【73】油紙が完成するが、販売するには食品管理部門の審査がある〜難航する〜コイルスプリング
神殿教室の開講を断られたのにめげずに魔術の練習で成果を出したアラン。今度は改良した油紙の確認と、コイルスプリングの進捗を確認します。忙しいですね。
「ボス、下町の職人カイルさんから木札です」
突然少年探偵団のルークが飛び込んで来た。
「えっ?どうしてルークが?」
僕が驚いていると
「たまたま下町の近くにいたニコが使いっ走りとして呼び止められたんです。それでオイラの所に持ってきてボスへ届けてくれって」
「ニコが直接届けてくれても良かったのにね」
「そうなんですけれど、一人でボスの前に出るのは気後れするらしいっす」
「僕はそんなにこわいかな?」
「オイラはそうは思わないですけど…」
「まあ、いいや。ありがとう。これで皆んなで何か食べて」
ルークに銀貨を一枚渡して返した。
「どらどら……おっブランシュ!油紙が完成したよ!」
「まあ、それでサンプルはって、これは木札だからそれは付いてきませんわね」
「折りたたむと筋が付いてしまうから木札で知らせたんじゃないかな。早速向かおう!」
◇
例によって僕たちはミュゼット号に乗って出かけた。二人とも少し浮かれた気分だ。気をつけないとこの世界初の自動車事故を起こしてしまうな。信号機がないから十字路では馬車に注意しなくてはならない。中世ヨーロッパ風のこの世界では馬車の事故は珍しくなかったようで、馬の暴走とか車輪の破損とか、人身事故も結構起こるのだ。街中では速度は控えめにしなくては。
さて、事故には遭わず無事に僕たちはラスト地区にやって来られた。車を下りると僕たちは一目散でカイルの工房へと向かった。ガラガラと引き戸を勢いよく開きカイルに呼びかけた。
「カイルー!木札を見たよー!。油紙を見せてー!」
そんな声を出した僕を見てブランシュは口元を抑えて笑っている。
「ボス、これでどうでやすか?」
カイルもすっかりボス呼びだよ。奥からカイルがのそのそと油紙を一枚持って出てきた。僕はそれを受け取りクンクンと臭いを嗅いでみた。
「おや、微かに柑橘類の良い匂いがする。亜麻仁油の臭気はほとんどマスクされているね」
「へへへ」
カイルはしてやったりという顔をして笑った。油紙をブランシュに渡した。
「確かに油の臭いはほとんど消えて、レモンのような香りが勝っていますね。これなら食べ物を巻いても美味しく食べられます!」
彼女は微笑んだ。
「ボスに言われた通りにしてみたんでさ。油を濾してお湯で洗ってレモンの皮の汁を絞って混ぜる。これをみんなやったんでさ。最初はレモンの匂いが強くなっちまったんでレシピを変えましたけど、最適なレシピを見つけたので」
「素晴らしいよカイル。お手柄だ。これで屋台や店で売っている食べ物を、その場で食べるんじゃなくて持って帰ることができる。食べ歩きだってできるだろう」
日本じゃ食べ歩きは行儀が悪いって言われるけれど、この世界なら無問題っしょ!
「これを食品関係のお店に売れば、また売れ筋の商品になるかもしれませんね!」
ブランシュの顔も輝いている。
「大層お喜びのところ申し訳ねえんですが、ちと問題がありまして…」
先程まで笑顔だったカイルが上目遣いに僕を見た。
「俺が食いもんに関係のある仕事をしていると職人仲間にチラッと言ったら、食いもんだったらお上に対して届出だか審査だかがいるだろうってんでさ」
「そりゃまたどうしてだい?」
「なんでもそいつの妹が、前に腐り止めに水銀を染み込ませた布で包んであった干し肉を食べて、具合が悪くなって大変だったらしいんでさ。他にも大勢そんな人間が出たんで厳しくなったとか。この油紙は植物と食品成分しか使ってないから大丈夫だけれども、手続きは必要みたいでっせ」
「そんなことがあったんだね」
水銀中毒はどこの世界でも起きるんだね。確かに殺菌作用はあるけれど。
「ブランシュは聞いたことがあるかな?」
「その事件はなんとなく聞いたことがありますけれど、お役所の手続きのことはさっぱりです」
「そうか。調べて届けを出しに行かなくちゃならないね。カイル、貴重な情報をありがとう」
「いえ、たまたま耳にしただけなんで」
「でも、まあとりあえず油紙は完成っていうことで」
「ボス、ちがいまっせ!試作ができただけなんで、量産するための工程作りがまだ残っているんでやす」
「そうだったね。でもそっちはカイルに任せるよ。じゃあサンプルは何枚か貰っていくね。それと今回の試作代金を渡すよ」
僕は金貨一枚と銀貨を五枚渡した。
「あざーっす」
と僕には聞こえた。
「そうそうコイルスプリングはどうなった?」
「失敗作ばかりでやす。高温で熱した後に蓋を開けると、コイルの表面がパサパサに荒れて削れたり、黒くボロボロになったりして、ばねの弾力や強度がガタ落ちなんでさ。何度やっても同じなので、正直行き詰まってやす」
コイルスプリングの話になった途端、カイルが暗い顔をした。
「そうか。そうなるのは箱の密閉度が不足して、きっと空気が漏れているんだね。じゃあこうしたらどうだろう。鉄製の箱にスプリングを入れたら、蓋を閉めるだろう。その蓋と本体の合わせ目に、粘土に炭の粉や灰、細かく刻んだ藁などを混ぜて泥状に練ったものを、左官仕事のように隙間なく塗りたくるんだ。すると高音でこの粘土が焼かれて固まるから密閉度があがるはずだよ」
それを聞いてカイルが一転して目を輝かせた。
「なるほど、鉄の箱の隙間に柔らかい粘土を詰めるというのは予想外でさ。そうか、粘土は焼き物にもなるから熱にも強いもんな。早速試してみやす」
「うん、そうしてみて。後、箱に木炭と木灰を詰める時に隙間が残ると、その部分の空気が悪さをするからきっちりと詰めるんだよ」
「了解です!」
「これが上手くできると、ミュゼット号の乗り心地を改善できると思うよ」
ブランシュを見て僕はそう言った。
さて新商品が続々と開発されていくので、販売もアラン自ら手をだすタイミングがやって来たようです。次のエピソードではその準備を開始します。更新は7/2の予定です。この先の展開についてちょっと停滞しているのでヤバイです。更新ペースが守れなくなるかも…。




