【閑話3前編】里帰り~帰郷する~ブランシュとドライブ
このエピソードは登場人物が多いため、第三者視点で書きます。アランがミュゼット号でプラード領へ帰郷します。
アランは次々と自ら仕事を増やしていたが、今回はミュゼット二号機が完成したので、試走も含めてプラード領への里帰りをきめた。現代日本の車と違ってサスペンションがないので遠乗りはしんどいのだが、馬車に比べたら幾分はマシである。それでも運転席でハンドルを握るアランは上機嫌だ。
そして助手席には何故かブランシュが座っている。里帰りに彼女がついて来る理由はないのだが、久しぶりに男爵様とご家族にお会いしたいと言われれば断ることはできない。本当はミュゼット号に乗ってみたかっただけだろうと推測している。アランにはガタガタと揺れる車内で隣で少しおすまししつつも、内心楽しそうなブランシュが可愛く思えた。二人とも土煙を避けるためのゴーグルをしている。
「アラン様、馬車よりも速く進むので景色が流れるようですね」
と大声でブランシュが言った。エンジン音が大きいのでなかなか会話が弾まない。それでも蒸気自動車から見る風景をブランシュなりに楽しんでいるようだ。アランは初めて新幹線に乗った時に、似たような感想を抱いたことを思い出した。
「もうプラード領に入ったから、もう少しで着くと思うよ」
プラード男爵領の屋敷を囲む静かな並木道に、突如として「バババババ!」という、聞いたこともない耳にしたことがない大きな音が鳴り響いた。門番の兵士たちは「すわ、野生の獣の襲来か!?」と色めき立ち、槍を構えて身構えた。騒ぎを察知したアランの父・プラード男爵も、ただ事ならぬ気配に険しい表情で剣を手に屋敷から飛び出してきた。
「防衛線を崩すな! 一体何が来るのだ……っ!?」
兵士たちが息を呑む中、土煙の向こうから姿を現したのは、狂暴な獣ではなく、ギラリと陽光を反射する鉄の塊――多数の鉄の鋲が並んだボディを持つ「ミュゼット二号機」だった。
その不思議な乗り物は、まるで生き物のように滑らかな動きで男爵の目の前へと滑り込み、キィと小気味いいブレーキ音を立てて停止した。
「ただいま戻りました、父様!」
運転席のドアが開き、ゴーグルを外したアランが笑顔で手を振った。男爵は完全に腰を抜かし、開いた口が塞がらない。「あ、アラン……? お前、それは一体……いや、それが馬無し馬車か!?」と、我が子のあまりに規格外な帰郷にパニックに陥っていた。アランの姿を見た門番の兵士は警戒を解いた。
そこへ、助手席のドアも静かに開いた。降りてきたのは、まるでおとぎ話の絵本から抜け出してきたかのように美しい、見事なドレスをまとったブランシュだった。彼女はサスペンション無しの激しい振動でお尻が痛むのを完璧なポーカーフェイスで隠し、男爵に向けて優雅に一礼する。
「お久しぶりでございます、男爵様。アラン様の素晴らしい蒸気自動車の乗り心地を、一番に体験させていただきました。道中、大変快適でございましたわ」
商人の娘としての完璧な淑女の微笑みと、その後ろで誇らしげに胸を張るアラン。少し話を盛っているとは思ったが。驚きの再開からようやく我に返った男爵は、「快適、だと……? お前はまたとんでもないものを創りおって……!」と呆れ果てつつも、一段と逞しくなった息子の姿と、立派な淑女に成長したブランシュを前に、破顔して二人を温かく迎え入れるのだった。
男爵が二人を屋敷へと招き入れると、屋敷の皆が勢揃いしていた。カミーユ兄様は貴族学院を卒業して家で父様の元で領主の補佐をしている。シャルル兄様が今は学院の寮に入っているので不在だ。遊びをせがんでいたクリステルも、間もなく女学院へ行くことになる。二人ともにこやかに「お帰りなさい」とアランの帰郷を喜んだ。
「あら、アラン! 帰ってくるなり物騒な音を響かせて……って、まぁっ!? ブ、ブランシュ先生!?」
玄関ホールにパタパタと現れた男爵夫人は、鉄の怪物(二号機)での帰郷よりも、アランの隣に佇む見知った美少女の姿を見て、文字通りひっくり返りそうになった。
「お久しぶりでございます、奥様。不躾ながら、アラン様のご帰郷に同席させていただきました」
