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【66】異世界初の秘密保持契約〜結ぶ〜紙の改良とローラーの発注

里帰りしたアラン、今度はテオのいるリヴェルトへミュゼット号で向かいます。助手席にはブランシュじゃない誰かが座ります。

「ブランシュ、植物紙を改良するためにテオのところへ行って打ち合わせをして来る。ミュゼット二号で行くのでブランシュはお留守番しててね。お尻を大事にして欲しい」

「承知しましたわ。さすがに今回私はミュゼット号での遠乗りは遠慮しておきます」

 帰省の時に往復乗って随分と堪えたらしいので、今回はついて来るとは言わなかった。代わりにブルーノが嬉々として助手席に座っている。後悔しなきゃいいんだけど。


「アラン様、ミュゼット号への乗車をお許しくださってありがとう存じます。前々から一度は乗ってみたいと憧れていたんです」

 さすが貴族対応も任されている中堅店員。どれだけ乗りたかったのか丁寧な言葉で説明してくれているよ。うん、今の内だけだねきっと。


 水タンクを満タンにして、さらに予備タンクも積んでリヴェルトへ出発する。船が進む川沿いの道だ。川に近づいたり離れたりするようだ。水位が低下した時に船だけでなく陸路で木材を運べるようにしてあるので、道幅が通常の街道より広くミュゼット号でも走りやすい。前回よりは揺れないかな。


「ブルーノ、乗り心地はどうだい?」

 そろそろ尻が痛くなった頃だろうと聞いてみた。

「アラン様、この乗り物は馬車よりは揺れないですね。振動も馬車ほどではないですし」

 おお、ブルーノは馬車に乗り慣れているから、それよりは楽だというのか。

「車輪を木そのものや鉄を巻いただけのものと違って、皮を巻いているからね。その分地面の凸凹をいくらか吸収できているんだ。そのうち板バネを取り付けたいと思っているけれど」

「板バネですか?それは馬車にも応用できるのですか?」

 おっと彼も商人だった。商売ネタとみるとすぐに食いついてくる。

「板バネは聞いたことはないかい?木や鉄の板を重ねたものだけど」

「皮ベルトでキャビンを浮かしてしまうことで振動をなくす仕組みを取り入れた馬車はあったのですが、ブランコのように揺れるので、乗客によっては船酔いみたいな症状を呈するのであまり普及していません」

「ふーん、そうなんだ」

「うーん、板バネ方式が優れているのなら、うちの店は馬車までは守備範囲に入れていないから、他の商会と提携して………」

 おっと、商売についての妄想が始まっちゃったよ。確かにこの世界の馬車の乗り心地を劇的に改善しちゃうかも。


 途中で水補給の休憩を挟みながら早めの昼食を摂りつつ順調に走行して、半日でリヴェルトに着いた。桟橋辺りからウッドワークス工房への道は傾斜が会あっておまけに狭いので、空き地を見つけて駐車した。キーは付けていないけれど、誰も操作できないだろうから置いといても大丈夫だろう。ハンドルロックだけはしてある。


 さすがに道を覚えたので、今回はブルーノの案内がなくても工房へ辿り着くことができた。

「アラン様、また私はお話を聞くことができないのでしょうか?することがなくて退屈で」

「そうか、ブルーノはレイモン商会の人間だから秘密は守ってくれるとは思う。でも、もしレイモン商会を辞めて他の商会に移ったりしたら秘密を喋っちゃうかもしれないだろう?それが心配なんだ」

「では、誓約書を書くのではどうですか?」

「秘密保持契約か。それは前から考えていたんだ。今のところ個人的な信用で僅かな人には秘密を話しているけれど、誓約書を交わしたほうがいいかもね。よし、ブルーノが第一号だ!」


「テオさん、訪ねて来ましたよー!」

 ブルーノが大声で呼んでくれる。

「ほいほーい」

 と軽いノリでテオが顔を出した。

「儲かりまっか?」

「ぼちぼちでんな」

 と僕たちだけに分かるギャグを挨拶がわりにすると、ブルーノの目が点になっていた。何も言われなくても奥のベンチへと向かう。


「テオさんちょっと待っててね」

 僕は鞄から紙とペンを取り出し、サラサラと秘密保持契約を書き出した。条文を書き終えると自分の署名をして、ブルーノにも署名させた。本来なら同じものを複製して交わすのだが、一方的な賠償責任だからこちらが貰うだけでいいだろう。

「秘密保持契約書か。もしかしたらこの世界初なんじゃないか、これは。歴史的瞬間に立ち会ってしまった」

 テオは悪戯っぽく笑って言った。

「これでブルーノに僕たちの話を聞かれても問題ないよ。意見を言ってもいいからね」

 そういうとブルーノは嬉しそうに笑顔を作った。


「早速ですけれどテオさん。生産力能力の向上はどうですか?」

「うん、パッチはいい腕で紙漉きをしてくれているよ。勘のいい奴でも一週間で八割の歩留まりなのに四日でそのレベルに達したんだ。もう今は九割以上だね。ずっと働いて欲しいくらいだよ」

