第30話 北の領域
最終章 魔導共鳴
北へ向かう旅は予想以上に過酷だった。
魔導波の乱れは南方よりも遥かに激しい。
空は常に曇っていた。
風は不規則に渦を巻く。
時折、空間そのものが揺らぐような現象さえ起きていた。
オリオンたちは荒れた大地を進む。
リシアが魔導計測器を見つめる。
「異常だわ」
「数値が安定しない」
「魔導波が何層にも重なってる」
カインが周囲を見回した。
「つまり危険ってことか?」
「簡単に言えばそうね」
リシアは真剣な表情で頷いた。
「こんな状態が続けば世界中で異常が起きてもおかしくない」
オリオンは黙って空を見上げた。
黒い雲の向こう。
見えない何かが呼んでいる気がした。
──
数日後。
一行は北の最果てへ辿り着いた。
そこには巨大な谷が広がっていた。
底が見えない。
まるで世界が裂けた傷跡のようだった。
谷の中央。
淡い光が揺れている。
リシアが息を呑む。
「魔導波が集まってる」
「ここが中心……」
オリオンは自然と谷へ足を向けた。
何故か分かる。
ここにいる。
探していた存在が。
カインが声を掛けた。
「待て」
「何かいる」
谷の奥。
白い光が浮かんでいた。
人影にも見える。
だが輪郭は曖昧だった。
存在しているようで。
存在していない。
そんな不思議な姿だった。
──
光がゆっくりと振り返る。
顔は見えない。
だが視線だけは感じた。
全てを見透かすような視線。
リシアが息を詰める。
「まさか……」
光が口を開いた。
『ようやく来たか』
静かな声だった。
男とも女ともつかない。
不思議な響き。
オリオンは前へ出る。
「あなたが観測者か」
少しの沈黙。
そして。
『違う』
全員が眉をひそめた。
『私は記録』
『残された意識』
『本体ではない』
カインが顔をしかめる。
「どういう意味だ」
『私の役目は待つこと』
『そして伝えること』
光の周囲に無数の映像が浮かび始めた。
山。
海。
都市。
戦争。
災害。
誕生。
死。
世界中の記録。
数え切れないほどの光景。
オリオンは思わず息を呑む。
『私は見続けた』
『世界を』
『人を』
『魔導波を』
その言葉にリシアが反応する。
「見続けた……?」
『そう』
『それが観測者の役割』
観測者。
神の欠片。
第三の存在。
ゼクトが最後に残した言葉。
全てが一つに繋がり始める。
──
光景が変化した。
巨大な白い光。
世界を包み込む存在。
神。
オリオンは目を見開く。
『かつて世界は一つだった』
『神も一つだった』
『だが時は流れた』
『世界は変化した』
映像は断片的だった。
完全ではない。
まるで壊れた記録。
それでも重要なことだけは伝わってくる。
神。
世界。
そして分裂。
オリオンは思わず問う。
「なぜ分かれたんだ」
しかし光は首を横に振った。
『まだその時ではない』
『答えはもう一人が持つ』
「もう一人?」
『調律者』
セレナが身体を震わせた。
一瞬。
脳裏に知らない景色が浮かぶ。
白い神殿。
無数の光。
そして誰かの声。
だが次の瞬間には消えていた。
セレナは額を押さえる。
「今のは……」
『記憶は近い』
『失われた時は終わる』
光が静かに告げた。
──
周囲の魔導波が激しく揺れ始める。
谷全体が振動する。
風が吹き荒れる。
リシアが叫ぶ。
「魔導波が集中してる!」
「何か来る!」
オリオンは身構えた。
しかし光は静かだった。
『時間だ』
『私はここまでしか導けない』
『残る答えは自ら見つけよ』
光の身体が崩れ始める。
無数の粒子となって消えていく。
オリオンは前へ踏み出した。
「待ってくれ!」
「観測者はどこにいる!」
光は最後に一言だけ残した。
『最後の欠片は既に目覚めている』
その瞬間。
光は完全に消えた。
静寂が訪れる。
誰も言葉を発しない。
そしてセレナだけが遠くを見つめていた。
震える声で呟く。
「私……あの声を知っている」
オリオンが振り返る。
「セレナ?」
セレナは困惑した表情のまま首を押さえた。
「思い出せない」
「でも確かに知っている」
風が吹く。
北の空の彼方。
まるで何かが目覚めるように。
魔導波が静かに脈打っていた。




