば武踏祭に参加していたシャドウの存在か。
「心配しなくとも大将軍へは報告しますよ。将軍に不確かな情報を伝えてしまえば、叱責を受けかねません。今はまだ敵と確定したわけでもありませんしね」
「それもそうか」
将軍は常に完璧を求める性格だ。嘘の情報を教えたとなれば、どんな罰が待っているのか想像するのも怖い。
「しかし、あのシャドウと名乗る男……何者だったんでしょうね?」
「さぁな。だが、テオ・シェレンベルクとの戦いで底は見えた。敵に回ったところで勝てない相手じゃないさ」
シャドウの名前が出たことで、男がシャドウの正体を気にかけている様子に、相棒の男は相手にならないと言ってみせる。
「本当にそうでしょうか? それだとシャドウがレイン選手に勝てたのが不思議でならない。私の見立てでは、テオ・シェレンベルクにレイン選手を倒せるだけの実力はなかった。まだまだ余力を残しているようにも見えましたよ」
「それも織り込み済みで言ってんだよ。余力を残していようが負けたことには変わりねぇ。それは結果としてシャドウがレイン戦で消耗していたからテオ・シェレンベルクに勝てなかったとしてもだ。……やつには弱点がある。参加者の中でシャドウに次いで実力者に見えたレインも、あの雷の剣にさえ気をつけりゃ俺たちには届かねぇ。問題があるとすれば技術力だ。結界一つにしても、うちの賢者様に作れるとは思えねぇよ」
相棒の言葉に、男は真剣な面持ちで頷く。
「確かにあの結界は目を見張るものでした。周囲に置かれた魔石の大きさから考えても持ち運びや連続での使用はできないでしょうが、小型化が進むとしたら厄介極まりない。不死身の兵が誕生するようなものです」
「それをしてねぇってことは難航してるってことなんだろうが……なんとしてでも味方にしねぇとな」
魔石を消費することから不死身とは程遠いが、復活できる者を相手に戦争とは考えたくもないことだ。
二人は今一度頷き合い、大将軍の到着を迎える準備を始めた。
◇
魔王と呼ばれる少女の館へと移動したベルは、最初の一本を皮切りに、次々と新しい酒瓶を開けていた。
すでに何本もの空き瓶が所狭しと並んでいる。
「そうじゃ、忘れる前に確認しておきたいのじゃが、ルシードのやつ……生命の樹の力を使ってホムンクルスを目覚めさせてしまったんじゃ」
「おや、そうだったのかい?」
頬を朱に染めるベルとは違い、素面に見える少女は、相変わらず上機嫌といった感じに今もワインを傾けている。
「うむ、これがまた規格外での……製作者の知識に加え、ルシードに命を吹き込まれる際に魔法の使い方をも覚えたのか、一度触れただけで体に取り込むこともなく、魔素から直接転移水晶を錬成しよった。ただの人間として育てて良いものか相談したくての」
「その程度なら私でもできるよ。……ほら、この通りだ。どうということもないさ」
ベルと同じく、少女もかなり酔っているようだ。
何もない空間から転移水晶を作り出して見せた少女に、
「クハハ、なんじゃ、ならば特に気にすることもなさそうじゃな!」
ベルは意に介した様子もなく笑った。
少女にとってはなんでもないことであり、ベルにとってはなかなか飲めないような酒を飲んだことで正常な判断ができなくなっているようである。
「ふふっ、彼はこれから苦労するだろうね」
ベルの笑いに誘われたように、今の会話からルシードのことを思い出した少女は笑う。
「……そうじゃな。まさか本当に世界征服をする日が来るとはワシも思わなんだ」
これには流石のベルも一瞬正気に戻ったようだ。自分の失言のせいだとはいえ、ルシードに苦労をかけてしまうと、気難しい顔を作る。
「そういう意味ではないよ」
少女にとっては世界征服など息をするように簡単なものだ。苦労などなく手に入るものであり、それはルシードも同じだと感じている。
