【21】レイモン商会~訪問する
美女と二人で宿に泊まったアラン。翌日はいよいよ領都へ入ります。
「アラン君、領都の城壁が見えてきましたよ。」
先生が指さす方を見ると城壁のレンガが見えてきた。城郭都市っていうやつだ。やはり男爵領に比べると大きいな。だいたい自領は都市と呼べるほどのものじゃないし。領地で一番大きいのが家の屋敷だもんな。御者が門兵に登録証を見せるとすんなり領都に入ることができた。大勢の人が歩いているので馬車も速度を落とす。目抜き通りは石畳で舗装されている。門を入ってすぐは宿屋と商店が集まっているし、露店も出ている。前世基準で言うとアーケードのない浅草仲見世通りぐらいの規模か。しばらく行くと馬車が止まった。
「着きましたよ、アラン君。」
先生に促されて馬車を降りる。先に降りて、先生に手を差し伸べる。紳士たるもの淑女のエスコートを忘れてはならないのだ。店は立派な石造りの建築で小さいながらもこの世界では高価なガラスのショーウィンドウがあり、扉の上部にもガラスがはめ込まれている。高級店の雰囲気がある。店の扉を開けて中へ入ると、チリンとドアチャイムの音がした。カウベルのような音と比べて涼やかで高級感がある。
「おかえりなさいませ、お嬢様。」
という声がして店長と思しき栗色の髪に琥珀色の瞳をした中年のイケオジがやって来た。
「ピエール、こちらアラン様です。」
「ようこそいらっしゃいましたアラン様。お嬢様がいつもお世話になっております。私はピエールと申します。どうぞこちらへ。」
と店の奥に案内された。そこには応接間があった。
「アラン様、オーナー夫妻を呼んでまいります。」
と言って出て行った。すぐに30代と思われる先生の両親が入ってきた。男性はグレーの髪に濃紺の瞳、女性は銅色の髪に緑の瞳をしている。
「アラン様、遠い所へご足労いただきまことに恐縮でございます。私がブランシュの父親でレイモンです。」
「私が母親のエリーズです。以後お見知りおきを。」
「アラン様が考案された五目ならべとカルタは当商会のヒット商品になりまして、いまだに売れ続けております。素晴らしいアイデアをご提供いただき、私共一同とても感謝いたしております。」
とレイモンが言った。
「それはどうも。」
「この度のご来訪の目的につきましてはブランシュから手紙でおよそのことは知らされておりますが、店の中をざっとご覧になりますか?」
「お願いしよう。」
と貴族らしく言おうと思ったが、性に合わないので
「お願いします。」と言ってしまった。
領都の中心部に近い商店街は前世日本なら銀座などに相当するので高級な店なのだろう。商品がずらっと陳列されているのではなく、カウンターを挟んだ店員の後ろにディスプレイされている。品物を指定して手元で見せてもらう方式だ。値の張る高級品は盗難とかもあるだろうしこれが一般的なのかな。ちょうど天使の装飾が持ち手に付いているティーカップを購入している若い女性客がいた。自分用なのだろうか。セットではなく単品買いだ。デザインが気に入ったみたい。
店員はカップが割れないようにわら半紙のような黄色っぽいような茶色っぽいような紙でくるんでいる。紙には何やら手書きの文字がびっしりと書かれている。包装紙ではなく何かの紙の再利用らしい。まあ、緩衝材だから十分だし、紙が高価なこの世界には包装紙という概念は存在しないようだ。でもあの紙は羊皮紙ではないみたい。いずれ調べてみたいと僕は心にとめた。
「そろそろ工房へご案内します。」
レイモンの言葉に思考の世界から現実に戻された。店の扉から出て外へ回る。工房は表通りに面してはおらず、店の裏手に前世でいうと倉庫のような建物があった。うん、いかにも工場という感じだね。工房の入り口をくぐったところで完成した商品を抱えて運んでいる若手職人とぶつかりそうになった。
「こりゃすいません!お客さんが来るので片付けようとしてたんでさ。間に合わなかったようで。」
と言ってそそくさと奥へ引っ込んで行こうとした。
「親方を呼んできなさい。」
レイモンが職人に言った。
「へい、今行きやす、だんな。」
奥から声がしてもじゃもじゃの栗毛でヘーゼルの瞳をしたひげ面のおっさんが出てきた。腰のベルトに工具とタオルをぶら下げて、いかにも職人といった感じだ。
「こちらが五目ならべを発明したアラン様だ。」
「へえ、こんなにお若い坊ちゃんがあれを。こりゃあたまげた!あっしがメートル・トマでさ。メートルっちゅうのは親方って意味です。名前はトマの方ですじゃ。メートルって呼ばれることもありまさぁ。」
握手をしながらメートル・トマは言った。頑固一徹な強面かと身構えていたけれど意外と人が良さそうだ。
「アラン様、親方は貴族様と話すことがないので無礼な言葉遣いはお許しいただけますか?」
と先生。
「もちろんかまいませんよ。僕もその方がやりやすいです。」
「こりゃあ話の分かる坊ちゃんだ。ガハハハ。」
と豪快にメートル・トマが濃く太い眉を八の字にして笑った。
「それで今度はどういったものをお望みなんですかい?」
そこで僕はネコのマンガを見せて身振り手振りで大体の大きさと使い方を説明した。
「なるほど、よくわかりやした。確かにこれまでありませんでしたね。今受けている仕事が終わったら作らせてもらいます。3週間ほど待ってもらえやすか?」
「僕の方は急ぎませんからよろしくお願いします。」
「ところでメートルの工房はどのような物を扱っているんですか?」
「うちは木工から始まったんですが、近頃は鉄や銅などの金属加工もやってやす。」
「鍛造ですか?鋳造ですか?」
「こりゃたまげた!そんなことまでご存じで。手でやる鍛造はうちでもできます。大物は水車の動力を使うので、それが得意なところに頼んでまさぁ。鋳造も金属を溶かさなきゃならんので、専門の工房にやってもらいやす。あと平たい板状の物なら切ることはできます。」
「そうですか、わかりました。今回の試作はこの工房内で全部できそうですか?」
「ええ、細かい部品は他所から買うかもしれませんが、加工は中でやれやす。」
「では、よろしくお願いしますね。」
そう言って打合せは終了した。
今回旅をして僕は改めて思った。男爵領と領都は時速8㎞の馬車で12時間走ったとして、おそらく100㎞ほどの距離。高速道路なら1時間で行ける。それを片道1日半かけて移動するこの世界の旅はたいへんだ。鉄道や自動車があれば途中で宿泊しなくても済む。やっぱり早急に文明開化は必要だな。だって僕自身が気軽にあちこち出かけられないじゃないか。
次にブランシュについての閑話を挟みたいと思っているのですが、間に合わなかったら本編の続きにします。車で100㎞ほど走って日帰り出張に行くので。プラード男爵領とロックブリュン子爵領都とほぼ同じ距離です。現代日本なら2時間ちょっとです(^_^)v




