【46】植物紙の里~川を上る~テオを訪ねて三千里?
ブランシュに前世を打ち明けてすっきりしたアランは、テオに会いに川を船で上ります。ちょっと長くなってしまったのですが、ここは分割せずに一気に読んだもらった方がよさそうです。
ユリアと会ってから数日後、僕とブランシュは領都の城壁の外の船着き場に向かった。カリス川を船で遡り、テオがいるリヴェルトへ向かうのだ。
領都の巨大な石造りの城壁を背にすると、目の前にはカリス川の豊かな水流を活かした活気あふれる船着き場が広がっていた。朝の冷ややかな空気の中、川特有の湿った水苔の匂いが鼻をくすぐる。周囲には、荷箱を積む人足たちの荒っぽい掛け声や、滑車がキリキリと軋む音、そして絶え間ない水のはねる音が響き渡っていた。
岸辺には大小様々な平底船や帆船が係留されている。
「坊ちゃん、リヴェルトまでか? 馬に引かせる大きな船じゃあ、あちこちの船着き場で荷下ろしを待たされて日が暮れちまうぞ。俺の小舟なら、中洲の間を抜けて夕暮れ前には着けてやる!」
日焼けして筋肉の隆起した船頭たちが、威勢よくアランたちに声をかけて来る。
「あちらが、テオのいるリヴェルト行きの乗合船ですね。アラン様、あちらに乗りましょう」
ブランシュが客引きの船頭を毅然と無視して定期便を選び、木製の桟橋を一段踏みしめて船に乗り込むと、ほどなく船が桟橋を離れた。
川幅が次第に狭まるにつれ、周囲の景色は賑やかな街並みから深い緑の渓谷へと移り変わる。両岸には切り出されたばかりの丸太が巨大な筏として組まれ、杉や檜の清涼な香りが川風に乗って漂ってきた。
時折、上流から流れてくる木の破片を避けながら、力強い竿さばきで進む。その舟の先には、山肌を切り拓いて作られた木材の集積地と、水車が激しく飛沫を上げるリヴェルトの町が見え始めていた。
◇
船着き場から一歩足を踏み出すと、川から引き揚げられたばかりの濡れた丸太が道の両脇に高く積まれ、瑞々しい木の香りが町全体を包み込んでいた。商店の軒先を縫うように、資材を運ぶ大八車や商人の馬車がせわしなく行き交う。その隙間を縫って歩けば、どこからか絶え間なくノミを打つ音や鋸<のこぎり>の小気味よい音が響いてくる。
石畳の緩やかな坂を上り、立派な梁を構えた商家や宿屋が並ぶ目抜き通りを抜けた先に、ひときわ大きな音と木の粉が舞う、活気あふれる木工工房が見えてきた。
工房の前で荷物を運んでいる男をつかまえて尋ねる。
「ここはウッドワークス工房でしょうか」
「ええ、そうっすよ」
「間違いないですね。テオさんを呼んでもらいます」
ブランシュが工房の中へ入っていく。
「何か用ですかい?テオは俺ですが」
やっと会えた。年齢は僕とそう変わらないように見える。
「あなたが植物紙を作ったので間違いないかしら?」
「へえ、さいです」
ハニーゴールドの髪に琥珀色の瞳をした少年が答える。職人の風体だがその目は妙に透明感があってどことなく知性を感じさせる。
「ヘラルド新聞のユリアさんに聞いて訪ねて来たの。こちらは男爵家三男のアラン様よ。私は秘書のブランシュ」
「アラン様、アラン様とね。どっかで聞いた名だな。えーっとなんだっけな…」
しばし考え込むテオ。
「そうだ!馬なし馬車のアラン様ですかい?」
テオはポンと拳でもう片方の手のひらを叩いて言った。
「俺もあんた、いや坊ちゃんに会ってみたかったんだよ。蒸気自動車のアイデアはどっから来たんですかい?」
問いながらもテオの目がいたずらっぽく光った。この際直球勝負を挑むことにする。
「この国にはない知識を得たもので。」
「この国ではねぇ。じゃあ隣国ですかい?」
「いいえ違います」
「もしかして…異世界とか?」
やっぱりそう来たか。僕はニヤリと笑った。
「ピンポーン!正解!」
「こりゃぁたまげた、ビックラポンだ!」
「く〇寿司かい!」
「ハハハハ」「ガハハハ」
ボケてツッコんで、二人は同時に大声で笑った。こんな冗談が通じるのは久しぶりだ。
「ここで立ち話もなんですから、工房の裏手のベンチへ行きましょう。今は誰もいないので。い~まは~もう~だれ~も~ってか」
