第29話 観測者への道
第5章 5/5
夜明け前。
遺跡の上空には未だ蒼白い光が伸びていた。
世界中の魔導波は同じ場所を目指して流れている。
まるで世界そのものが呼ばれているようだった。
遺跡には重い沈黙が落ちていた。
誰もすぐには言葉を発せない。
先ほどの戦い。
観測者の目覚め。
そして。
セレナが見た記憶。
全てがあまりにも大きかった。
──
最初に口を開いたのはリシアだった。
「整理しましょう」
研究者らしい声だった。
冷静さを保とうとしている。
「今分かっていることは三つ」
「神は元々一つの存在だった」
「オリオンは核」
「セレナは調律者」
リシアは続ける。
「そして第三の欠片」
「観測者が存在する」
カインが腕を組む。
「しかも生きてる」
「そう」
リシアは頷く。
「問題はそこよ」
「もし観測者が存在するなら」
「なぜ今まで姿を見せなかったのか」
誰も答えられない。
その問いは重かった。
──
セレナは静かに立ち上がる。
顔色はまだ優れない。
だが瞳には迷いが減っていた。
「少し思い出したの」
オリオンが振り向く。
「記憶を?」
「全部じゃないわ」
セレナは首を振る。
「でも確かなことがある」
その表情はどこか悲しげだった。
「観測者は敵ではない」
リシアが眉をひそめる。
「根拠は?」
「分からない」
「でもそう感じるの」
「記憶の中の彼は」
そこで言葉が止まる。
懐かしさ。
寂しさ。
説明できない感情。
それだけが残っていた。
──
オリオンは空を見上げた。
光の柱。
呼びかける声。
胸の奥で共鳴が続いている。
「行かなきゃいけない」
静かな言葉だった。
カインが笑う。
「だろうな」
「今さら止めても無駄そうだ」
「そうね」
リシアも頷いた。
「ここまで来たら最後まで付き合うわ」
オリオンは少しだけ笑う。
学院で始まった日々。
魔導共鳴。
魔物事件。
魔法暴走。
全てがここへ繋がっていた。
一人ではない。
それだけで力が湧いてくる。
──
その時だった。
巨大結晶が再び光る。
今までとは違う。
穏やかな光。
亀裂から無数の光粒が舞い上がる。
静かな風が吹いた。
そして。
祭壇の中央に一つの魔法陣が現れる。
古代文字。
誰も読めないはずの文字。
しかし。
オリオンだけは理解できた。
「道標……」
自然に言葉が漏れる。
リシアが驚く。
「読めるの?」
オリオンは頷いた。
「観測者の場所だ」
空気が変わる。
全員の視線が集まる。
魔法陣の中心。
そこには地図が浮かんでいた。
誰も知らない場所。
世界地図にも存在しない領域。
大陸の遥か北。
常に嵐に覆われた禁域。
「ここにいる」
オリオンが呟く。
「観測者が」
──
突然。
空が黒く染まった。
全員が顔を上げる。
巨大な魔法陣。
遺跡全体を覆うほどの規模。
圧倒的な魔力。
その中心から一人の男が降り立つ。
黒い外套。
威圧感。
鋭い眼光。
深淵魔団。
魔団長ヴァルド。
ついに現れた。
カインが身構える。
リシアも魔法陣を展開する。
だが。
ヴァルドは攻撃しなかった。
静かにオリオンを見る。
そして。
口を開く。
「ようやく辿り着いたか」
オリオンの目が細くなる。
「お前も知っていたのか」
「当然だ」
ヴァルドは答える。
「世界の根幹に関わる存在だ」
「見過ごす理由がない」
その目には強い野心が宿っていた。
「魔導波は世界を支える力」
「そして世界を支配する力でもある」
遺跡の空気が張り詰める。
ヴァルドは続けた。
「人は愚かだ」
「古代文明もそうだった」
「力を持ちながら制御できなかった」
「だから滅んだ」
その声に迷いはない。
長い年月をかけて辿り着いた信念。
「同じ過ちは繰り返させん」
「魔導波は私が管理する」
「世界も私が導く」
リシアが眉をひそめる。
「導く?」
「支配の間違いでしょう」
ヴァルドは否定しない。
「好きに呼べばいい」
「結果が全てだ」
「無秩序な自由より管理された秩序の方が価値がある」
オリオンは静かに言った。
「だからアビスを作ったのか」
「そうだ」
即答だった。
「世界は力ある者が管理すべきだ」
「それが最も効率的だからな」
──
しばらく沈黙が続く。
やがてヴァルドは背を向けた。
黒い魔法陣が広がる。
転移の光。
「観測者の元へ向かう」
「そこで全てが揃う」
「神の欠片も」
「魔導波も」
「そして世界の支配権もな」
その声には確信があった。
「その力は私が手にする」
ヴァルドが振り返る。
鋭い視線がオリオンたちを射抜く。
「お前たちが来るなら好きにしろ」
「だが邪魔をするなら容赦はせん」
次の瞬間。
光が弾ける。
ヴァルドの姿が消えた。
後には静寂だけが残る。
──
オリオンは北を見つめる。
世界の果て。
観測者が待つ場所。
全ての始まり。
全ての真実。
そして。
アビスとの決着の地。
セレナが隣へ来る。
「怖い?」
オリオンは少し考えた。
そして笑う。
「少しだけ」
セレナも小さく笑った。
「私も」
二人は同じ空を見上げる。
胸の奥で共鳴が響いていた。
以前よりも強く。
以前よりも優しく。
まるで失われた何かが待っているように。
リシアが前へ出る。
「まずは禁域までのルートを調べないとね」
カインが肩を回す。
「今度は世界の果てか」
「最後まで付き合うぞ」
オリオンは仲間たちを見る。
学院で出会った仲間。
共に戦ってきた仲間。
そして。
隣に立つセレナ。
もう迷いはなかった。
世界中の魔導波が流れる先へ。
失われた神の欠片が待つ場所へ。
四人は歩き出す。
新たな旅路へ。
最終章 魔導共鳴
開幕




