【75】事務所移転2〜契約する〜掘り出し物を見つける
さて、危うく怪しげな不動産屋に捕まりそうでしたが、高級な店に入り直しました。どんな物件を紹介してくれるのでしょうか?
ヘラルドスクエアの整然とした大通りから一本脇に入ると、石畳の道幅は狭まり、頭上には各商店の看板が賑やかにせり出すこの地区特有の雑多な風景が広がる。不動産店(不動産屋と呼ぶには高級だったので)の店主に案内されてやってきたのはブラン地区だ。前世の僕の知っているイメージで言うと東京の秋葉原に近い雰囲気だ。
「領地名であるロックブルン(褐色の岩の泉)のブルン(泉・湧き水)から取った名前です。かつて領都ができた際に豊かな井戸や泉があったエリアで、現在はその周りに商店や職人の住居、新興の事務所が密集して発展した、領都で最も活気のある地区とも言われています」
このように店主が解説してくれた。
通りの一角にアランが内見に来た二階建ての店舗兼住居があった。建物全体は、領都らしい頑丈な灰色の割石を積み上げた一階部分と、ダークブラウンの太い木枠が剥き出しになった木組みの二階部分という、この地区の伝統的なデザインで造られている。築年数はそれなりに経っているが、土台の石組みは歪み一つない重厚な鉄の補強金具が嵌められていた。
通りに面した一階の正面には、かつておしゃれな商店だった名残を感じさせる、磨き上げられた大きなガラス窓が二枚嵌め込まれていた。と言ってもガラスの透明度は前世のそれには及ばない。均一かつ歪みのないガラスを作るところまで技術が及んでいないようだ。その奥には、通りを行く人々の目を引くようにディスプレイできる棚が設えられていた。ガラス窓の隣にある頑丈なオーク材の扉には、真鍮製の小さな何も刻まれていないプレートが掲げられていた。そこには店舗名を掘るのだろう。木製の扉は、合板が当たり前の前世と違って一枚板が使われており、施された装飾も含めたらこの世界の物の方がずっと質が上だ。
入口のガラス扉を開ければ、奥には机を並べて、受付兼事務所として使えるスペースに直結していた。一階の最奥には浴室・トイレ・洗面所といった水回りが一箇所に集約されていて、使い勝手の良い設計になっているのだ。階段を上がった二階には、三つの部屋の個別の扉が並ぶ。
その内手前の一室はひときわ広く、四客の豪奢な椅子が並ぶ私的な応接スペースを備えている。壁際には長椅子も置かれているので、打ち合わせの人数が増えても大丈夫だろう。さらに部屋の奥の一角が板の壁で仕切られドアがついていて、寝室兼プライベートルームとなっていた。残りの二部屋はそれよりもやや手狭で、本来なら貴族の側仕えや使用人が控えるための簡素ながらも落ち着いた設えとなっていた。家具は必要最小限のものが置かれていた。
そして二階の奥の階段を上がると、傾斜した梁が剥き出しになった薄暗い屋根裏部屋があり、試作の紙やインク・その他の物品を保管する物置として活用できそうだ。その階段下にサービスルームがあり、前世で言うところの三畳ほどの広さだ。映画「ハリーXッターと賢者の石」の階段下の部屋よりは広い。直ぐには使い道が思いつかないが、あっても困らないだろう。
店主の案内が終わったので僕は、慎重姿勢を見せていたブランシュに言った。
「さて、この物件についてブランシュの意見を聞かせて欲しいな」
「そうですね、アラン様が出した条件を満たしていると思います。私はこうした店舗兼住居の居住部分について心配していたのですが、その点も文句がつけられないと感じました。アラン様はご自分が寝起きする物件としていかがですか?」
「うん、僕の部屋は十分な広さだし、応接スペースもあって、少人数の内輪での会議もできそうだ。それと風呂があるのは気に入った」
「そうですね。賃料などが折り合えば、ここに決めても良いと思います。これ以上の物件は他にないかもしれません」
「その通りでございます。アラン様、ブランシュ様。こちらは一押しの物件で、放っておいても直ぐに決まってしまうでしょう」
「では、事務所に戻って賃貸条件についてお話を致しましょう」
店主に促されて僕たちは店に戻ることにした。
◇
貴族御用達の不動産商談用個室で、店主は上質なハーブティーを勧めながら、意味深な笑みを浮かべた。
「アラン様、あそこはブラン地区では一等地です。本来なら家賃は月に金貨1枚をくだりません。ですが……家主様からの強いご意向もあり、今回は月に銀貨6枚でお貸しできます」
「……は? 4人家族のひと月分の生活費より安いじゃないか。もしかして事故物件か何か?」
アランが眉をひそめると、横にいたブランシュまでもが鋭く目を細めた。店主は想定内だとばかりに肩をすくめて言った。
「実は、あの建物のオーナーである他領の貴族様が、今ちょっとばかりまとまった現金を必要とされております。下手に高い家賃をつけて空室のまま数ヶ月を無駄にするより、多少安くとも毎月、確実に支払ってくれる身元の確かな方に今すぐ入ってほしいのだそうです」
店主はそこまで言うと、アランを注視した。
「領主のギレム伯爵様の後ろ盾があるアラン様の起こす商会ならば、家賃を滞納する心配はないでしょう。私どもが家主様にお薦めできる最高のお客様というわけです」
アランは手元の間取り図を見つめ、先ほど内見に行った建物を思い浮かべながらニコリと笑った。
「なるほど。あれほどの物件を所有している貸主も、背に腹は代えられないってわけだね。うん、その条件で契約しよう!」
僕は賃貸契約書にサインをして、ブランシュが持参した財布から、契約金の家賃一ヶ月分と不動産屋の手数料を含めて金貨一枚と銀貨二枚を支払った。
「来月の頭から家賃が発生しますので、お引越しはそれ以降ならいつでもどうぞ。鍵もその際にお渡し致します。ところで入り口のプレートにはなんと彫りますか?店名になりますが。こちらはサービスです」
「アラン商事でお願いします」
ブランシュが言った。
「商会ではなく商事ですか。変わった店名ですね」
「今まである店舗とは差別化したいと考えているので」
これは僕が強調しいて言った。
「承知いたしました」
契約を終え店を出ると、僕とブランシュはグータッチをした。これで一国一城の主人だ!
良好な物件が見つかって良かったですね。新居を見つけたら次は、油紙の販売許可の申請に行くことにします。そこで新たな出会いが…。またまた新キャラ登場となりますか!?次回は7/6更新予定です。