(アリスの唄を知っているって中身は何歳なんだろう。)
◇
僕は新聞社訪問の後でブランシュにしたのと同じ話をした。
「なるほど。前は中学三年生生だったんだね」
テオの口調が、前世を思い出したようなざっくばらんなものに変わった。日本人同士だから違和感がない。
「テオさんは前世で何をしていたんですか?」
「俺は家電メーカーのエンジニア。電気機械工学科っていう電気も機械もどっちもやる学科出身だ。まだ入社三年目だったけどな。親父が町工場の経営者だったから、気が付いたらエンジニアになっていたよ」
「そうだったんですね。それでどうして紙を作ろうとしたんですか?」
「この世界って知識が口伝でしか継承されないだろう。進歩が遅いんだよ。やっぱり文書に残して知識を継承しないとだめだとエンジニアの血が騒ぐんだ。仕事じゃ企画書・仕様書・設計図・作業手順書・組み立て図・検査マニュアル・サービスマニュアルその他いろんな文書が必要だったからな。俺はまず自分の工房でマニュアルを作ろうと考えた。だけど羊皮紙は値段がめちゃ高いだろ。やっぱり植物原料の紙が欲しかったんだ。ないなら自分で作っちゃえって」
「さすが元エンジニアですね。実は僕も『トラ技(トランジ〇タ技術)』や『ドゥ〇パ!』なんていうDIY雑誌を読んでいました。物づくりは好きなんです。後で紙を作っているところを見せてもらうことはできますか?」
「親方が技を他人に盗まれるのを嫌うから、今すぐは無理だな。その内見せてやるよ」
「わかりました。実は僕の実家の領地にある森の木を使って製紙工場を作ろうかと考えているんです。それの技術援助をしてもらえたらと思うんですが。もちろんきちんと契約書を作ってライセンス料を支払います」
「ライセンス料か!自分で工場を作らなくても紙が売れるたびにお金がチャリンチャリンと…。それなら親方も文句言わねぇだろう。俺の一存では決められないがいいだろう。手伝う方向で考えるよ」
「ありがとうございます」
「おいおい貴族様なんだから、他の人間がいるところじゃ俺に敬語なんか使うなよ」
「ええ、内輪だけにしておきます。日本での目上の人との会話を思い出してつい懐かしくなっちゃって。えへへ」
「元の世界の年齢とこの世界の年齢、その上こっちの身分制度…ややこしいよな」
「そうですね。ユリアさんも貴族で転生者だって知ってました?」
「えっ、マジか?いや直接は聞いてねぇが話し方がいいとこのお嬢様っぽくねえなとは思ったよ。元日本人なら納得だ。なんだよ、三人とも同郷かよ!」
テオは愉快そうに笑った。
「テオさんもお忙しいでしょうから今日のところはこれで帰ります。いずれ日を改めて、ユリアさんと三人で会いませんか?」
「おお、わかった。そうしよう。ブランシュちゃんもまたな」
そうだ、帰る前に植物紙を手に入れなくちゃ。
「テオさん、僕も植物紙を百枚くらい欲しいんですけど」
「そうだな五十枚ならなんとかなるよ」
「じゃあそれだけください。ブランシュお金を渡して」
「んじゃ、工房の出口で渡すよ」
僕たちは同時にベンチから立ち上がり、工房の裏口から中へ戻った。
「はい、これが植物紙五十枚ね」
「それでは失礼する」
僕は紙を受け取ると他の職人に聞こえよがしに言う。
「毎度アリが十匹!ありがとうっ!」
「ウフフ」僕の演技が台無しだよ。
笑っちゃったけど普通の商取引に見せかけて僕たちは工房を後にした。
「テオさんたら私のことをブランシュちゃんですって。私は成人で彼はまだなのに」
「仕方ないよ。中身が二十五、六歳でブランシュより年上なんだもの、中身は」
「ええ、そうですね。なんだか不思議。年下なのに、自分より人生経験が豊かな人と話しているような感じ…。アラン様と同じなんですもの」
それが異世界知識?転生者?の特徴なんだろうかと僕は思った。とにかくひとまず会談は成功だ。
テオさん、いい人で良かった。さて前世記憶三人組がそろったところで、いよいよアランは活動を始めます。何やら新しい集団を集めるようです。次回は5/2更新予定です。