流れるような完璧なカーテシー。かつてこの屋敷に何年も住み込み、アランたちに礼儀や学問を叩き込んでいた頃と変わらない、おとぎ話の姫君のような微笑み。その懐かしい姿に、母親は両手を頬に当てて目をキラキラと輝かせた。
「まぁ、まぁまぁ! ブランシュ先生じゃない!領都へ戻られてからどうされているか気になっていたのよ。それにしてもアラン、あなた手紙で『新しい馬車を作ってる』なんて言ってたくせに、何年も住み込みで我が家を支えてくれた元家庭教師の先生をわざわざ連れて帰ってくるなんて……いつの間にそんな甲斐性を身につけたのかしら!? もしかして、そういう関係に……!?」
「そ、そういう関係って何ですか母様!?」
「お、奥様! 違います、私はアラン様の事業をお手伝いしている側近として同乗しただけで、そのような大それた関係ではございません!」
必死に手を振って否定するアランと、かつての教え子の親の前で顔を真っ赤にして弁明するブランシュ。そんな二人を見て、母親は「まぁ、現役の先生だった頃ならともかく、今はもうお互い立派な大人ですしねぇ」とニヤニヤとした笑みを隠そうともしなかった。
一方、父親である男爵は、未だに外のミュゼット二号機が気になって仕方がない様子で、アランの肩をガシッと掴んだ。
「おいアラン。色恋沙汰(?)の言い訳は後だ。それより新聞で読んではいたがあの鉄の塊はなんだ? 馬もいないのに、なぜ自走する? ブランシュ先生、我が家の馬鹿息子が変な魔導具に先生を巻き込んで、道中ご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「いえ、男爵様。アラン様の素晴らしいミュゼット号の乗り心地を、一番に体験させていただきました。ただ……」
ブランシュがそこで言葉を切り、青い瞳をチラリとアランに向けた。
「……アラン様? まだサスペンション――ええと、衝撃を吸収するバネがないと仰っていましたけれど。ここまで来るの、実はお尻が死ぬほど痛かったですわよ?」
「うっ……! ご、ごめんってば」
馬車なら何度も馬のために休憩を入れるのだが、ミュゼット号ではアランの集中力が切れてきたら休むという具合だったので、休憩の回数が少なかったのと、馬車なら二日かけて来る行程を一気に駆け抜けてきたからだろう。
完璧な淑女の笑みを浮かべたまま、かつての「先生」のトーンでちくりと刺すブランシュ。実は彼女も、何年も住み慣れたこの屋敷に着くまで、激しいガタゴト揺れのせいで、車を下りた今もお尻の感覚がなくなりかけているのを必死に堪えていたのだ。
そんな二人の、昔の家庭教師と教え子でありながら、今はどこか対等な相棒のようでもあるコミカルなやり取りを見て、男爵は豪快に笑い声を上げた。
「はっはっは! ブランシュ先生にそこまで言わせるとは、相変わらずとんでもない奴だ。お前が街で新聞社を手伝っていることも、下町の職人をうまく使っていることも風の噂で聞いてはいたが……まさか我が家の元家庭教師殿を助手席に乗せて、概念からひっくり返した乗り物で帰ってくるとはな。さすが俺の息子だ!」
誇らしげに胸を張る父親と、未だにブランシュを「未来のお嫁さん候補」として大歓迎している母親。
「よし、積もる話は山ほどあるわ。ブランシュ先生、久しぶりに我が家でゆっくりしていってね。アラン、あんたは先生のお部屋を整えてもらいなさい!」
「はいはい、分かりました……っ」
「コレット、アリス、お願い!」
アランは久しぶりに会って成長した二人のメイドにブランシュの部屋の用意を頼んだ。
お尻を撫でながら、勝手知ったる我が家のような屋敷にホッとしたように微笑みながら二階へと階段を上るブランシュ。アランは彼女の姿を見ながら、心の中でそっと呟いた。
(よし、まずは部屋に案内して……それから父さんに二号機の試乗をさせて度肝を抜いてやろう。いや、その前にブランシュのために一番柔らかい最高級のクッションを用意しないと、後で元家庭教師としての居残り補習(物理)が待ってるな、これ……)
アランの賑やかすぎる里帰りは、こうして始まったたのだった。
書いていたら五千字を超える長さになってしまったので、前後編に分割して一日おきではなく続けて更新します。




