五話 「互いの利用価値」
「俺は『魔王エヴァルシオン』。……ひれ伏せ、人間」
「!…………」
目の前に立つ魔物は、自身のことを『魔王』と呼んだ。
『魔王』は、文字通り魔族の頂点に位置する存在。
一端の魔物がその名を語るなど、身の程知らずにも程がある。
だが、その不可解な言動も、青年をより困惑させた。
(『魔王』……いや、違う。そんなはずは無い。この魔物の魔力量はおそらく中級ゴブリン程度……だが、人語を理解し、発音している……)
青年は、ある『能力』を行使した。
それは、対象の『レベル』を読み取る魔法。
「……!!?」
青年の目に映ったのは、あり得ない程奇妙なものだった。
(レベル100……!? おかしい、人語を解するほどの高位の魔物が、55レベル程度の上位ゴブリン程度に苦戦するはずがない。……だが、魔力量があまりにも釣り合ってなさ過ぎる……!)
「何者だ……お前……!」
魔王は、青年に軽蔑するような目を向け、一歩近づいて見せる。
「一度言えば分かるものだと思っていたが……?」
「っ……!」
青年から見て、目の前の存在は『雑魚』に他ならない。
残っている魔力すらほとんど無い。
自身に抗う術すら持たないはずの『魔物』に、異様な圧迫感を覚えていた。
それでもなお、青年は歩み寄る魔王へと一歩を踏み込む。
外側からも、二人の領域に踏み込む事は許されないと見えた。
その一触即発の緊張感を破ったのは、少女だった。
「『お兄ちゃん』! この子は私たちを守ってくれたんだよ!? だから……!」
「…………」
青年は少女の言葉に気を取られ、魔王から視線を逸らした。
その瞬間、魔王は青年の顔面へと拳を振り抜く。
「っ……!?」
青年は紫色の閃光を散らしながら、魔王から距離を取る。
その光景を見て、少女は口を手で覆った。
「な、なんでそんな事……」
魔王は、少女をちらりと見ると、その首筋に掴みかかった。
バ/ヂッ……
「っ……」
魔王が少女の首筋に触れると、『聖』の魔法によるカウンターが発動する。
しかし、魔王は痺れて震える手でなお少女を持ち上げた。
「あっ……?」
「っ……妹から手を離せ……!!」
怒りを顕にする青年に、魔王は下卑た笑みを向ける。
「畜生の分際で俺に口を利いた罰だ」
「お前……!!!」
青年の魔力が膨れ上がっていくのを、魔王は察知した。
魔王は少女を村長の倒れる方へと投げ捨てると、高らかに嗤って見せた。
「来てみろ……!」
それは、極々刹那の出来事だった。
紫電の閃光が、魔王に向けて炸裂する。
魔王は、残り少ない魔力を絞り出し、眼前に魔法障壁を展開する。
その瞬間、魔王が利用したのは、『スタン』。
それを自分自身にかけ、かつ、半端に魔力で脳を守ることで、現代で言う擬似的な『思考加速』を再現していた。
だからこそ、魔王は決定的な瞬間を捉えることができた。
青年の煌めく鉄鎚が魔法障壁に触れると同時に、障壁は『塵となって消失した』。
(『割られた』のではない……『消された』……『魔法障壁の貫通』又は、『強制解除』と言ったところか……!!)
魔王は、睨む青年のその殺意に向け、感嘆の声を漏らす。
「がっ……!!!」
炸裂した雷鳴は、魔王の上半身を吹き飛ばし、残ったのは下半身と二対の腕、そして頭部だけだった。
(これは……再生できるか……?)
しかし、魔王は首だけになってなお、口角を吊り上げ、ニタリとした笑みを見せた。
「ハハハ……良いものを魅せて貰った……!」
そこまでで、魔王の意識はゆっくりと途切れていく。
しかし、何者かが魔王の頭部に触れた。
それは、村長だった。
自らもボロボロの中、懐から回復ポーションを取り出す。
その様を見た青年は、村長へと詰め寄る。
「な、何してるんですか……!?」
焦りと困惑が混ざった表情で見下ろす青年に、村長は真剣な眼差しで答えた。
「コイツは自分の目的のためとは言え、結果として、私たちの命を救ってくれた……それを見た時から、この一瓶だけはコイツのために残しておいた」
「でも、コイツは……」
「分かってる。コイツは危険だ」
「……なら、なぜ……」
村長は、傍らに寄り添う少女へと視線を移す。
「コイツは、少女を私に向けて投げた」
「っ……」
「無意識かもしれないが、それでも、情の無い魔物はそんな事はしない」
少女も、口を開く。
「魔王に持ち上げられた時、苦しくなかった……」
「いや、それでも……!」
納得できない様子の青年に対し、村長は続ける。
「それに、私にはコイツが『玩具で遊ぶ子供』のように見えた……傲慢で、未熟で……それでいて、純粋。……ならば、正しい道を示せるのかもしれない……賭ける価値はある」
そこまで聞いて、青年ははっとした。
かつて、自分も掲げていて、そして、潰された『理想』。
「……うまくいけば、『人魔共存』の前例になるかもしれない……って事ですか……」
「……飛躍しすぎだが、『うまくいけば』な……」
「馬鹿が……!!」
「ッ……!?」
魔王は、三人の会話を静かに聞いていた。
否、『笑いを堪えるので精一杯だった』。
机上の空論、ましてや、自身を利用した『人魔共存』などと宣う人間を、笑わないほうが難しい。
「俺が人間に絆されると……? 千年前にもいたさ、そんな妄言を吐く奴がなぁ……!」
魔王の悪態にも、村長は動じなかった。
村長は、魔王の目線へと合わせ、はっきりとした口調で続けた。
「絆す気は無いさ。……だが、人間を傷つけないでいてくれればいい」
「何……?」
「私たちには『知恵』がある。……それを欲しているんだろう?」
「……チッ……」
魔王は、一瞬村長から目を逸らした。
その反応に、村長は少し笑みを浮かべた。
「それに、たまには私が相手をしよう。人を傷つけないだけで得られる交換条件としては、破格じゃないか?」
「…………」
魔王は、村長が自身に一抹の『信頼』のようなものを向けていることに気づき、小さくほくそ笑んだ。
「……良いだろう。契約成立だ」
(その『賭け』とやらも、お前も、紫電の男も、現代の技術も……全て利用して喰らい尽くしてやろう……!)
村長は、ニッコリと笑った。
「それじゃあ、ここで再生して逃げられても困るから、一回気絶してもらうよ」
「……は?」
魔王が最後に見た光景は、村長の手刀だった。




