六話 「千年後の食卓」
「………………」
魔王が目覚めて初めに見た景色は、木造張りの天井だった。
自身がふかふかとした掛け布団にくるまれているのが分かる。
「目が覚めたかi」
ゴ/ウッ……!!
村長が魔王の顔を覗いた瞬間、魔王は村長に向け多量の火炎を放った。
しかし、火炎は村長を焼くことができないどころか、家のどこにも引火しなかった。
「………………」
村長は黒い煙を上げながら、眼鏡の向きを直すと、魔王に向き直る。
「身体は治ったかい?」
魔王は、自身の身体を確認する。
本来なら、自身の自己回復能力を持ってしても数日は再生に要する程の大ダメージ。
しかし、魔王の身体は元のとおりに治っていた。
「……回復ポーションか……?」
「あぁ。魔物に効くかは分からなかったけど、ちゃんと効き目があって良かったよ」
そう言って笑顔を向ける村長を、魔王は白い目で睨む。
再度村長に向けて火炎を放つかと魔力を溜めたが、その火種は途中で握り潰した。
(人間はおろか、家屋すら燃えなかったな……建材にまで魔法耐性を施せるのか……?)
「……それで、俺を利用するんだったな?」
村長は、少し驚いた後、真剣な眼差しで答える。
「そうだ。利用させてもらう」
「できるものならな」
「そのつもりだよ」
部屋に、張り詰めた緊張感が湧き上がる。
村長は軽く深呼吸をした後、その緊張を破った。
「ご飯の用意ができているが、人間の食事は食べられるかい?」
村長の対応に、魔王は口元を僅かに歪めた。
「味覚は人間のモノを持っている」
─────
リビングに行くまでの間にも、魔王の目に新しいものが山ほどあった。
生活に適した無駄のない家のつくり、窓から見える見たことのない庭の植物、知らない術式の刻まれた魔除けのお守り。
(千年……あれから千年経ったのか)
─────
「……………………」
食卓には、少女と紫電の男が居た。
少女は恐怖と好奇心を半々にしたような目で魔王をちらちらと見る。
対照的に、紫電の男は魔王への疑心を隠しきれないように、鋭い眼差しを向けている。
魔王は二人を気にすることなく椅子に座り、食卓に並ぶ料理を眺める。
「今日は『コウ』が、王都から帰ってくる日だったから、ごちそうを用意しておいたんだ」
村長も椅子に腰掛ける。
「そうだ。自己紹介をしていなかったね。私は『ザン』。この村の村長をしている。この子は……」
村長が少女へと目を向けた瞬間、魔王が口を開いた。
「興味がない」
本当につまらなそうに言い放ったのが、少女の小さな怒りを駆り立てた。
「私は『ソラ』! 絶対おぼえてよね!?」
椅子に座りながら軽く地団駄をして、大きな声で叫んだ。
「………………」
魔王は反応することなく、並んだ料理を眺めている。
また、場に少し険悪な空気が流れる。
紫電の男が睨んだのを察知した魔王は、鋭く睨み返す。
しかし、そんな事は知らず、少女は紫電の男へと話しかける。
「ほら、『お兄ちゃん』も自己紹介しなよ! 絶対に、いつだって忘れられないように、教えこんでやらなきゃ!」
少女の言葉を聞いた紫電の男は、魔王へと口を開く。
「……『コウ』だ」
「……『コウ』か。覚えたぞ」
魔王の予想外の反応に、少女は顔をぱっと明るくした。
しかし、魔王の次の言葉で、また少女は落胆する。
「初めに殺す人間の名前だ……」
「……何だと……?」
互いが威圧し合う魔力が、部屋を流れる。
しかし、今度は村長が口を開く。
「君の名前は『エヴァルシオン』だったかな? 『名持ち』の魔物なんて、初めて見たよ」
知らない単語に、魔王は反応する。
「『名持ち』……?」
「知らないのかい? 『名持ち』は文字通り、名前を持った魔物の事さ。その名前は、誰に『名付け』て貰ったんだい?」
魔王は、村長の言っている事がまるで理解できなかった。
言われてみれば確かに、名前を持ったものと持たない者が居たな……程度で、『名付け』をされた覚えもない。
「……何のことかは知らんが、自分から『エヴァルシオン』と名乗ったな」
「なっ……!?」
その言葉に、村長とコウは戦慄した。
『自ら自分に名を与える』など、犯してはならない禁忌であり、離れ業だ。
ソレを、目の前の魔物はさも当然のように、『やってのけた』と言った。
(コイツは、自分を『魔王』であると名乗り、さらに自ら『名付け』を行ったと言った……もし、本当なら、コイツは一体……!?)
コウが思考している中、少女は気の抜ける声色で呟いた。
「エヴァル……何だっけ。長いから呼びやすくしようよ。『エヴァちゃん』でどうかな?」
コウは、突拍子もない言葉に吹き出した。
「いや……それは紛らわしいだろ……!」
「じゃあ『エーちゃん』でどう?」
「『ヴァルシオン』全部略す……!?」
「やっぱり呼びやすいから『エーちゃん』にしよう!」
「ははは……!」
そんな二人のやりとりを、魔王はこめかみの血管をピクピクさせながら眺める。
その様子を察した村長は、声をあげた。
「それじゃあ、自己紹介も済んだし、そろそろ食べようか」
その言葉を待ってましたとばかりに、魔王はフォークを手に取り、料理へと向ける。
しかし、それを少女が制止した。
「『いただきます』してないでしょ!」
「……何だそれは」
「食べる前にはしないといけないの!」
魔王はフォークを掴む手を置いた。
(人間のルールに従う筋合いは無いが、無駄に恥を晒すような事はしたくない……)
「それで、何をするんだ……?」
「前で手を合わせて! 『いただきます』って言うんだよ!」
「何の意味が……?」
「命に感謝するんだよ!」
魔王は、鼻で笑った。
「殺して食うのにか?」
「だからこそだよ!」
「意味が分からんな……だが、こうすれば良いのだろう?」
魔王は、両の手を前で合わせる。
「そう! それじゃ、いただきます!」
魔王はため息をついて、ぼそりと呟いた。
「いただきます……?」
─────
魔王はフォークを持ち、料理へと向ける。
そして、匂いを確認して、口に運んだ。
その瞬間、魔王にかつてない衝撃が走る。
(美味い……)
千年の間で進化し続けた『食事』は、魔王の舌を唸らせた。
静かに、されど、誰にも取られぬよう、凄まじい勢いで口に運んでいく。
「どうだい?」
「……美味いな」
村長は、魔物の洗練されたテーブルマナーに驚愕していた。
魔物ならば、正直、犬食いかせいぜい手で食うものだと思っていた。
しかし、この魔物はフォークを丁寧に使いこなし、汚すことなく綺麗に平らげていく。
何ならソラやコウよりもフォークの使い方が巧い。
それを見て、ザンは一つの可能性が思い浮かんだ。
(この魔物は……もしかすると人間だったのではないか……?)
そんな事象は、聞いたことがない。
それでも、そう感じさせるほどの違和感が、この魔物にはあった。