「む? 他に何かあるのか?」
「戦うために必要なものとはなんだと思う?」
質問を質問で返した少女の言葉に、ベルは怒るでもなく考える。
「腕力、魔力、技術、知識。あとは……そうじゃな、経験や、他にも――」
「そうだね。ただ、私が言いたいところはそうではないんだ。もちろんベルが言葉にしたものも必要だろう。でもね――」
とはいえ、ベルの考えでは答えにたどり着けないだろうと、少女は話を先に進めることにした。
「――魅力、カリスマ。他にも色々と言い方はあるけれど、戦いにおいて必要になるものだとは思わないかい?」
「……確かに味方の士気を高めたり、相手を魅了することによって力を削ぐというような戦い方もあるにはあるのう」
実際の戦場ではどれほど役に立つかはわからないが、味方の士気を高めるための花となる存在を置くこともあれば、戦う相手が美しいなどと魅了されることにより力が削がれることもあると、ベルは頷く。
「彼は色々なものを手にした。それは戦う力に始まり、精霊から手に入れた全属性への適性だけでなく、他者を惹き付ける人柄をも手にしている。それが体内の魔力と混じり合い、呼吸をするだけでも体外へと漏れ出る」
それとルシードになんの関係が? と小首を傾げるベルに構わず、少女は続ける。
「故に、彼は男女問わず、自然と人から好かれることになる。初対面でありながら、何故か言葉を鵜呑みにし、気を許してしまうこともあるだろう。詐欺師に向いているかもしれないね」
「……何を言っておるのかはよくわからぬが、その話を聞く限りでは、皆が皆、好ましく思うというのもおかしな話じゃ。性格や嗜好にも多々ある。一部を好ましく思おうと、別の部分が気に入らんということもあるのではないか?」
かつてのアルマリーゼの能力を知らないベルではあるが、少女の口ぶりからアルマリーゼの能力を勝手に補足して反論する。
ある者はルシードのどこか一つが気に入ったとしても、他の者はそのことを気に入らないかもしれない。
それが少女の言い分では、嫌悪されることさえないと言っているようなものだ。
「確かにそれもあるだろう。……けれど、それは想いの強さの問題だよ。人は、一人では生きてはいけないものだ。そうでなければ、群れを成して生活しようとはしない。おそらくそれは、気に入らないという悪意よりも、好意という想いの方が強いからなんだ。だからこそ、人は人の良い面を見ようとし、探そうとする。すべてを敵としか見られない者なんてそうはいないよ」
少女の説明に、ベルは唸る。
それでは確かにルシードは苦労するだろう。それはもちろん――
「……彼は人間関係で、少々苦労することになるだろうね」
こういうことだ。
よくよく考えてみれば、ルシードが一人で生き続けるという選択肢は最初からなかったのだと、少女はあの時の迷いを笑い飛ばす。
「ただでさえ神聖視される精霊の、更には多岐に渡る特性をも手にしたなら尚更だ。一目惚れなんて言い出す子が現れるかもしれないよ」
「なるほど……の。ただでさえ苦労しとるというのに、それは大変じゃな」
初めて会う者からの好意が高い状態で始まることを考えれば人生イージーモードに感じなくもないが、それはそれで放っておかない者が増えるということだろう。
その特性こそが今の状況を作り出しているのだろうが、まさかこれから人と触れ合わないように隔離するわけにもいかない。それでは自分たちの手によってルシードを孤独の道に連れて行ってしまうようなものだ。
「しかし……クハハ、ワシにとっては朗報じゃな。ルシードが困った時には、逃げ場としてワシが聖母のような役割になってやろうではないか」
「ふふふ、それはとても良い案だね」
再び酔いを戻した二人は笑い、
「では、ワシらとルシードの新たな門出に乾杯じゃ」
今日何度目かも覚えていない乾杯を繰り返した。




