第25話 神の記憶
第5章 1/5
夜。
森は静かだった。
風もない。
だが空気だけが揺れていた。
魔力そのものが震えている。
オリオンたちは森の奥へ進んでいた。
リシアは魔導計測器を確認する。
数値は異常だった。
「ありえないわ」
「どうした」
カインが尋ねる。
「魔導波の流れが一点に集中している」
「一点?」
「こんなの自然現象じゃない」
リシアの表情は硬い。
その時だった。
オリオンの胸が強く痛んだ。
ドクン。
鼓動が跳ねる。
視界が揺れる。
「オリオン?」
リシアが振り向く。
オリオンは足を止めていた。
何かが聞こえる。
遠くから。
誰かの声。
懐かしい声。
だが思い出せない。
「……来たか」
知らないはずの言葉が口から漏れた。
自分でも驚く。
なぜそんな言葉を言ったのか分からない。
──
森の最深部。
そこには巨大な遺跡があった。
学院の記録にも存在しない建造物。
白い石。
崩れた柱。
円形の祭壇。
そして。
祭壇中央に浮かぶ巨大な結晶。
青白い光を放っていた。
オリオンは息を呑む。
その結晶を知っていた。
見たことなどないはずなのに。
知っている。
確信できるほどに。
「これは……」
リシアが震える声で呟く。
「相当古い魔力結晶……」
「そうなのか?」
リシアは首を振った。
「ちょっと想像がつかないくらい前みたいに思える」
静寂が落ちた。
カインが冗談だろと言いかける。
だが言えなかった。
遺跡全体から漂う圧力。
それが言葉を封じていた。
──
その瞬間。
結晶が輝いた。
眩い光。
空間が震える。
オリオンの身体が勝手に前へ進む。
「待って!」
リシアが叫ぶ。
だが止まらない。
結晶が呼んでいる。
オリオンは祭壇へ手を伸ばした。
触れた。
瞬間。
世界が反転した。
──
闇。
果てしない闇。
上下もない。
時間もない。
そこに一人の少女が立っていた。
銀髪。
白い衣。
金色の瞳。
セレナだった。
しかし今のセレナではない。
もっと幼い。
もっと神秘的な姿。
少女は微笑む。
「やっと来たね」
オリオンは動けなかった。
「君は……」
「忘れてるんだね」
少女は悲しそうに笑う。
「無理もないか」
「ここはどこだ」
「記憶の海」
「記憶?」
「世界が生まれた時の記憶」
オリオンは息を呑んだ。
少女は空を指差す。
闇が割れる。
光景が現れる。
星もない世界。
大地も海もない。
ただ魔力だけが存在する空間。
そして。
二つの巨大な光。
一つは蒼。
一つは白。
世界を照らしていた。
「これが始まり」
少女が言う。
「世界を支える二つの核」
オリオンは見つめる。
なぜか理解できた。
蒼い光。
それは自分だ。
白い光。
それはセレナだ。
「まさか……」
「そう」
少女は頷く。
「あなたは世界の核」
「魔導波そのものを循環させる存在」
「そして私は」
少女の身体が白い光へ溶けていく。
「その流れを整える存在」
オリオンは言葉を失った。
俺は結晶?
なんとなく自然に理解した。
だが。
世界そのものを支える核。
そこまでの存在だったとは。
──
景色が再び変わる。
今度は巨大な都市。
遥か昔の文明。
空に浮かぶ塔。
無数の魔法陣。
現在より遥かに発展した世界。
「古代文明……」
「そう」
少女は頷く。
「彼らは世界の真実に辿り着いた」
映像が進む。
人々が研究する。
魔導波を。
世界の核を。
そして。
利用しようとした。
力として。
永遠の繁栄のために。
「まさか」
オリオンの声が震える。
少女は静かに答えた。
「彼らは神に触れた」
映像の中で巨大な実験が始まる。
魔導波が暴走する。
世界が裂ける。
空が崩れる。
大地が燃える。
文明は滅んだ。
一瞬だった。
「これが最初の魔導災害」
少女は言った。
「そして世界は壊れかけた」
オリオンは拳を握る。
全ての始まり。
世界の歴史から消された真実。
その代償が今も続いている。
──
少女の表情が曇る。
「でも問題は終わってない」
「どういう意味だ」
「世界は今も崩れ続けている」
静かな声。
だが重い。
「魔導波の乱れは偶然じゃない」
オリオンの背筋が冷える。
少女は続ける。
「核が傷付いている」
「核?」
「あなた」
世界が止まった。
「俺が……?」
「そう」
少女は悲しそうに笑った。
「オリオン」
「あなた自身が壊れ始めている」
言葉を失う。
理解できない。
だが心の奥で何かが知っていた。
最近感じていた違和感。
共鳴するたびに増す疲労。
魔導波の歪みを感じる力。
全てが繋がる。
「だから魔導波は乱れている」
少女は言った。
「世界はあなたと繋がっている」
「そんな……」
「そして」
少女の声が震える。
「もう時間がない」
オリオンは顔を上げた。
その瞬間。
少女の姿が揺らぐ。
消えかけている。
「待て!」
「まだ話が――」
少女は微笑んだ。
どこか今のセレナに似た笑顔だった。
「次は彼女を救って」
「彼女?」
「セレナを」
オリオンの目が見開かれる。
「彼女もまた壊れかけている」
光が崩れる。
世界が消えていく。
最後に少女の声だけが残った。
「私たちはずっと一緒だったから」
──
気付くと祭壇の前だった。
オリオンは膝をついていた。
汗が流れている。
呼吸が荒い。
「オリオン!」
リシアが駆け寄る。
「大丈夫!?」
「見たんだ……」
オリオンは震える声で呟いた。
「世界の真実を」
リシアとカインは顔を見合わせる。
その時だった。
遺跡全体が激しく揺れた。
轟音。
魔力の奔流。
そして空間の裂け目。
黒い魔法陣が開く。
見覚えのある気配。
深淵魔団。
裂け目の向こうから現れたのは。
白銀の髪の少女。
セレナだった。
だが。
その瞳には迷いがなかった。
冷たい光だけが宿っている。
「見てしまったのね」
静かな声。
オリオンは立ち上がる。
セレナを見つめる。
少女の最後の言葉が頭から離れない。
彼女を救って。
「セレナ」
オリオンは呼ぶ。
セレナは微かに目を細めた。
「オリオン」
二人の間で魔力が震える。
共鳴。
今までより遥かに強い反応。
世界そのものが二人を繋いでいるようだった。
そしてセレナは告げた。
「なら教えてあげる」
「世界が滅ぶ本当の理由を」




