【閑話2】カイルの独立~喧嘩する~カイルが工房を飛び出した過去
リヴェルトに行ってテオとうまく話がまとまって良かった!今回はカイルとユリアとアランとの出会いをカイル視点で書きました。ついつい第三者視点になってしまうのを修正しつつ書きましたが、まだ残っているかもしれません。3000字超と少し長めです。
主要キャラ紹介:●ギレム・ド・ロックブリュン 領主 ●アラン(大智)男爵家三男 ●ベルナール・ド・ラ・プラード男爵 父親 ●セリア 男爵夫人 ●カミーユ 長兄 ●シャルル 次兄 ●クリステル 妹 ●コレット メイド ●アリス メイド見習い ●ブランシュ 家庭教師 ●ジョゼフ 執事 ●シルヴァン 庭番 ●マノン メイド頭 ●ロルフ・ヴェーバー アランの護衛 ●ピエール 店長 ●レイモン 商会長 ●エリーズ ブランシュの母 ●メートル・トマ 親方 ●ヴィクトール・ルナール ライバル商会長 ●テオ 製紙職人 ●ユリア・フォン・アルトハイム ヘラルド新聞社主 ●カイル 鍛冶職人 ●ルーク 少年探偵団団長
俺がかつて所属していた工房の親方は、技術を「目で盗め」「盗まれるな」と頑なに隠す、典型的な旧時代の職人であった。ある日、俺が作業の効率化と品質安定のために、簡単な手順を記した覚書(マニュアルの原型)を作ろうとしたことで、決定的な衝突が起こった。
「技術を文字にするなど愚者のすることだ! 誰にでも真似できるようになったら、俺たちの価値はどうなる!」
と激昂する親方に対し、俺は真っ向から反論した。
「技術を隠し持ったまま職人が死ねば、その技術も一緒に死ぬんだ! なぜそれがわからない!」
「自分が作り出した技術は自分のものだ。自分が死んでもこれと見込んだ弟子に伝えるからそれで十分だ」
「弟子をとる前や弟子が技術を完璧にマスターする前に死んじまったらどうしようもないじゃないか!」
「もういい、お前のようなわからず屋で、親方の俺の言うことを聞けないやつは破門だ!」
「わからず屋はどっちだ!いいさ、こっちから辞めてやる」
そう言って工房を飛び出した。若くして独立を余儀なくされた俺を待っていたのは、ギルドによる執拗な嫌がらせであった。材木の仕入れルートを圧力で潰され、俺が納品した家具には「ギルドの規格を満たしていない」と不当な難癖をつけられ買い叩かれる。嫌がらせは数年間に及び、俺は長らく「腕はいいのに、まともな木材すら売ってもらえない貧しい変わり者」として、ラスト地区(鉄さび街)の片隅で耐え忍ぶことになったのである。
◇
俺がギルドの嫌がらせによって干され、まともな仕事も木材すらも手に入らなかった暗黒の不遇時代のことである。孤立無援の彼の工房に、場違いなほど気品のある一人の令嬢が訪れた。彼女の名前はユリア・フォン・アルトハイム、様々な商取引の独占権を持つ大貴族の娘でありながら、新聞社の社長をしている令嬢であった。
彼女が持ち込んだのは、誰も引き受けたがらない、全く新しい印刷技術――『謄写版(シルクスクリーン・ガリ版)』の開発依頼であった。
薄暗い工房で、俺は持ち込まれた奇妙な仕様書を睨みつけ、鼻で笑った。
「お嬢様、冷やかしなら他を当たってくれ。見ての通り、うちはギルドに睨まれてる落ち目の工房だ。それに、こんな目の細かい絹布を使ってインクを透過させるなんて、正気の沙汰じゃねえ。おまけにこの漫画みてえな図面はなんだ。どこの工房も断ったんだろ? 構造が繊細すぎて、今の職人の『勘』じゃ形にすらできねえからだ」
俺はあえて突き放すように言った。しかし、ユリアの琥珀色の瞳は少しも揺らがなかった。彼女は真っ直ぐにカイルを見つめ、凛とした声で返した。
「ええ、ラスト地区中の名だたる工房に断られましたわ。みな一様に『前例がない』『職人の技術を愚弄している』ですと。ですが、彼らが断ったのは技術的に不可能だからではありません。ギルドの古い因習と、未知の技術への恐怖から目を背けているだけです」
ユリアは一歩前に出て俺に迫ると、さらに言葉を重ねた。
