第2話STR:3の「無資格者」が、軍用義体で警備員をワンパンする
ソフィアの声はどこまでも平坦だ。
「卑劣な! ステータス表示が終わる前に攻撃するなど……!」
顔を真っ赤にしたもう一人の警備員が、警棒を構えて吠える。
ソフィアは逃げるのを止め、わざとらしく肩をすくめて見せた。
「やれやれ。じゃあ、付き合ってあげるよ」
今度は真っ正面から、男の太い腕を迎え撃った。
STR:3のひ弱な女が、STR:30の屈強な男と力で激突する。
周囲の貴族たちがソフィアの「粉砕」を確信した瞬間、吹き飛んだのは男の方だった。
ソフィアの左腕――皮膜の下にある、シン新宿製の強化骨格と人工筋肉が、
設定数値(生体反応)を無視した出力を叩き出したのだ。
力まかせに投げた。男は受け身も取れず、床に沈んだ。
「やっぱり……。ステータス表示は、義体化している部分は測定不能みたいだね」
自分の左腕を見つめ、確信を得たように呟く。
だが、その直後。会場にある四方の扉が一斉に開き、重厚な足音が響き渡った。
なだれ込んできたのは、十数人を下らない追加の警備員たちだ。
一対多。閉鎖空間。包囲網。
「……どうやら、ここは警備員の供給過多みたいだね」
ソフィアは静かに両手を挙げ、降参のポーズをとった。
拘束されたソフィアは、中世ヨーロッパの絵葉書をそのまま実体化させたような美しい街並みを引き回された。
石畳、漆喰の壁、穏やかに流れる水路。
案内役の「赤い貴族」は、街全体を覆う巨大な透明のドームを指差した。
「見ろ。同志総書記の結界の中にいれば安全だが、一歩外に出れば魔物の餌食だ。
我らが同志の庇護がなければ、貴様のような無資格者は瞬時に食い殺されるだろう」
透明な壁の向こうには、深い森と霧が広がっている。
時折、巨大な影がうごめき、聞いたこともないような獣の咆哮が響く。
(……魔物? いや、あの筋肉の躍動、重心の移動
……魔法で生まれた化け物にしては、あまりに『生物』としての合理性に満ちている。
何かで似たような骨格を見た気がするが……)
連行された先は、党本部に隣接する歴史資料館――博物館だった。
そこで待っていたのは、空中投影された「親愛なる同志総書記」によるホログラム教育だった。
投影された中年女性のAIは、穏やかな微笑みで、炎に包まれる都市の映像を流す。
「自由がいかに人類を滅ぼしたか、学びなさい」
総書記の背後で、かつての凄惨な戦争の記録映像が流れる。
映像は驚くほど高精細だ。中世に、これほどのデジタルアーカイブが残っていること自体、異常だった。
「刃物を持った人は、怪我をしました。
銃を持った人は、人を殺しました。
力を持った人は、他人から奪いました」
先生が子供をあやすような、ひどく平易な口調。
「自由という名の病が、この世界を一度壊したのです。
だから党が管理し、衝突を未然に防いでいる。
暴力は『無知』の証。わかりますね?」
アクリルケースの中に展示されたサムライソード、銃、そして重厚な甲冑。
ソフィアは恭順を装い、うつむきながらも、至近距離からその「牙」を鑑定した。
(……徹底してるな。あの銃、バレルは塞がれ、機関部は溶接で固められてる)
一方で、サムライソードや防具の扱いはあまりに対照的だった。
(それに比べて、このサムライソードはどうだ? 防具もそうだ、ただの飾りじゃない。本物だ)
ソフィアは、ホログラムの総書記が浮かべる慈愛の微笑みと、
ケースの中の抜身のサムライソードを交互に見た。
(……この管理AI、光っている方がより「怖そう(象徴的)」だとか、
そういう情緒的な計算で展示を選別してるのか? )
資料館から移送されるソフィアを救ったのは、レジスタンスによる鮮やかな襲撃だった。
家畜を暴走させ、警備兵たちが混乱に陥る中、
後方でふんぞり返っていた**「赤い貴族」**が、その端整な顔を恐怖に歪めて叫ぶ。
「無資格者の分際で! 総書記の慈悲を泥で汚すか!」
彼らは総書記が差配するリソースを独占し、この世界の支配層という特等席を占める。
ソフィアは貴族の罵声を背に、迷路のような路地を抜け、地下の隠れ家へと滑り込んだ。
地下アジトで待っていたのは、召喚主であるエレンだった。
「……ごめんなさい。座標の指定を間違えて、あんな選別会場(婚活パーティ)のど真ん中に……。
無事でよかった」
「全くだ。シン新宿の安酒場でも、あんな悪趣味な席に座らされたことはないよ」
「あの赤い貴族たちは、総書記の寵愛を受けて贅沢をしているだけ。
ここは、彼らの『完璧な計画』から零れ落ちた者たちの吹き溜まりです」
ソフィアは周囲を見渡す。ここにいるのは、赤い貴族たちが享受する「生存の保証」と「計画経済」という名の家畜の安寧を拒んだ、不適合者たちの集まりだ。




