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【閑話3後編】里帰り~帰郷する~父様の苦悩

アランの久しぶりの帰郷のドタバタが前編でした。後編は男爵の悩みです。

「いやあ、馬なし馬車に乗ってみると、まっこと馬車とはまったく別の乗り物であるな。領都まで宿泊しないで行けるとは、なかなかの速度だ」

 アランの運転で助手席に乗って屋敷の近所を一回りしてきた男爵は上機嫌で言った。それを聞いた残りの家族が口々に乗りたいと言ったが、もう暗いのでそれは明日の朝にしようということで、皆は納得した。


 その後はこれまでの積もる話をしながらの笑いの絶えない夕食が終わり、ブランシュが自室に下がって、アランは男爵に呼ばれて執務室でデスクを挟んで彼と向かい合って立っていた。二人だけで話したいとのことで、カミーユ兄様も自室に戻った。机の上に広げられた何枚もの収穫報告書(羊皮紙)を男爵は見つめていた。


「アラン、そこへ座りなさい。」

 男爵の正面のソファに腰掛ける。

「アランが家を離れている間に我が領にも色々と変化があったのだよ。そのような小さな変化は領都まで伝わらないだろうがな。」

 男爵は少し苦笑交じりに言った。

「子爵様がもう直ぐ陞爵しょうしゃくされ伯爵様になることが決まった。これまでの王家に対する貢献を認められたのだ。そこで私も西開拓地を任されることになった。なんでもゴタゴタを起こした男爵家があって、そこの領地の一部らしい」

 アランは心の内で(「それってもしや、例の事件に関係あるのかな?」)と思った。しかし、領地が増えのたならおめでたい話であるはずなのに、なぜかアランの父親であるプラード男爵は、先ほどまでの朗らかな笑顔が消えて眉間に深いシワを刻んだまま、ペンを持った手をとめた。


「実はここ何年かはお前の提案した農法で、元からの領地は収穫量が上がっていたのだが……やはり、新しい西開拓地は小麦の育ちが良くないのだ。あそこの土は痩せている上に、ここ数年の長雨のせいで地力が完全に落ちている。これでは今年の冬、人口の増えた領民を飢えさせてしまうかもしれん」


 真面目で領民想いな男爵の、祈るような、しかし諦めを含んだようにボソっとつぶやき。アランは静かに背もたれに寄りかかり、どこか温かみのある笑みを浮かべた。


「父様。農業ってやつを、精霊の機嫌や天候任せのにするのは、やめにしましょう」

「アラン……? 冗談を言っている場合ではない。天候ばかりは、我ら人間にはどうにも――」

「天候を左右することは無理でも、収穫についてはどうにかできるんです、やり方次第で…」

 アランは机の上の報告書を指先で指し示した。


「父様、西開拓地は雨が多い。雨が降り続いた土壌は、目に見えない酸が溜まって酸性に傾き、作物が病気になりやすくなるんです。……街の建築現場で使われる漆喰のクズや、石切り場で捨てられる白い石つまり石灰石を焼いた粉を知っていますか?」

「ああ、壁を塗る材料だな。それがどうした?」

「あれを細かく砕いて、畑の土に混ぜ込んでみてください。余分な水分を吸収してくれて、おまけに酸に傾いた土が、中和されて作物の根が張りやすくなります。効果はすぐにでますよ」

 男爵は、ペンを握ったまま固まったした。聞いたこともない「土が酸性になる」という話、そして建材のゴミが農薬になるという突飛な助言に、理解が追いつかないようだ。


 アランの口調は、まるで常識について話をするかのようだ。

「それだけじゃありません。パン屋や鍛冶場の暖炉から毎日捨てられている木灰きはいは根や茎を強くします。それから前から使っている骨粉も下町の食堂でゴミになる動物の骨を集めてくれば、ただ同然で実を大きくする最高の肥料になるんです。……父様、農業は、これまでやっていたような経験や勘に頼るものじゃないんです。土に足りない養分を、正しく補給してあげるものなんです」


「土に……栄養を補給する……」

 プラード男爵は、息子の言葉を反芻するように呟いた。そう言えばアランは幼い時に輪作の提案をしてくれて収穫を増やしてくれた。成長して目の前にいるアランは、かつて領地でくすぶっていた頃の息子ではない。領都ロックシュタッドで数々の有能な仲間を従え、自らの商社を率いる一人の商人としての経験が、その静かな佇まいから滲み出ている。

「僕が領都で作ろうとしている新しい実用書(雑誌)にも、このような土壌改良の知識を載せるつもりです。ですが、その前に――この知恵を、まずはプラード領の西開拓地で試してください。肥料集めならうちの事務所の連中にも手伝わせますから」


 アランは立ち上がり、父親のデスクにそっと手を置いた。

「国の偉い学者たちが書いた高尚な本には、こんな泥臭い『ゴミの活かし方』なんて載っていません。だけど僕の個人的な助言を信じてくれれば、秋にはあの痩せた開拓地が、豊かな黄金の麦畑になりますよ」


 息子のあまりにも自信に満ちた「助言」を前に、プラード男爵は深い感嘆の息を漏らし、ゆっくりと口元を緩めるのだった。アランの言葉のほぼ全ては百科事典と理科の教科書の受け売りなのだが。


 こうして久しぶりの故郷訪問がアランから男爵への農業の助言がハイライトになった。セリアがブランシュとの仲を勘ぐってくるのにアランは辟易したけれど。


次回は6/12公開予定です。薄い紙を作るためにリヴェルトのテオのところへミュゼット号で向かいます。

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