【67】ユリアの心配〜忠告する〜護衛の雇用の勧め&出版の提案
秘密保持契約を結んだとはいえ、ブルーノに前世記憶の話をしちゃって大丈夫なのかなぁ?テオの所から帰ったばかりなのに、今度はユリアのところへ行くよ。
リヴェルトから帰還して紙を薄く圧延するローラーの仕様図を描いて下町のカイルの所へ自分で持って行くことにした。説明が必要だからだ。辻馬車ではなく、もちろんミュゼット号で行く。近場なのでブランシュが助手席に乗る。そしてついでなので先にヘラルド新聞社に寄って行くことにする。
蒸気エンジンの音を響かせて新聞社のビルの前に駐車すると、二階の窓からユリアが顔を覗かせて手を振った。ガストンは何事かと慌てて階段を駆け下りてきた。
「なんだアラン様だったか。聞いたことがない音がしたもんだから」
「驚かせてごめん。今日はこれで来たから」
僕はミュゼット号を指差した。
「うむむ、鋼鉄の馬車って感じですな」
ガストンは感心した様子だ。遅れてユリアも出てきた。
「よく来たわ。ミュゼット号で来るなんてびっくりだわ。それにしてもピカピカで美しいわ。エンジンは案外大きな音がするわね。これが見られて良かったわ。いつか乗せて頂戴ね」
「お尻が痛くなるのを改善できたらですね」
僕はブランシュをチラリと見て言った。
それからガストンの先導で僕たちは階段を上がって編集部に入って行った。
「アラン君、前々から思っていたのだけれど、未成年のあなたに護衛はいないの?今日も護衛なしで来たでしょう。無人馬車なら襲ってくる人間はいないと思うけれど、それでも遠出の時は困るでしょう?」
「僕は貴族家の三男なので、家付きの護衛はいても、僕専任の護衛なんかいませんよ。遠出するときにはレイモン商会の店員か、ブランシュが保護者として乗ってくれていますし」
「なんですって!?ブランシュは若くて見目麗しい女性だし、店員だって格闘技もできないわよね。それでよく今まで無事だったわ。あなたを誘拐すればたんまり身代金が取れるんだから。悪いことは言わないわ。早急に護衛を雇いなさい、いいわね。」
「はい、わかりました。助言ありがとうございます」
新聞配達員襲撃事件があったので、ユリアは真剣な眼差しで言った。僕も護衛を探そうと強く思った。
「ところで、あれからどうしてた?」
彼女は少し声のトーンを柔らかくして言った。
「アラン様ったらご自分からあれこれ仕事を増やして、あちこち飛び回っていたのですよ」
ブランシュが口を尖らせて言う。
「先日はリヴェルトへ行ってテオに会って来ました。紙の増産は順調みたいです。僕は薄い紙を作ってもらいたくて」
「薄い紙ですって?何用?」
さすがユリア、注目するのは用途か。
「一つは蝋原紙用で、もう一つは油紙」
「蝋原紙はわかるけれども、油紙っていつの時代よ。私だって前世でも触れたことがないわ。でも確かに蝋原紙と油紙って見た目が似てるわね。だから薄い紙か。納得したわ」
説明する前にセルフ納得しているんだから。
「油紙は百科事典で見た記憶があるんだ。それでサンドイッチとかホットドッグなんかを包むのに便利でしょ。そういった包装用途に売れそうな気がして」
「確かに目の付け所が良いわね。さすがだわってこんな面白い人逃したらダメね。いったい、いつになったらインタビューに応じてもらえるのかしら。」
「カイルの所へ行くつもりで来たんですが、短時間なら今すぐでも良いですよ」
ユリアには世話になっているので軽い気持ちで答えた。
「あらそう。即答されるとは思わなかったわ……。実はあなたについては少し思うところがあるのよね。あなたの凄さを例の事件を通じて、あなたと深く接してみて強く感じたのよ。やっと十一歳になろうとしているのかしら、その若さであまりに多くの発明や発案をしているでしょう。目の付け所が違うのよね」
「それは前世の知識のなせる技で、僕自身がすごいわけじゃないです」
「それはそうなんだけれども、知識があったって使いこなせなきゃ意味がないでしょ。ましてこの世界の人にはそれを知る由もないわけで。でもね、あなたの価値をあまりにも広めてしまうと、多くの有象無象が近づいてくると思うのよ。その上あなたは下級貴族の子息で嫡男ではない。上級貴族から養子になれとか娘の婿に来いとかの無理難題を押し付けられそうな気がするの。この私だって新聞ごっこなんか止めて、そろそろアルトハイム家の人脈作りのための婚約でもしろってうるさいんだから。でも私はそんな結婚なんかしたくない。いっそ平民になっても良いと思っているわ。変なしがらみがなくなるから。自分で食べていくぐらいできるしね。だから悪いことは言わない。なるべく早くしっかりした力のある後ろ盾を見つけた方がいいわ。」
