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―― それから、ひと月後 ――
哲夫は手元にある3000万プナを使って、ヨクヨ商会を始める準備を終えていた。
魔王領の米と麦は大量に収穫されて備蓄され、回復薬は少しずつストックしながら在庫を増やしていた。
魚の干物を作る技術も熟成して、3日ほど保存が効く魚の干物が完成し、半魚人の作る塩もこの大陸では希少なため、販売することを決めた。
そして飛竜と軽トラ、さらには数台の荷馬車を使った輸送ルートも確保でき、毎日新鮮な魚や塩を輸送できる目処がついた。
さらに哲夫と和代は辺境伯邸に赴いて正式にヨクヨ商会を始める許可をもらい、そして今日がヨクヨ商会の最初の取引の日だった。
哲夫と和代、そして商会で働いてくれる村の人々は、この日のために仕立てたヨクヨ商会の制服を着ていた。
哲夫は制服の襟を正すと、嬉しそうに和代に言った。
「いやぁ、商売が大きくなってきて楽しくなってきたな!」
「まだまだ始まったばかりですよ。トラブルが起きるのも、このくらいの規模になってからですからね。お忘れですか?」
「ああ、そうだったな。商売は大きくなればなるほどトラブルも増える。だが、それも商売の醍醐味だからな。はっはっは」
するとその会話を聞いていたアカネが哲夫に尋ねた。
「えっとさ、あたしずっと気になってたんだけど……。これって何が始まるの?」
哲夫はアカネの話を聞くと笑顔で答えた。
「私たちは皆さんの協力を得て、仲卸を始めたんです」
「ナカオロシ?」
「ええ。一般の人には商品を売らず、ヨクヨ商会の会員商人にだけに商品をお売りするのです」
「え、そうなの? じゃあ今日から普通の人は買えないんだ。でもどうして?」
「販売個数と価格を会員商人と取り決めておけば、こちらも在庫を用意しやすいですし、沢山買ってくれる会員には割引価格でお売りすることもできます」
「なるほどなー。でも、その商人さんたちは、大きい街とかでもっと高く売るんでしょ? じゃあ、哲夫さんが大きい街に行って直接売ったほうが儲かるんじゃないの?」
「はっはっは! それはもちろんですが、商人の皆さんが商売をして儲ければ経済が回ります。それは巡り巡って辺境伯領を栄えさせ、最終的に我々の仕事も増えるのです」
それを聞いたアカネは「?」になったが、笑顔になって哲夫に言った。
「あたしには難しくて良くわからないけど、みんなハッピーになるんだね」
「その通りですな! それに万が一ウチの商品の偽物が出回っても、問い詰められるのはそれを売った悪徳商人になりますから安全策にもなるんです」
「へぇー。何だかわからないけど、やっぱ哲夫さんは色々考えてるんだなぁ」
するとその時、大きな荷馬車を引いた商人がやってきて、遠くから手を振りながら哲夫に挨拶をした。
「哲夫さーん! この度は商会の会員にしていただきまして、ありがとうございまーす!」
それを聞いた哲夫は商人の元へ走りながら挨拶を返した。
「これはこれは、ようこそおいで下さいました! 記念すべき一番最初のお客様です! どうぞどうぞ、こちらへ荷馬車を!」
和代は嬉しそうに接客をする哲夫を見てとても嬉しい気分になった。
その姿を見たアカネは横にいた魔王エヴに声をかけた。
「さて、あたしたちも行かないとね」
「うむ。そうだな」
この日、おじいさんたちは辺境伯領に接する4つの子爵、男爵領へ偵察に入る予定だった。
黒猫は皆が留守の村を預かることになったが、周辺では一番栄えている「デウ子爵領」には、おじいさんとおばあさんが。
格闘技が盛んで格闘兵団がある「マツリ子爵領」には、大熊笹と茂雄が。
謎が多く、魔道具が集まるという「コラナッカ男爵領」には、アカネと魔王エヴが。
そして剣技大会や槍術大会が盛んで男爵自身も名誉騎士の称号を持つ「メロナッカ男爵領」には、インメリアと、人手不足のためラゴが呼ばれていた。
◆
インメリアは、気合が入りすぎて重装備でやってきたラゴの兜を小突くと、兜の面を持ち上げてラゴに言った。
「こら。こんな重装備と特大の槍持って偵察なんか出来ないでしょ? はい、脱いで脱いで」
「す、すみません……」
ラゴはガチャガチャと重装備を外すとインメリアが一本の手槍(柄が短い近距離戦闘用の槍)をラゴに差し出した。
「はい、これ。ガーゴイルから借りてきてやったよ。これなら槍も短いし背負ってても怪しまれないでしょ」
「す、すみません。お借りします」
ラゴはインメリアから手槍を受け取ると、その瞬間、ラゴの表情は驚きの表情に変わった。
「これは……、なんと素晴らしい手槍なんだ……。こんなに軽くて細いのに、撓む気配など微塵もない……」
それを聞いたインメリアはラゴに説明した。
「それはガーゴイルのガーご自慢の『ミスリルの手槍』だよ。一点モノみたいだから無くすなよ」
「ミっ! ミスリル!? い、いいのですか私がお借りしても!?」
「ああ。ガーは今、谷間の岩場で作業しててな。その槍も洗濯物を干すくらいしか役目が無かったから逆に喜んでたよ」
「洗濯物……、を?」
「まぁいいさ、そろそろ私たちも行こう。メロナッカ男爵領の剣技大会と槍術大会のレベルを見定めないとな」
「は、はい!」
こうして、おじいさんたちは各々の偵察先に出発していった。




