第27話 失われた欠片
第5章 3/5
巨大結晶の亀裂が広がる。
嫌な音だった。
まるで世界そのものが軋んでいるようだった。
リシアが顔を上げる。
「この反応……」
魔導計測器の数値が暴走していた。
針が限界まで振り切れている。
「魔導波の流量が急激に増加している」
「何だと」
カインが眉をひそめた。
「増えてるのか?」
「そうよ」
リシアの顔は青かった。
「でも正常な流れじゃない」
「堰き止められていたものが一気に溢れている」
ゼクトが楽しそうに笑う。
「さすが研究者だ」
「理解が早い」
オリオンはゼクトを睨んだ。
「第三の欠片とは何だ」
「どこにある」
ゼクトは肩を竦める。
「それを知りたいから僕もここまで来たんだ」
「何?」
「僕は研究者だよ」
「答えを知っているわけじゃない」
「ただ」
その目が怪しく光る。
「仮説ならある」
──
ゼクトは亀裂の入った結晶へ近付いた。
誰も止められない。
結晶が発する魔力が周囲を拒絶していた。
「神は一つだった」
「古代文明は神の力を利用しようとした」
「結果として神は三つに分かれた」
静かな声。
だが遺跡全体に響く。
「核」
「調律者」
「そしてもう一つ」
オリオンが問う。
「何の役割だ」
ゼクトは笑った。
「記録にはこう残されていた」
「観測者」
空気が止まる。
誰もその意味を理解できなかった。
「観測者?」
リシアが繰り返す。
「そう」
「世界を見届ける存在」
「流れを生む核でもない」
「流れを整える調律者でもない」
「全てを記録し、全てを監視する存在」
ゼクトは続ける。
「そして」
「最も重要な存在だ」
──
その時だった。
遺跡全体が大きく揺れる。
轟音。
結晶の亀裂から光が漏れ出した。
オリオンの胸が痛む。
強烈な共鳴。
思わず膝をつく。
「オリオン!」
カインが駆け寄る。
だがオリオンは声を聞いていなかった。
頭の中に映像が流れ込む。
知らない景色。
知らない時代。
古代文明。
巨大な研究施設。
無数の研究者。
そして。
祭壇の前に立つ一人の男。
黒い髪。
長い外套。
その顔は見えない。
だが。
彼の周囲にはオリオンとセレナによく似た光が漂っていた。
「これは……」
映像の中の男が振り返る。
その瞬間。
映像が途切れた。
オリオンは荒い呼吸を繰り返す。
「何か見えたの」
セレナが静かに問う。
オリオンは頷いた。
「誰かがいた」
「古代文明の人間だ」
「でも違う」
「人間じゃない気がする」
セレナの表情が僅かに変わる。
まるで心当たりがあるようだった。
──
ゼクトはその様子を見て笑った。
「やはり始まったか」
「何がだ」
カインが怒鳴る。
「記憶の再接続だよ」
ゼクトは答えた。
「核が目覚め始めている」
「観測者を探し始めている」
リシアが目を細める。
「それは本能みたいなもの?」
「近いね」
ゼクトは頷いた。
「元々一つだった存在は互いを求める」
「欠けた部分を埋めようとする」
「それが神の性質だ」
オリオンは拳を握る。
胸の奥がざわつく。
確かに感じる。
どこか遠く。
何かが呼んでいる。
見えない誰かが。
──
突然。
重い足音が響いた。
ドン。
ドン。
ドン。
遺跡の奥。
崩れた石壁の向こうから現れる巨大な影。
二メートルを超える体躯。
全身を覆う黒い鎧。
赤い眼光。
アビス幹部。
バルガだった。
「ゼクト」
低い声が響く。
「喋り過ぎだ」
ゼクトは呆れたように振り返る。
「ああ」
「来たのか」
「団長の命令だ」
バルガの視線がオリオンたちへ向く。
圧倒的な殺気。
カインが息を呑む。
今まで遭遇した魔物とは比較にならない。
純粋な戦闘能力。
それだけで空気が重くなる。
──
バルガはゆっくり前へ出た。
「セレナ」
「帰還命令だ」
セレナは動かない。
「断る」
静かな返答。
バルガの目が細くなる。
「団長の命令だぞ」
「今は違う」
セレナはオリオンを見る。
そして結晶を見る。
「私は知らなければならない」
「私自身が何者なのかを」
バルガはしばらく沈黙した。
やがて大きく息を吐く。
「そうか」
次の瞬間。
凄まじい魔力が噴き上がった。
遺跡が震える。
床が砕ける。
戦闘の気配。
カインが炎を纏う。
リシアが魔法陣を展開する。
オリオンも構える。
──
だが。
その時だった。
空が割れた。
遺跡の天井を突き抜けるように。
蒼白い光の柱が天へ伸びる。
誰もが息を呑んだ。
世界中へ広がる魔導波。
その流れが。
一斉に同じ方向へ向き始める。
まるで何かを目指すように。
リシアが震える声で呟く。
「そんな……」
「ありえない」
「どうした」
カインが問う。
リシアは青ざめていた。
「観測者が」
「目覚めた」
静寂。
その言葉だけが遺跡に残る。
遠く。
世界のどこかで。
失われた第三の欠片が。
ついに動き始めた。




