【44】人材発掘2~勧誘する~異世界新聞社主ユリア
前回は長くなってしまったので本エピソードへの続きとしましたが、こちらも長くなってしまいました。新聞社のユリアってどんな人なんでしょうか?
慌てて飛び出してきたユリアは、カラスの濡れ羽色を思わせる艶やかな黒髪に、東洋的な顔立ちをしていた。しかし、その瞳は紫水晶のような鮮やかな色彩を放っている。切れ長の目は鋭いが、整った鼻筋と相まってかなりの美人だ。
「子爵様に献上された、あの『馬なしで走る鉄の怪物』を作った技師長って……この坊やのことなの!?」
なんともエネルギッシュな感じで性急な性格が全身から溢れ出している。まだお互いに自己紹介もしていないのだから。
「まあまあ落ち着いてください。まずは座ってお話しできる場所はありませんか」
ブランシュが興奮する彼女をなだめるように優しく声をかけた。
「あら、私としたことが……取り乱したわ、ごめんなさい。さあ、中へどうぞ」
彼女はカウンターの仕切りを持ち上げ、僕たちを招き入れた。
「それからこの花をどうぞ」
先ほど花屋で買った花束を差し出した。
「あら、ありがとう」
そう言って彼女は花束を受け取った。
一歩足を踏み入れると、そこは情報の嵐の真っ只中だった。机の上には新聞や原稿の束が、今にも崩れんばかりに山をなしている。奥の壁には王国の地図と子爵領の地図が並べて貼られ、あちこちに書き込みの印が。デスクの中央には大きな砂時計が置かれ、刻一刻と迫る時間を告げていた。
部屋の隅にある頑丈な長机には、黒インクまみれのローラーと、木枠の重なりがある。近くで見ると、やはりガリ版刷りに似た簡易印刷機だ。これを毎日、手作業で回しているのだろう。
案内された応接セットは、深緑色のソファーが使い込まれた証拠に座り癖で凹んでいた。中央のテーブル代わりには、大きなインク瓶の空き箱が裏返しに置かれ、その上に無地の板が載っているだけ。彼女は、装飾よりも効率を重んじる実利主義者のようだ。
「では、改めまして、私がヘラルド新聞のユリア・フェザーよ。よく来てくれたわ。一度会ってみたいと思っていたのだけれど、あなたの方から来てくれるなんて最高だわ」
名字があるということは貴族か。口調も対等だ。しかし、その口調には特有の気取りが全くない。
「私がアラン・ド・プラードです。こちらが秘書のブランシュ」
「ブランシュです。以後お見知りおきを」
「さて、早速インタビューさせてもらえるかしら? こんな棚ぼたなネタ、逃すわけにいかないのよ」
早口だしせっかちな人だな、まったく。
「先に私の用件を話させてもらえないでしょうか?」
「ああそうね、目的があって来たんですものね。いいわ、どうぞ。」
「ユリアさんは新聞を発行するのに植物紙を使っていますよね。ここで作っているのですか?」
「ああ、興味のポイントはそっち?植物紙は買っているわよ。羊皮紙は高くて採算が取れないから」
他から仕入れているのか。半分はそうじゃないかと思っていたよ。
「では、その仕入れ先は?どこで植物紙を入手しているのですか?」
「あら、あなたも植物紙を買いたいのかしら?いいわ教えてあげる。秘密でもなんでもないしね。リヴェルトという川沿いの町でウッドワークス工房のテオという見習いから買っているわ」
「植物紙は欲しいけれど仕入れたいわけではないんです。そのテオさんに会いたくて」
「親方じゃなくて見習いのテオの方に会いたい?それはまたどうしてかしら」
ユリアの好奇心を刺激したらしい。身を乗り出して聞いてきた。
そこで僕はブランシュや父様に話したのと同じ内容で説明した。要するに商社のようなものを作りたいので協力者を探していることについて。
「一人では改革ができないので、ユリアさんとテオさんにも協力してほしいと考えています。テオが見習いの身で植物紙を作ってしまうなんて只者じゃないと思うんです」
ユリアは瞳をキラッといたずらっぽく輝かせた。
「あなたさっき商社って言ったわよね。この世界に商社なんてものは存在しない。新聞社もなかった。私と同じような表現を使うってことは、あなたも前世記憶の持ち主なのかしら?」
ドクン、と心臓が跳ねた。
「もしかしてあなたもそうなんですか!?」
ユリアはニヤッと笑って
「ええ、そうよ」
