九話 「支配者たち」
蝋燭に灯された、大きな机の広間に、一同が会する。
傍らに立つ角の生えた老人が、嗄れた声色で話し出す。
「皆様、お集まり頂き、有難う御座います。今日の議題は、『初代魔王エヴァルシオン』様の復活についてでございます……」
─────
数分前───
大きな広間で、一人の男が椅子に腰掛けている。
漆を塗られたような黒髪に、銀色のメッシュが入り、朱と蒼のオッドアイが天井のシャンデリアを眺めている。
その男は優雅に足を組み替えると、小さくため息をついた。
場の空間が突然歪むと、中から一人の女が出てくる。
長い茶金色の髪に、金のアクセサリーを大量に身につけ、薄手の服の隙間からは筋肉質な腕が覗いている。
女は長い髪を揺らしながら、男に手を振った。
「久しぶり〜『ルシウス』。何十年ぶりかな……?」
オッドアイの男──『ルシウス』は、女を見るとまた大きなため息をついた。
「会議に出席するのはいつぶりですか……? 『シトリー』」
『シトリー』は、ヘラっと笑って見せた。
「会議に出てる『四天王』、アンタだけでしょ。そんなに今の『魔王サマ』が好き?」
ルシウスはシトリーの質問に、同じように笑って返した。
「まさか」
「でしょうね。じゃあなんで?」
「『四天王』が誰も出席しない会議なんて、まともに進行しないでしょう」
「几帳面だね〜」
シトリーは椅子にドカッと座ると、皿の上に置かれた果物に手を伸ばす。
そして、一粒を口の中に放り込むと、途端に真剣な表情に変わった。
「……初代魔王が復活したって……マジなの」
ルシウスは軽く机を小突くと、ニヤリと笑った。
「恐らくは」
「……いいね」
ゆっくりと音を立てながら、広間の大きな扉が開いていく。
「あら〜……遅かったかしらね……?」
扉の先から、真っ赤な髪と目に、黒い翼、豊満な恵体を隠そうともしない薄い服を着た女が、コツコツとヒール音を立てながら歩み寄る。
「いや、まだ魔王も来てない」
シトリーが果物を頬張りながら、女に話しかける。
女はぱっと表情を明るくし、シトリーへと近寄る。
「良かったわ〜。このお城に来るのも久々だから、どこに部屋があったか覚えてなくて〜」
「アタシが『空間魔法』で送ってあげてもよかったのに」
「大丈夫よ〜。お散歩も好きだから〜」
女はシトリーの隣に座ると、大きな欠伸をした。
「……ねぇルシウス〜……初代魔王が復活したってホントなの〜?」
ルシウスは懐中時計を見ながら、小さく舌打ちした。
「自分で調べてください」
「え〜……私にだけ当たり強〜い……」
「まぁまぁルシウス、あんまりいじめてやんなって」
ルシウスが振り返ると、そこには黒い帽子にコートを着た男がタバコを吸っていた。
「遅いですよ……『エルゴ』。それと、一応魔王城は禁煙です」
「禁煙? 知るか。あの『小娘』が言ってるだけだろ」
「人の家ではありますからね……?」
「知らね」
ルシウスはエルゴの態度に少しだけ笑うと、果物を一粒食べた。
「それにしても、『四天王』が全員会議に来るのなんていつぶりですか……?」
エルゴは、タバコをふかしながら笑った。
「魔王がアイツになってから俺はずっと来てねぇな。シトリーもそうとして……『アルリリス』ちゃんはどうなのさ?」
エルゴは、シトリーの隣に座る女───『アルリリス』に目を向ける。
「う〜ん……私もあの子になってから来てないなぁ……だから皆に会うのも本当に久々〜」
シトリーが口を開く。
「……てか、魔王サマ遅くない?」
ルシウスも長い爪をいじりながら答える。
「そうですね……そうだ。人間を生きたまま燃やすと、最期の言葉は何になると思います?」
エルゴはルシウスが言い終わる前にツッコんだ。
「お前の気色悪い趣味の話はしなくていいわ」
「てか、その話もう3回くらい聞いたんだけど……試してみたらマジだったし」
「あ、あの……! そう言う話、やめてくれませんか……」
広間の前に、長い紺色の髪の女性が立った。
黒く仰々しい服と、まだ若く、不安そうに見える顔が釣り合っていない。
そんな女の後を、黒い角を生やし眼鏡をかけた初老の男が付いてくる。
男は、大きく手を広げ、四天王たちへと向ける。
「『魔王』様が仰っているのだ! 貴様ら席につけ!」
「…………」
ルシウスは光の無い目で初老の男を見ると、静かに身体を『魔王』へと向けた。
─────
「皆様、お集まり頂き、有難う御座います。今日の議題は、『初代魔王エヴァルシオン』様の復活についてでございます……」
腰の曲がった老人魔族は、それだけ読み上げると、深々と一礼し、広間を後にしていった。
シトリーは『魔王』とその側で腕組みをしている男を見て、聞こえるよう声を大にして呟いた。
「『初代魔王エヴァルシオン』の復活だとよ……正直、アタシの意見は決まってるぜ」
