第31話 失われた記憶
最終章 魔導共鳴
北の谷に静寂が戻る。
観測者の残留意識は消えた。
残されたのは言葉だけだった。
最後の欠片は既に目覚めている。
その意味を誰も理解できずにいた。
リシアが考え込む。
「観測者は本体じゃなかった」
「つまり本物は別にいる」
カインが腕を組む。
「第三の欠片ってやつか」
「たぶん」
リシアは頷いた。
「でも今はそれよりも――」
視線がセレナへ向く。
セレナは苦しそうに額を押さえていた。
呼吸が乱れている。
オリオンが駆け寄る。
「大丈夫か」
「分からない」
セレナが小さく首を振る。
「頭の中に何かがある」
「思い出せそうなのに」
その時だった。
谷の中央に残っていた光が微かに揺れる。
まるで何かに反応するように。
セレナの身体が光に包まれた。
──
視界が白く染まる。
セレナは知らない場所に立っていた。
白い空間。
果てのない光。
そして。
目の前に巨大な光の存在がいた。
神。
本能で理解した。
その存在は静かに語る。
『世界は変わり続ける』
『だから私は決断した』
セレナは声を発する。
「あなたは誰」
『お前たちの始まり』
光が答える。
『私は神』
世界が揺れた。
無数の光景が流れ込む。
大陸。
海。
空。
人々。
魔法。
文明。
全てが成長していく。
『世界は想定以上に広がった』
『生命は増え』
『魔法は発展し』
『可能性は無限に広がった』
神の声は穏やかだった。
だがどこか疲れていた。
『だが私は一つだった』
『全てを支えるには限界があった』
セレナは黙って聞いていた。
『だから私は分かれた』
光が三つに分裂する。
一つは眩い結晶。
一つは白銀の光。
一つは静かな影。
『核』
『調律者』
『観測者』
『世界を守るための選択だった』
──
セレナの胸が痛む。
記憶が溢れ出す。
失われていた断片。
忘れていた役割。
そして。
自分自身。
『調律者よ』
神の声が響く。
『お前は魔導波を整える』
『核を支え』
『観測者と共に世界を見守る』
セレナの瞳から涙が零れた。
理由は分からない。
だが懐かしかった。
遠い昔に失ったものを取り戻している気がした。
『いつか三つは再び出会う』
『その時』
『世界は選択を迫られる』
そこで映像が途切れる。
光が崩れる。
世界が消えていく。
──
セレナが目を開いた。
呼吸が荒い。
オリオンたちがすぐ傍にいた。
「セレナ!」
オリオンの声。
セレナはゆっくり立ち上がる。
「思い出した」
その一言で全員の表情が変わった。
リシアが前へ出る。
「何を見たの」
セレナは静かに答える。
「神」
「そして私たちの始まり」
誰も口を挟まない。
セレナは続けた。
「神は世界を守るために自らを三つに分けた」
「核」
視線がオリオンへ向く。
「オリオン」
「調律者」
自分の胸に手を当てる。
「私」
そして。
少しだけ言葉を止めた。
「観測者」
風が吹く。
谷の奥から微かな魔力が流れてくる。
セレナは遠くを見る。
「まだ思い出せないこともある」
「でも分かる」
「観測者は私たちと同じ存在だった」
オリオンは黙って聞いていた。
頭の中で全てが繋がり始めている。
ゼクトの言葉。
観測者の記録。
そして自分たちの正体。
「じゃあ第三の欠片は」
カインが呟く。
「どこにいるんだ」
誰も答えられなかった。
その時だった。
──
谷の入口から重い足音が響く。
ゆっくりと。
だが確実に近づいてくる。
全員が振り返る。
そこに立っていたのは一人の男。
黒い外套。
鋭い眼光。
圧倒的な存在感。
アビスの魔団長。
ヴァルドだった。
「ようやく辿り着いたか」
低い声が響く。
カインが身構える。
リシアも魔法陣を展開する。
空気が一気に張り詰めた。
ヴァルドはゆっくりと周囲を見渡す。
谷の中央。
消えかけた光の残滓。
そしてオリオンたち。
「お前たちは何を見た」
静かな問いだった。
だが命令にも近い圧力があった。
オリオンは一歩前へ出る。
「答える必要はない」
ヴァルドの目が細くなる。
「そうか」
「なら力ずくで聞かせてもらう」
膨大な魔力が溢れ出した。
地面が軋む。
空気が震える。
カインが歯を食いしばる。
「来るぞ!」
リシアの魔法陣が輝く。
セレナも前へ出る。
ヴァルドは右手を掲げた。
巨大な魔法陣が空中に展開される。
その瞬間。
身体が大きく震えた。
「なに……?」
ヴァルドの動きが止まる。
額を押さえる。
魔法陣が不安定に揺らいだ。
「ぐっ……!」
見たことのない苦悶の表情。
オリオンたちも思わず動きを止める。
何かがおかしい。
ヴァルドの瞳が大きく揺れていた。
知らない景色。
知らない記憶。
知らないはずの声。
頭の中へ膨大な情報が流れ込んでくる。
「これは……」
膨大な情報。
何千年にも及ぶ記録。
世界の歴史。
魔導波の流れ。
人々の営み。
そして。
遠い昔に失われたはずの記憶。
ヴァルドは思わず膝をついた。
「馬鹿な……」
谷全体が震える。
まるで何かが目覚めるように。
オリオンは息を呑んだ。
セレナも同じだった。
何かが始まろうとしている。
失われた最後の真実が。
今。
目を覚まそうとしていた。




