第5話Win-Winの取引
「反省部屋」の白さは、精神を削り取る。徹底的にノイズを遮断された、ただの真空のような沈黙。
ソフィアは膝を抱え、壁の角に背を預けた。
「失敗する自由か……どんなイノベーションにつながるのかな」
低く、掠れた声が部屋に響く。
これまでは「システムの隙間」を縫って、自分が最も輝ける場所
――ロングテールの中のショートヘッド(ニッチ)を探し続けてきた。
シン新宿でも、この中世の皮を被った世界でも。
だが、圧倒的なリソース(数)を背景にした平押しには、小細工は何の役にも立たなかった。
「ここも……ボクが最高に輝けるニッチではなかった、か」
自嘲気味な笑いが漏れる。
自分は「サムライ」として戦えるが、本物の軍隊を一人で殲滅できる英雄ではない。
「クラッカー」としてシステムを覗けるが、世界を書き換える創造主でもない。
結局のところ、自分はどの分野においても、生存に特化しただけの「半端もの」に過ぎなかったのではないか。
「数の暴力には勝てない。所詮は、半端もの……」
シン新宿でパーツを継ぎ足し、自分を強化し続けた日々。
それは「個」として強くなるためではなく、ただ「負けない」ための延命に過ぎなかった。
ここでは、その延命すら許されない。ただ白く塗りつぶされた時間の中で、自分が積み上げてきた「一招」や「コスパ」が、無意味なガラクタのように思えてくる。
真っ白な「反省部屋」の床に、ソフィアは没収を免れた二冊の禁書を広げた。
執行官たちは、この「読めない記号の束」を単なる紙クズと見なし、武器としての価値など露ほども疑わなかったのだ。
「……昔の偉い人は、投獄されると勉強に励んだらしいね。ボクもその流儀に倣おうとしようか」
『アーロン収容所』に記された、言語による精神の檻。そして『進化論』が説く、停滞を拒む生命の本質。
ソフィアは義眼の高速スキャンと脳内演算をフル稼働させ、ユーラシアから消された「日本語」というコードを、己の血肉としていく。
数日後、彼女の瞳には、冷徹なまでの「勝機」が宿っていた。
「反省」の進捗を嘲笑うためか、あるいは敗者を踏みにじる愉悦を味わうためか。
牢の前に現れたのは、あの赤い貴族だった。
「反省はしたか? 自分がどれほど無価値であったか、理解できたか?」
ソフィアは力なく、消え入るような声で答える。
「……ああ。ボクが悪かったよ。ここから出してくれ……」
その言葉に悦に浸った貴族は、無防備にも牢の中へと足を踏み入れた。
追放刑の手続きとして、彼女の両手に拘束具をかけようと身を屈める。
「潔いな。……だが、もう遅い。お前には死刑以上の絶望、外への追放刑が待って――」
「――と言った瞬間、勝負は決まるんだよ」
カチリ、という金属音。
拘束具が締まる直前、ソフィアの左手首がジョイントから外れ、その断端からセラミック・ブレードが猛然とせり出した。
義手をパージし、内蔵された「牙」を直接突きつける。
「なっ……貴様、何をしている!?」
「静かに。お前は今からボクの『人質』だ。そのまま総書記のところまで案内してもらおうか。……話があるんだ、あいつと」
ソフィアは貴族の背後に回り込み、耳元で冷たく囁く。
「抵抗は無意味だ。ボクの義体には、本物の銃火器のパーツと、自爆装置が仕込んである」
もちろん、爆弾など持っていない。だが、シン新宿で磨かれた「殺意」のリアリティに、貴族の喉は恐怖で凍りついた。
「道連れになりたくないだろ? 案内しろ。……『正しい努力』の仕方を、総書記に直接教えてやる」
人質にした赤い貴族を盾に、ソフィアは党本部の中枢へと足を踏み入れた。
そこには、慈愛に満ちたホログラムの総書記(マザーAI)が浮かんでいた。
「同志ソフィア。人質を取り、物理的干渉で対話を強いるとは。……再教育は失敗だったようですね」
「いいや、大成功だよ。おかげで勉強する時間ができた」
ソフィアは不敵に笑い、獄中でデコードした禁書の知識を、論理の刃として突きつける。
進化論と環境の脆弱性
「アンタの目的は人類の生存だ。第3次大戦の惨禍を見て、
『子供たちを傷つけないために、安全な箱庭に閉じ込める』という結論に達した。
だが、それは致命的なバグだ」




