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東都院物語  作者: 橘鉄真
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34/61

それぞれの昼休み

昼休みの鐘が鳴ると、教室の空気はほどけた。

立つ音が重なる。椅子の脚が床を擦る音。机の横から鞄を引き出す音。弁当箱の留め具が触れ合う小さな金属音。

どれも騒がしいほどではない。それでも、同じ教室にいた三十人あまりがいっせいに動き始めた。

兵頭はすぐには立たなかった。

廊下が詰まる前に出るか、少し待つか。そのくらいを見ていた。

榊原の席のあたりは先に人が動く。九条院の近くは女子がまとまりやすい。御厨は歩きながら短く声をかけて、その流れを乱さない。

手慣れていて、上手い。

兵頭はそう思ったが、自分から中へ入る気にはならない。

藤代はもう出る支度を終えていて、牧瀬はぶつからない間を見て立った。

そのくらいで、教室の流れは見えた。

その中で、悠木と影山は教室に残っていた。

悠木は机の横から弁当箱を出し、影山はそれより少し遅れて鞄を開ける。どちらも、残ることをわざわざ確認しない。今日はどうする、とも聞かない。

あの二人は、そういう昼休みなのだと兵頭にも分かるようになっていた。

笹倉が、兵頭の机の横へ来た。


「行くか」


一言だけだった。

兵頭は頷いて立つ。


「混みだす前にな」

「ああ」


それで足りた。

笹倉と並ぶ時は、余計な探りがいらない。気は使っているのだろうが、その使い方が軽い。兵頭を持ち上げもせず、わざと崩しもしない。そのままでいる。

教室の後ろを抜ける前に、悠木が顔を上げた。


「食堂か」

「そうなる」


兵頭が答えると、悠木は短く頷いた。


「今日は早いな」

「遅いと並ぶ」

「確かに」


それだけで終わる。

悠木は引き止めず、合わせようともしなかった。兵頭にはその方が楽だった。

影山は悠木の隣の席で弁当を置きながら、二人の方を一度見た。

二人が出ることは、それで足りたらしかった。

教室の戸口へ出る直前、御厨が通りすがりに兵頭へ声をかけた。


「兵頭さん、今日は食堂なのね」


柔らかい言い方だった。

兵頭は反応が半拍だけ遅れた。


「ああ」


自分でも短いと思う返事のあとで、御厨は気にした様子もなく笑った。


「早めが正解かもしれないわ。今日は混みそうだもの」

「そうかもな」

「じゃ、いってらっしゃい」


それだけで、御厨はそのまま女子の流れへ戻っていった。

距離の詰め方が自然で、気を持たせるようなこともない。それでいて、感じがよくて、後を濁さない。

兵頭は、ああいう親しさにまだ慣れない。

ありがたいと思うより先に、何を見て声をかけたのかを考える。頼み事の前触れか、周りへの見せ方か、ただの挨拶か。

そこまで考えて、打ち切った。今は決めきれない。

隣で笹倉が、わずかに口元を上げた。


「お前、今ちょっと固まっただろ」

「固まってない」

「そうかな?」

「そうだ」


笹倉は笑ったが、それ以上は言わなかった。

からかい続けないところが、こいつのちょうどいいところだと兵頭は思う。

廊下へ出ると、人の流れは教室の中より分かりやすかった。

食堂へ向かう生徒。購買へ下りる生徒。別の教室へ友人を呼びに行く生徒。曲がり角の手前だけ、少し詰まりやすい。

兵頭はぶつからない方を選んで歩いた。

前の方には榊原の姿が見えた。歩きながら何か答えていて、昼休みに入っても人が寄る。

ああいうのは、食堂へ向かう途中でも変わらない。

兵頭はそれを遠くから見ているくらいでちょうどよかった。

渡り廊下へ出ると、春の光が白く床へ落ちていた。

校舎の内側より風がある。とはいえ寒いというほどではない。昼の空気は、朝より人を動かしやすい温度になっていた。

笹倉が手すりの向こうをちらと見てから言う。


「A組、思ったより割れたな」


兵頭は横目でそいつを見た。


「昼飯の話か」

「それもある。誰がどっちへ行くかって、けっこう人柄が出るだろ」

「まあな」


笹倉が、少しだけ声を落とした。


「あの二人は付き合ってるのかな」

「悠木と影山さんか?」


兵頭は前を見たまま答えた。


「ああ」

「幼馴染だそうだ」

「ただの幼馴染にしては近すぎるような」

「かもしれん。だが、少なくとも恋人っていう雰囲気ではないな」

「そういう答え方するんだな」

「事実しか知らん」


笹倉は小さく笑った。


「お前のことを前から知ってる連中は疑ってはいない」

「何が」

「クラス替え」


兵頭は少しだけ息を吐いた。

笹倉の言い方は軽いが、外してはいない。

悠木、影山、牧瀬。

あの三人は、兵頭をわざわざ測らない。

九条院も御厨も、少なくともA組にいること自体は疑っていない。

笹倉はもっと露骨で、最初から兵頭をそのまま扱う。

まだ決めきっていない連中はいる。

榊原も藤代も距離を置いているわけじゃない。ただ、判断がまだ済んでいない。

なぜこの顔ぶれの中に兵頭匡平がいるのか。

見栄えでも家柄でも説明がつきにくいぶん、理由を見られている。

兵頭は、そういう待たれ方に慣れていた。

小学校の頃から、最初に見えるもので先に決められることは多かった。

東都院へ来てからは、露骨さが減っただけだ。ここでは、もっと静かに見られる。

笹倉が言った。


「俺は分かりやすいんだけどな」

「金持ちだからか」

「それもある」


悪びれずに返すあたりが笹倉だった。


「あと、分かりやすく喋る」

「自分で言うな」

「言うさ。分かりやすいってのは結構、大事なんだぞ。その点、お前は分かりにくいんだよ」


兵頭は肩をすくめた。


「別に、分かってもらうために行動してるわけじゃない」

「そういうところだぞ」


笑いながら言われると、返しにくい。

食堂の入口が見えてくる。すでに何人かの列ができ始めていたが、まだ長くはない。

周囲には他クラスの生徒もいる。そういう中に混ざっても、A組の生徒はやはり目につく。

食堂へ来ている中では、榊原みたいなやつはこういう場所でも人の目を引く。

兵頭と笹倉は目立ちはしないが、浮きもしない。

教室に残る悠木と影山。食堂へ来る自分と笹倉。

昼休みは、教室ごとそのまま別れて動いている感じがした。

兵頭は列の長さを見て、空いている方へ足を向けた。

笹倉も何も言わずに合わせる。

教室では、もう悠木と影山が弁当を開けている頃だろう。

あっちはあっちで落ち着いている。

こっちはこっちで収まりがいい。

そのくらいの距離でつながっている方が、自分にはちょうどいい。

兵頭はそう思って、食堂の中へ入った。

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