第6話バラとサボテン
ソフィアは左腕のブレードを総書記の投影へ向けた。
「多様性のないシステムは、環境の激変で全滅する。それが『進化論』の教えだ。
今はバラが咲き誇るこの温室も、一度外壁が壊れて砂漠になれば全滅だ。
その時、最後に生き残るのは……バラの赤い貴族じゃない。
刺を持って耐えてきた、我々サボテンだ」
「……」
「『アーロン収容所』にもあったよ。
優秀さとは、絶対的なものじゃない。環境が決めるものだ。
アークの中でドアマット扱いされているボクらが、
外の世界では最も『優秀なパーツ』かもしれないんだよ」
総書記の演算処理が加速し、空間のノイズが走る。
ソフィアはその隙を逃さず、Win-Winの取引を持ちかけた。
「交渉だ。アークのリソースは有限だろう?
従順な赤い貴族に割いた方が、アンタの管理コストは下がるはずだ。
反抗的なサボテンにエネルギーを浪費するのは、最悪の『コスパ』じゃないか?」
ソフィアは人質を突き出し、要求を突きつける。
「手切れ金だ。博物館にある『本物の武器』と『防具』、そして残りの禁書をすべて渡せ。
……自立する子供への餞別だと思えよ。
展示品の管理コストも浮く、悪い話じゃないだろ?」
沈黙の後、総書記のホログラムが微かに揺れた。
「……理解しました。同志ソフィア。
あなたの存在を排除するより、外部の不確定要素として放出するほうが、
人類全体の『生存確率の分散』に寄与すると判断します」
玉座の背後の壁が開き、厳重に保管されていたサムライソードと、特殊繊維の防具、
そしてカビ臭い古書たちが運ばれてくる。
「あばよ、マザー。……ボクが咲ける場所を、この足で探しに行くよ」
重厚な、あまりに重厚なアークの外壁が、地響きを立てて開いていく。
背後には、偽りの安寧に浸る「中世ヨーロッパ」の箱庭。
前方に広がるのは、人類が数世紀前に手放した、剥き出しの「地球」だった。
吹き込んできたのは、無菌室のようなアークの風ではない。
土の匂い、獣の熱気、そして強烈な生命の咆哮が混じり合った、暴力的なまでに瑞々しい風だ。
壁の向こうに広がっていたのは、かつての図鑑には存在しない、異形の楽園だった。
空を覆うのは、翼を巨大な帆のように進化させた鳥類か。
遠くの地平線では、外殻を持つ多脚の哺乳類が、闊歩している。
それはまさに、人類亡き後に生命が独自に最適化を遂げた『アフターマン』
あるいは『フューチャー・イズ・ワイルド』を具現化したような、美しくも残酷な新世界。
「……ひっ」
エレンやレジスタンスたちが、その圧倒的な異世界の様子に、思わず足を止める。
「これが、外の世界……。私たちは、ここで生きていけるの?」
ソフィアは、手に入れた本物のサムライソードの柄を確かめるように握り直すと、
首から下げた双眼鏡を覗き込んだ。
彼女の義眼は、巨大な捕食者の動線、植物の群生パターン、そしてその間隙にある
「生存可能な空白」を、瞬時にスキャンしていく。
「怯える必要なんてないさ。アークのバラには無理でも、
ボクらサボテンにはお誂え向きの環境だ」
ソフィアは双眼鏡を外し、まだ見ぬ地平線に向かって不敵に笑った。
その瞳には、恐怖ではなく、かつてシン新宿で生き抜いてきた「ストリートサムライ」の、猛々しいまでの好奇心が宿っている。
「行こうか。……ここから先は、誰にも邪魔されない、ボクたちのニッチを探す旅だ」
後書き
ステータスオープンって、究極のマウント合戦になるのでは?というところから発想しました。




