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【74】事務所移転〜物件を探す〜異世界不動産屋へ行く

コイルスプリング開発が難航して、ミュゼット号の乗り心地改善ができないけれど、事務所の引越しを思い立ったアラン。異世界の不動産屋へ行くことにします。

「アラン様、大変です」

 レイモンがピエール店長と共にアランの執務室へと飛び込んで来た。

「トランプが好評で大変売り上げが伸びています。月百セットでは足りません。おまけにトランプが買えなかったお客様がカルタや五目並べを買って帰るので、そちらの売り上げも伸びています」

 領都へ引越して半年を過ぎて、ようやく苦労が実って、開発した商品が売れてうれしい悲鳴が上がって来た。そろそろ引っ越しを考える頃合いだとアランは思った。

「それは大変結構です。増産した紙がもうじき届くので来月はトランプを百五十セットに増やしましょう。その他の商品は売り上げに応じて適宜増産してください」

「もちろんです!」


「あ、でも……」

 ピエールが口ごもった。

「何かおっしゃりたいことがあるなら、おっしゃってください」

 ブランシュがいち早く気づいて促した。

「カルタについては一年の権利保護期間が過ぎて、類似品が出回り始めました。それもカルタの文言を変えた亜種です」

「ほう、どんなのがあるんですか?」

「王国の歴史を題材にしたものや、季節と暦などです」

「それはいいことじゃないですか?」

「ええっ!?」

 ピエールとレイモンが同時に声を上げた。

「色々なカルタで遊ぶことができたら、それだけ子どもたちの知識が増えるのでしょう?それは我々の新しい未来の顧客に育ってくれるはずですよ」

「ええ、文字が読めて計算ができれば収入の良い仕事につける可能性が高まります。そして稼ぎが良ければ我々の商品を買ってくれるようになるでしょう?」

さすがブランシュ、さすブラ!

「なるほど。随分と長い目で見てらっしゃるんですね。では放置ということで」

 そう言って二人は下がって行った。


 ◇


「ところでブランシュ、売り上げも上がってきたし、そろそろ僕は自分のオフィスを構えようと思うんだ。いいかな?」

「オフィスと言うのは事務所のことですね。良い頃合いだと思いますわ。これから油紙も作りますでしょ。それはレイモン商会からではなく、アラン様の商社の専売にされるといいと思います」

「えっ、レイモン商会からでなくていいのかい?君のお父さんの店なのに」

「今でも十分恩恵に預かっていますし、これ以上はうちの商会でも扱いきれないと思うので」

「そうか。一部分でもレイモン商会に商品を卸せばいいか。それにメートルに作って貰うものもあるだろうし」

「それではオフィス?用の物件をご一緒に探しましょう」

 ブランシュの思い切りの良さに感心しながら、僕たちはレイモン商会とラスト地区の中間にある不動産屋を訪れた。


 日本の不動産屋と違って物件の図面がウィンドウに並べられたりしていない。ドアを開けると薄暗い店内には領都の精巧な羊皮紙の地図が掲げられ、売りに出された物件や貸し店舗の立地が煤けたインクで細かく書き込まれていた。当然ながら現代のような写真付きの物件案内はなく、紹介されるのは職人街の作業場付きの家や、貴族向けの豪邸など、身分や職業によって明確に棲み分けられた物件ばかりだ。


「坊ちゃん、お嬢さん、どんな御用ですかな?」

 出てきた店員は目つきが良くない。油断がならない抜け目のなさが滲み出ている。僕の左斜め後ろに立っているブランシュが僕のシャツの袖を引いて小声で言った。

「早く出ましょう」

「おっと、店を間違えたようです。失礼」

 僕はそう言ってそそくさと店を出た。

 店を出て少し歩くとブランシュがほっとため息を吐いて言った。

「あの店は下町の顔役の息がかかった店ではないかと思います。店の中が暗かったでしょう?何かを隠してこちらの足元を見て賃料をふっかけたり、危ない物件を紹介されたかもしれません」