と平然と言った。横でブランシュが驚愕の表情を浮かべて目を丸くしている。彼女にはいずれ話そうとは思っていたけれど、突然のネタバレに僕は焦るが説明は後にするしかない。
「アラン様…」
「ブランシュ、後で説明します」
驚いて物問いたげな彼女を制止してユリアに先を促した。
ユリアは続けて簡単に自分が記憶を取り戻した経緯を話した。僕と同じ時期に高熱を出して目覚めたら日本人でキャリアウーマンだった前世を思い出したそうだ。
「私はフリーランスのライターだったの。自分が死んだ経緯をはっきりとは思い出せないのだけれど、向こうの世界で突然死んで気が付いたらこっちの貴族の愛人の娘の体に記憶として蘇ったわけ。転生なのか魂だけが宿ったのかわからないけどね」
自分のことではとっくに受け入れてしまっていたけれど、こうした人のケースを聞くと驚きだ。新聞を発行したり植物紙を使ったりガリ版印刷をしたりと彼女が数々の新機軸を生み出しているのも納得だ。
「テオさんも同じなんでしょうか?」
彼も前世記憶持ちなのか気になる。
「最初に買い付けに行ったときに話しただけなんだけど、この世界の職人っていう感じの人だったわ。でも親方からも見習いの身で『そんな金にならないもん作ってどうする』って叱られてたみたいだから、もしかするともしかするかもよ」
なんだかユリアさんはこのやりとりを面白がっているようだ。
やっぱりテオに会いに行かなくちゃ。
「それでガリ版刷りの機械はユリアさんが開発したんですか?」
「それねー、苦労したわよ。私は根っからの文系なので印刷機なんて作れっこないと端から諦めて最初は手書きでやっていたのよ。毎日何十枚も書き写していたら手の指の関節が腱鞘炎みたくなっちゃって痛みが引かなかったわけ。なんとかしたかったけれど活版印刷なんてまだ発明されてないし、木版画じゃ字を掘るのはしんどいしで悩んでいたの。
そんな時に高校の文芸部に置いてあった古いガリ版印刷の機械を思い出したのよ。当然私たちの時代は既にコピー機だったけど、部室に先輩たちの遺産だからってガリ版の機械が一式捨てずに残っていたの。それで自家製本の文集を作ったりもした。あれならこの世界の技術でもなんとかなるんじゃないかと思って、あちこちの工房に頼みこんだけど断られてばかり。やっと一人の独立したての若い職人が仕事に困ってて引き受けてくれたわけ」
すぐにガリ版の機械ができたわけではなく、蝋原紙を作るのにも時間がかかったらしい。またインクを塗る時にインクの量が多くなりすぎないように上に薄い布のスクリーンを置くなどの改良をほどこしたとのこと。それには前世記憶で印刷を実際にやったことが役に立ったみたいだ。
「すごいですね、ユリアさん。あなたは人を動かす才能があるんじゃないですか?」
「まあね、私って結構ガツガツ行くタイプだからさ。」
なんだろう。初対面でもこう話に引き込まれるのは。なんかコミュ力お化けなんじゃないこの人。取材にもこのコミュ力を使っているのだろうな。
「だけどもっと部数を増やすなら印刷を機械化した方がいいですよね。少なくとも手で一枚ずつ印刷するのではなくて。そのあたり僕が協力できるかもしれませんよ」
「ほんと、マジ助かる!」
思わず日本人の素が出てしまったユリアさん。久しぶりに聞いた「マジ」という響きに、僕はなんとも言えない郷愁を覚えた。
ユリアがふとデスクの砂時計に目をやると、砂はあとわずかだった。
「おっと、もっと話をしていたいところなんだけど、今日の原稿の校了が迫っているの。さっきの商社の立ち上げに協力する話は受ける方向で考えておくわ。また相談しましょう。それで今度インタビューもさせてね!」
「わかりました、いいですよ。ところで2階の鳩小屋はもしかして伝書鳩ですか?」
「そうよ、何か面白いことがあったら鳩を飛ばすように頼んでいるところがあるの」
やっぱりそうか。情報の速報性まで意識しているのか。僕とブランシュは立ち上がった。
「本日はお忙しいところお時間を割いていただきありがとうございました」
「ずいぶん日本人らしい挨拶ね。じゃあまた!」
具体的な協力案までは詰められなかったが、確かな手応えを感じながら、僕とブランシュは新聞社を後にした。
ずいぶんとせっかちで活力にあふれた女性でしたね。さて、隠していた秘密をブランシュに知られてしまったアラン。どんな言い訳をするのでしょうか?次は4/28投稿予定です。