その言葉に、『魔王』はビクッと肩を跳ねさせた。
それを見たルシウスも、手を挙げる。
「私から見ても、今の魔王様にその座は余るでしょう。ならば、エヴァルシオン様を再度王として迎えるべきでは? ……貴女が招いたこの現状よりは確実にマシになると思いません……?」
しかし、それに魔王の側に立つ男が反論する。
「魔王様はこのお方だけで十分だ! 他に今更初代魔王など要らぬわ! 魔族たちの混乱を避けるためにも、情報が広まる前に殺害するべきだろう!」
ルシウスは小馬鹿にしたように笑うと、また手を挙げた。
「私は魔王様にお聞きしたんです。貴方に聞いていません」
「なんだと……!?」
ルシウスは魔王を細い目で眺める。
魔王は声を震わせながら、恐る恐る呟いた。
「初代魔王様は恐ろしいお方だと聞いています……だから、そんな方が王になれば、本格的な人間たちとの戦争が始まってしまうかもしれません……! だから……私は、そんな方に『魔王』を譲るわけには……」
段々と声が小さくなっていく魔王を、エルゴが遮る。
「……で? だからといってお前さんに何ができるわけでも無い……それは、否定できないんじゃないのか」
その言葉に、側近の男が再度声を張り上げる。
「口を慎めよ! 強さしか取り柄のない低俗な連中の分際で!」
その言葉に、シトリーが立ち上がった。
額には、青筋が浮かんでいる。
「じゃあジジイ、てめぇには何があるんだよ。あ? そんなに魔王サマの権力に隠れてぇのか?」
「貴様ら……!!」
部屋内に二人の莫大な魔力が溢れ出る。
しかし、それを一瞬にして掻き消すほどの桁違いの魔力が、部屋を駆け巡った。
「っ……!!」
「喧嘩……しないでください……」
魔王の魔力に、場の全員が萎縮する。
その中で、口を開いたのはアルリリスだった。
「今、エヴァルシオンさんは何をしてるんですか〜?」
側近は、少し目を伏せた後、話し出す。
「初代魔王は今、人間の小さな村を支配している様子です」
その言葉に、エルゴが反応する。
「逆に言えば、まだ小さな村程度しか影響力が無いってことだろ?」
「じゃあ〜……とりあえず今はエヴァルシオンさんの事は保留って事にして、様子を見ましょ〜う……? 仲間にする価値がありそうなら、同じ魔族ですからスカウトすればいいですし……不要そうなら消せばいい。私たちなら、それが出来ますからね〜……?」
エルゴはアルリリスの意見に、手をひらひらと挙げた。
「俺はアルリリスちゃんの意見に賛成だ。正直、まだ決断を急ぐ時じゃねぇとも思うしな」
シトリーも深呼吸をした後、席に着く。
「……悪かった。アタシも、今は経過観察が一番だと思う。……それに、はっきり言って、エヴァルシオンよりもアタシらの方が強いと思うし、消したければ消せるってのにも賛成だ」
しかし、シトリーの言葉にルシウスが噛みついた。
「今の『王』に資格を感じますか……?」
「……ルシウス…………」
静まり返った場に、エルゴは背を向ける。
「これで会議は終わっただろ。こっちも仕事があんだ」
エルゴは、去り際にルシウスの耳元で囁いた。
「今回は保留に決まったんだ。勝手なことはするべきじゃねぇぞ……」
「言われなくても」
「……心配だな」
それだけ言うと、エルゴは音すら立てずに場から消えた。
エルゴが消えた後、ルシウスは小さく呟いた。
「『伝説』は利用するものですよ……」
「私も帰るね〜。ペットちゃん達のお世話があるから〜」
アルリリスも立ち上がり、出口の扉へと向かっていく。
シトリーは側近の男を睨むと、挑戦的に笑った。
「……今は保留にしてるだけだからな」
そう言うと、空間の歪みの中へと消えていった。
「…………………」
ルシウスは何も言わず、指を弾いて「パチン」と乾いた音を鳴らす。
その音が室内に響いた時には、既にその場に姿は無かった。
─────
室内に残された魔王は、大きなため息をついた。
「……あの人たち、怖いよ……」
それに、側近の男が答える。
「『四天王』共は貴女様の言うことを聞きませんが、ワタクシはちゃんと聞いていますよ」
魔王は、ぼそりと呟いた。
「初代魔王様は、もう人間を『支配』してるんでしょ……?」
「左様です」
「……やっぱり、あなたの言う通り、人間と仲良くなんて……出来ないのかな……」
側近は顔を伏せ、震える声で続けた。
「はい……人間は悪意の自覚なく悪意を振りかざす生き物です。我々とは違う、穢れた生物なのです」
「……そっか……」
「はい……」
伏せたその表情は、魔王からは見えない。
─────────────────────
村の畑には、『初代魔王』とザンが立っていた。
「今日は本格的に野菜の育て方を教えるぞ!」
「……『愛情』……とやらが、作物にどんな影響を与えるのか……見せてもらおうか」