「ありがとう。よく気がついたね」

「あの雰囲気でしょう。そういう噂を聞いたことがあるので…次に行きましょう!」

 彼女は気を取り直して言った。


 しばらく歩いているとブランシュが目ざとく見つけて言った。

「あそこはいかがでしょう?」

 店構えがしっかりしていて、外装も綺麗な不動産屋があった。

 ドアを開けると薄暗い先程の店とは対照的に、貴族御用達の札が掲げてあるこの店は、まるでホテルのサロンのように明るい。

「いらっしゃいませ」

 と出迎えたピシッとした服装の店員に、賃貸物件を探している旨を告げると応接室に通された。


 そこは大理石の床に高級な絨毯が敷かれた応接室で、上質な仕立ての服を着て、案内の店員より明らかに上席の男が、にこやかに微笑んでいた。席に着くと先ほど案内してくれた店員がティーカップを二つ持ってきて僕らの前に置き、ポットからハーブティーを注いだ。それからおもむろに物件の資料を取り出して広げてみせた。彼らが扱うのは、没落貴族が手放した豪邸や、治安が良く商業価値の高い一等地の物件が多い。羊皮紙の帳簿には、間取りだけでなく「日当たり」「庭園の広さ」「馬車の出入りのしやすさ」まで優雅な筆致で記録されていた。


 うん、これなら信用できそうだ。

「ようこそいらっしゃいました。店主のフランツ・バウムと申します。さて、アラン様はどのような物件をお探しでしょうか?」

 ロマンスグレーの髪を後ろに撫でつけた男が僕に向かってそう言った。彼は店主だったのだ。僕が何者かを知って応対に出てくるとは情報に通じている。さすが一流の店だ。

「こちらはプラード男爵家三男のアラン様ですが、ご存じなのですか?」

 ブランシュが驚きを隠せない様子で尋ねた。

「ええ、有力なお客様候補のことは漏らさず存じております。いずれは当店へお越しくださると信じておりましたので」

 なるほど。情報収集は欠かさないと。


「アラン様は事務所兼住居の物件をお探しです」

 ブランシュがそう言った。

「一階が事務所で部分的に店舗としても使えるとありがたい。私が寝泊まりできて、他に店員が使える寝室が二部屋は欲しい。」

 僕が希望を述べた。

「さようですか。それではこちらの物件などいかがでしょうか。広さはこの店の向かいにある服飾店と同じくらいの間口です。二階には三部屋とサービスルームがございます。その内の一部屋は他より広く、身分の高い方がお使いになれます。他の二部屋は少し狭い作りで側仕えや使用人用のしつらえとなっております。サービスルームとは窓のない小さい部屋でして、身分の低い下働きが寝泊まりするのに使います。さらに屋根裏部屋があり物置としても使えます。水回りは一階のみで、浴室とトイレと洗面所がございます」


 手描きの図面を示しながら説明する店員を見つめて、この世界の不動産屋も同じようなものだと僕が感心しているとブランシュが尋ねた。

「そこはどの地区にございますの?」

「事務所街のヘラルドスクエアの隣の商業と事務所と住居が入り混じったブラン地区でございます。商店も多いので買い物にも便利です。」

「そこは下町の職人街には近いのだろうか?」

「ヘラルド地区より下町寄りですので徒歩圏内です。それなのに、さほど治安も悪くありません」

「それはいいね。では内見させて貰おうか。ね、ブランシュ?」

「ええ、そうですわね」

 一軒目で軽々しく決めてはダメよという雰囲気を醸しながら彼女は頷いた。


 ◇後編へ続く

事務所探しを書いていたら長くなってしまったので前後編に分けます。さて上等な不動産屋が勧める物件はどのようなものでしょうか。次回は7/4更新予定です。累計五千PVを超えて、ユニークユーザ数もまもなく二千になろうとしています。多くの方の目に留まって嬉しいです。

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