ブランシュがそれを聞いてハッとしたような顔をした。ユリアは話を続けた。
「あなたの問題解決能力は、私の目から見ても優れているわ。だからあなたはこの子爵領の中だけに留まって良い人材ではないと思う。いずれ王都に出て行くべき人だわ。だからインタビュー記事を今は載せない。自分から持ちかけておいてなんだけれども、今そう決めたわ」
ブランシュもコクコクと首を振っている。
「わかりました。新聞記事にならなくても全然構いません。そして僕を買ってくれていてありがとうございます。嬉しいです」
そう言って僕は頭を下げた。
「ではビジネスの話を。この前の騒動の時にブランシュが商店に新聞を置いてもらったでしょう。あれは続いていますか?」
話題が変わったのでブランシュが姿勢を正した。
「もちろんよ。商機は逃すなってね、一度掴んだチャンスは離さないわ」
「さすがです。でしたらブランシュとも話していたのですが、協力してくれたお礼として、それらの店の広告を掲載してあげたらいかがですか。一ヶ月二週分ですか、初月は無料で。その後は広告料をもらうんです。もちろん契約継続しない選択肢もありますが、サブスクも無料期間が過ぎても大部分のユーザーは継続するじゃないですか。あれと同じです」
「なるほど。それは良いアイデアだわ。早速実行に移しましょう!」
決断力〜!
「それから印刷機の改良版が導入できたら印刷可能な部数が増えますよね?そうしたらどうしますか?新聞の発行間隔を縮めるんですか?僕は出版業を始めたらどうかと思うのですが」
「出版はねぇ、私も考えてみたのだけれど、既得権を持つお高い本の版元とバッティングするんじゃないかしら。叩き潰されるわよ」
「ええ、だから棲み分けるんです。既存の本は宗教書や歴史書などが主じゃないですか。もっと庶民向けのハウツー本とか料理のレシピや雑誌とか、高尚でない分野に限るんです。江戸時代の蔦谷重三郎みたいに。そしたら購買層も平民が中心で、あちらから文句言われないんじゃないかな。共同で出版社を立ち上げましょうよ」
「ふーん、それも良いわね。ハウツー本なら自分で書かなくても良いもの。書いてくれる人を探して原稿料を払えば良いんでしょ。それも採用!なんかやる気出てきたわ、ウフフ」
「いずれユリアさんと一緒に出版社を立ち上げたいです」
と言う僕をブランシュが見る。(また仕事を増やして)という心の声が聞こえた気がした。
「アラン君、今度ここではなくて我がアルトハイム領邸でお茶会にご招待したいわ。ゆっくりとお話したいし。とは言っても隣の領だけど遠いわね。ミュゼット号ならそうでもないかしら」
「僕は三男で社交の機会も経験もなかったのでマナーが心配ですが、お話したいのは同じなので、色々片付いたらお伺いしたいですね」
「約束よ」
相手がユリアさんならお茶会初めての僕でも大丈夫かな。
「ところでユリアさんは料理は得意ですか?」
「アラン様、貴族女性はご自分では料理なさらないですよ」
「前世記憶の持ち主として聞いているのよね。残念ながらキャリアウーマンだった私は、簡単な物しか作れないわ。炒め物とか鍋とか定番のカレーくらいね」
ブランシュはユリアが「できない」と言いながらも、いくつかできる料理をあげたことに驚いたようだ。
「この世界の料理って味気ないものが多いでしょう?調味料も塩とハーブと香辛料ぐらいで。もっと美味しい料理を食べたいと思いませんか?」
「思うわよ。醤油とか味噌とかほしいわ。サルモネラの心配がなければマヨネーズも」
「ですよねー。マヨネーズかぁ。ワクチンは無理としてもを卵を洗浄して、産卵後短期間で消費すれば安全なんですよね。だったら作れるかも。他にもこの世界でも再現できる前世料理があれば食べたいな」
「食べたことがない美味しい料理には私も興味があります!」
ブランシュが食い気味に話に入って来た。思わず三人で笑ってしまった。久しぶりに大きな口を開けて笑うユリアを見た気がする。
カイルの下町の話と合わせて書くつもりだったのにユリアの所で一話分の分量になってしまいました^^;次はカイルの所へ行くか、閑話にするか検討中です。次は6/16更新を予定しています。ブックマーク&評価をして頂いた読者様、ありがとうございます。励みになります。これからだんだんとイベントが増える見込みですので、お楽しみに。




