【42】領都へ上る~引っ越す~領都での拠点を確保した
商社の構想を打ち出したアラン。いよいよ領都での生活が始まるよ。
引っ越しの準備を整え、荷物をまとめた。僕の荷物と一緒に、ブランシュ先生の荷物も積み込む。彼女は僕と一緒に領都へ行く……というより、実家へ帰る形になるのだ。荷馬車を先に送り出し、僕と先生は男爵家の馬車で領都へ向かう。
「ブランシュ、お手をどうぞ」
僕はそう言って、彼女が馬車に乗り込む手助けをした。初めて呼び捨てで呼んだが、なんとも面はゆい。だが、僕もこの世界の作法には慣れたものだ。手袋越しとはいえ、先生の手を取るくらいではもうドキドキしない――はずだ。
御者台の隣には、護衛のカイルが座る。玄関先には家族と使用人が勢ぞろいして見送ってくれた。
「体に気を付けるんですよ」「活躍を期待しているぞ!」「兄様、お元気で」「ブランシュ先生、アランをよろしく!」「坊ちゃん、寂しくなります……」
家族や使用人たちが、口々に別れの言葉をくれる。
「行ってきます!」「長い間、お世話になりました!」
僕と先生が声を揃えて返す。心の中で僕は「いずれコレットをメイドとして呼び寄せるからな」と誓った。馬車が速度を上げるとともに、次第に屋敷が遠ざかっていく。僕たちは姿が見えなくなるまで、窓から身を乗り出して手を振り続けた。
◇
宿場で一泊し、翌日、領都のレイモン商会に到着した。
「アラン様、お待ちしておりました」
「レイモン、この度は世話をかけるね」
呼び捨てにするのは不遜な気もするが、身分差を考えるとこれが自然なのだ。
「いえいえ、恩あるアラン様のためなら、できる限りのことはさせていただきます」
「ただいま、お父様!」
「ブランシュ、よく帰ってきたね。すっかり見違えたじゃないか」
レイモンと妻のエリーズは、久しぶりに会う娘の大人びた様子に、心底ほっとしているようだった。
「ブランシュ姉、おかえりなさい!」
弟のリュカも笑顔で迎えてくれた。僕には弟がいないので、こうした年下の男の子も可愛らしく思える。
「ピエール、アラン様をお部屋にご案内して」
「はい、旦那様。……アラン様、二階でございます」
レイモンに促され、ピエールの後について階段を上る。当然、ブランシュも一緒だ。
案内されたのは、以前は会議室兼物置だったという場所だが、見事に改装されていた。現代で言えば2LDKほどの広さがあるだろうか。
ドアの正面には立派な執務机があり、背後の本棚にはまだ隙間がある。窓からは通りが見渡せ、清潔なカーテンが揺れていた。
机の前には応接用のソファーとテーブルがあり、簡単な打ち合わせはここで済ませられそうだ。部屋の奥はカーテンで仕切られ、僕のベッドと箪笥が置かれていた。足元には、先に届いた私物の箱が積まれている。
「あら、この部屋も見違えましたわね。アラン様、気に入っていただけましたか?」
「ええ、もちろん。ピエールさん、準備万端整えていただき感謝します。必要になったものの費用は後で請求してください」
「いえいえ、旦那様からの仰せですから。それでは、後ほどお茶をお持ちします。アラン様は荷ほどきをされてはいかがでしょうか」
ピエールが下がると、ブランシュが明るい声を上げた。
「私もお手伝いします!」
「ありがとう。……でも、二人きりのときは丁寧すぎなくてもいいですよ。生徒だった時と同じように話せませんか? どうも、貴族らしい話し方は肩が凝ってしまって」
「ふふ、切り替えが難しくないのでしたら、喜んで。私もその方が話しやすいですわ」
その後、二人で楽しくおしゃべりをしながら、荷物を箪笥へと移していった。
◇
片付けを終えた後、レイモン夫妻を交えてお茶の時間となった。ここで、自分の展望を伝えておく必要がある。
「この度は私のわがままを聞いていただき感謝します。私が領都で何をしようとしているのか、説明させてください」
夫妻は背筋を伸ばし、真剣な面持ちで頷いた。
「レイモン商会と私は、これまで共に歩んできました。私は三男坊で家に縛られることもありません。そこで、ここを拠点に『物づくり』に邁進しようと思っています。……正確には、『物』だけでなく『事』もです」
「『事』、でございますか?」
「はい。形のある製品だけでなく、形のない『仕組み』や『情報』そのものに価値を持たせたいのです。新聞がその第一歩です。これからの時代は、情報の流通や、新しい取引の仕組みが大きな力を生むでしょう。それらを取り扱う組織――私はそれを『商社』と呼んでいますが、それを作りたいと考えています」
「情報と商社……。実に見事な、新しい考え方でございますね」
「そのためには、既存の枠にとらわれない人材が必要です。ここを拠点に仲間を探すつもりです。もちろん、新商品の開発も並行して行い、当面の運転資金も稼ぎます。協力していただけますか?」
「もちろんですとも! アラン様は当商会の恩人です。何を差し置いてもご一緒させていただきますよ」
「助かります。……そしてもう一つ、お願いがあるのです」
僕は姿勢を正し、ブランシュを見つめた。
「ブランシュを、私の秘書として雇いたい。成人された彼女には縁談などの話もあるでしょう。もし難しいのでしたら、今ここで断ってください」
「いえいえ! 本人も商売の方が向いていると言っておりますし、まだ結婚する気はないようですから、願ってもないお話です」
「ええ。行き遅れの心配は多少ありますが(笑)、この子は自分の意志を貫く子ですから。母親としても、本人が望むなら大賛成です。ねえ、ブランシュ?」
「はい、お母様!」
よし、最初の関門は突破だ。ここから僕の、本当の「成り上がり」が始まる。
次のエピソードでは新聞社を探してユリアに会おうとします。4/24 6時投稿予定です。