「そうですか。もしパッチが望むならそれでもいいですけど。乾燥工程はどうですか?」

「水力風車の導入で乾燥時間は短くなった。ただ水を引いているので、湿度があがっちまうから、乾き切るところは自然乾燥に任せてる。時間は短縮したけれど紙の移動とかの手間は増えたな」


「実は僕がBプランとして人力扇風機を開発したんです。試作機はもうできて動作試験済みです。クランクを軽く回せばそれなりの風量が出ます。大きさは普通の扇風機ぐらい。ガードはありません。ただ人がついて回し続ける必要がありますけど。女の人でも楽に回せますよ。必要ですか?」

「何じゃそりゃ。人力扇風機か。ここらにも孤児がいるから何人か雇って交代で回させれば使えるな。何台あるんだい?」

「四台作っています。夏場に普通に扇風機として使えるので」

「それじゃ二台買うよ。送ってくれるかな」

「結構な値段しちゃいますよ。今後納入してもらう紙を現物の分割支払いでどうですか?」

「のった!それで手を打とう!」

「Win-Winですね!」


「お二人の話を聞いていると、新しい商売の仕組みに使えそうな話がポンポンと出てきますね。とても興味深いです」

 ブルーノが興奮して笑った。

「そうかい?オイラたちはそんなに珍しい話をしているかねぇ、アランさま〜?」

 とテオが片目をつぶって悪戯っぽく言った。


「さて、これからが本題ですよ。テオさんに僕の方から要望があるんです」

「おや、紙の増産だけでなく他にも何か?」

「蝋原紙や油紙に使える薄い紙を作りたいんです」

「紙を薄くしたいと。それでアイデアはあるのかい?」

 元エンジニアのテオが含むところがあるような雰囲気で聞いてきた。

「テオさんも考えつかれると思うのですが、乾燥前の紙を二本のローラーで挟んで圧縮します。そうすれば余分な水を排出して薄い紙ができます。おまけに乾燥時間も短くなるでしょう」

「おお、正解なんじゃないかい。俺もその仕組みは考えたんだが、リヴェルトは木工の街なんで良い金属工房がないんでな。ゴムローラーがあれば一発なんだろうけれど」


「想定する紙の最大の大きさはどのくらいですか?それと手廻しで設計してもいいですか?」

「横幅は十五ディギスあればいいだろう。いや、余裕を見て二十ディギスとしよう。手廻しでもいいが、クランクの手廻しハンドルを取り外しできるようにしてくれると、後で動力に繋ぎやすいだろう」

「そうですね、水力を使えますもんね。できれば早くモーターを作り出したいですね」

「そうなんだ、電気は俺のオハコだからな。目に見えないものはこっちでは難しいよな。できたら魔術に見えるかも」

「電気ができればなぁ」

 僕とテオは前世でいかに電気に囲まれていたかを思い浮かべた。


「そうそう、その魔術なんですけど、絶賛練習中です!」

 キリッとして僕は言った。

「そいつは初耳だ!」「それは初耳です!」

 レオとブルーノがハモった。

「ひょんなことで神官見習いと知り合って魔術の初歩を手解きしてもらったんですよ。その後は自主練ということで」

「魔術は神殿で何年も修行しないと習得できないと聞いていますが、アラン様はそれを自主練していると?」

 ブルーノが慌てて言った。

「テオさんはご存知だと思いますが、魔法や魔術はイメージの力次第ですよね。この世界には映像メディアがないので人々のイメージ力が弱いんだと思います。それで修行に時間がかかるのではないかと思ったのです。もう少しで何とかなりそうなんですけれど」

「そっか、できるようになったら俺にも教えてくれよ」


「わかりました。ということで、今回の訪問の目的は達成です」

「おお、扇風機待ってるぜ」

「はい、必ず送ります。次の紙の納品分を少年探偵団に取りに来させますので、よろしくお願いします」

「わかった。これ持ってけ」

 テオはまたB級品の紙の束をくれた。高価な紙の束を見てブルーノは目を丸くした。

「ありがとうテオさん、バイバイ!」

「おう、バイバイな」

 僕とブルーノは工房を後にした。


「お二人の話を黙って聞いていましたが、不思議な言葉が色々と出てきましたね。それとテオさんは職人なのに貴族のアラン様の方が目下のような話し方をされていたのが不思議でした」

「そうだね、技術的にはテオさんの方が僕の先生のようなもので知識が豊富なんだ。だから賢者様に対するような接し方になってしまうのかな」

 前世での関係までは話せないので僕はごまかした。

「そうなんですね。アラン様より知識が豊富ってどんだけすごいんですか、テオさんは」

「うん、僕の知識は広く浅くだけれど、テオさんは狭く深いのかな。もちろん広い知識も持っているけれど。だから僕と話が合うのさ。これも秘密事項だからね。今日聞いたことはレイモンさんや店の人にも内緒だよ。唯一ブランシュにだけは話してもいいけれど」

「承知しました。もし秘密を漏らしたら、一生かけても払えない賠償額が降りかかってきますからね」

 秘密保持について念を押して、僕たちはミュゼット号へ水を補給して尻を摩りながら、領都ロックシュタッドへの帰途についた。


アランとテオの会話は現代風なので、書いていて楽しいです。次エピはユリアの新聞社に行くつもりで、公開予定は6/14です。

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