「私は、既存のギルドの枠組みに囚われない、真に腕のある職人を探していました。カイル、あなたには技術を『秘匿』するのではなく、常に合理性を求める姿勢があると聞き及んでいます。この謄写版が完成すれば、安価で迅速な情報伝達が可能になり、一部の権力者が知識を独占する時代は終わります。あなたのその燻っている技術、私に賭けてみませんか?」
「知識の独占を終わらせる」、その言葉は俺の胸に深く刺さった。技術を隠匿し、自分を追い出したギルドへの怒りと、新しい技術への飽くなき好奇心が、俺の職人魂に火をつけた。
「……ハッ、大層な大義名分だな。だが、面白い。誰もが匙を投げた難題を形にしてみせるのは、職人として、俺をコケにした連中への最高の嫌がらせになりそうだ」
俺は不敵に笑い、ユリアの手から仕様書をひったくるように受け取った。
「ただし、注文は細かいぞ、お嬢様。インクの粘度、枠の固定精度、絹布の張り具合……全部一から実験だ。時間も金もかかる。覚悟しておけよ」
「望むところですわ、カイル」
ユリアは満足そうに微笑み、二人は固い握手を交わした。これが、後にアランの「技術の明文化」に繋がる、異世界の印刷技術革新の真の始まりであった。
それからというもの、貴族であるユリアの署名入り注文書を見せると、取引相手のやつらは手のひらを返したように俺の注文を聞くようになった。ありがたい。
◇
そんなカイルの所へ印刷機の二号機が欲しいとこれまたお貴族様の坊やがユリアと一緒に現れた。驚いたことにその坊やは馬なし馬車の開発者だというのだ。彼を一目見てなぜだか俺と似た匂いを感じた。それで厭がおうもなく製作を引き受けた。印刷機の肝になるパーツは予備があったので苦労はしなかった。二号機の納品後直ぐに使いが来て鉄筆等の一式が欲しいと言ってきたので、試し刷りに必要なものは添えてあると返事をしたら、後日すごく感謝された。いい気分だぜ。
それからしばらくして探偵団の小僧の先触れの後にアラン様がやって来た。何やら紙の束を抱えていた。
アランの持ち込んだ製紙機械の設計図と、そこに添えられた「詳細な作業マニュアル(工程管理、ネジの締め付けトルク、各部品の許容誤差の数値化)」を目にした時のことである。
「……おい、坊ちゃん、これはなんだ?」
俺は図面を握りしめ、驚愕で声を震わせた。そこには、職人が長年の勘で培うはずの領域が、すべて誰にでも理解できる『数字』と『言葉』でロジカルに明文化されていた。何せ正面からだけでなく横と上からの三方向から見た図面なのだ。これなら間違いようがない。
「これは『設計図』だよ、それも三面図のね。カイル」
アランは当然のように言った。
「職人の勘は素晴らしいけれど、それだけに頼っていたら技術の発展スピードが遅すぎる。誰もが同じクオリティで組み立てられる仕組みを作れば、優秀な職人は『さらにその先』の新しい技術開発に時間を割けるようになるだろう?カイルの印刷機の寸法を隅々まで測って改良案を図面にした。もちろん机上の設計なので、このままでは実現できないとは思うけれど、そこは君の技術で突破できるだろう?」
と坊ちゃんは挑戦的な目でカイルを見た。
その言葉は、かつて俺が親方にぶつけ、ギルドに踏みにじられた理想そのものであった。(俺がやりたかったのは、これだ……! 閉ざされた職人の世界を、このガキはひっくり返そうとしている!)
「……クソ、たまげたな。坊ちゃんの言う通りだ。これなら、勘に頼る隙がない」
カイルの胸の中で、長年くすぶっていた職人魂が、これまでにない激しさで燃え上がる。
「よし、決めたぞボス。この製紙機械、ただ組み立てるだけじゃ面白くねえ。俺の持てるすべての技術を注ぎ込んで、お前の設計図以上の『完璧な精度』で仕上げてやる。ギルドの老いぼれどもが、腰を抜かして悔しがるような最高の一品をな!」
いつの間にかアランをボス呼びしていることにも気づかず俺は一人で舞い上がった。
俺はニヤリと不敵に笑い、さっそくノギスと工具を手に取った。アランの理想に魂を震わせた俺が、異世界の技術革新の歯車を大きく動かした瞬間であった。
カイルにこんな過去があったなんて。次は5/28更新予定です。エピソードに何を書くか未定です。もしかしたら魔法ができちゃうかも。




