四話 「格上の悦び」
少女に向けられた凶風を、村長は木刀一本で弾いて見せた。
それ自体が、魔王の興味を唆る。
(あの威力の魔法を防ぐ術式か、技術か……)
「面白い。魅せてみろ、お前等」
村長は、この状況の異常性を分析していた。
(上位のゴブリンが人里まで……さらに、人語を解する謎の魔物まで出現している……だが、先程この人語を解する魔物は、子供を守ったようにも見えた……コミュニケーションを取る余地はあるのか……? いや、どちらにせよ……)
村長は木刀をより強く握り締め、構える。
(私一人ではこの魔物を纏めて相手するのは難しい……!)
三者は、互いに絶妙な間合いを保ち、極限の緊張を保つ。
「はぁぁぁっ!!」
それを最初に破ったのは、村長だった。
木刀を構え、ゴブリンへと一気に詰め寄る。
それを見た魔王は、眉間にしわを寄せた。
(その程度の速度で、あのゴブリンは掻い潜れん……)
村長がゴブリンの間合いに入ると同時に、ゴブリンも大きく棍棒を振り下ろす。
「ッ!!」
棍棒が纏う風は、村長の片腕を消し飛ばした。
しかし、そこまででゴブリンの動きは止まった。
「ぇ゙いやっ!!」
その隙を突き、村長は木刀をゴブリンへと叩き込む。
「ゥ゙ォ゙ァ゙ッ……!!」
ゴブリンは大きく仰け反り、攻撃を受けた箇所を手で押さえる。
村長も直ぐにゴブリンから距離を取り、二体の魔物を睨む。
魔王は、その一連の流れを見て、考察する。
(ゴブリンの動きを止めたのはおそらく、俺も食らった『あの』一瞬時間を飛ばされたような感覚を受けた魔法……『思考停止魔法』とでも言うべきか……)
「ゥ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ッ!!」
ゴブリンは村長へと一気に駆け出す。
「耳障りだ」
魔王はゴブリンの顔面へと拳を叩き込む。
そして、ゼロ距離で目の中に燃え盛る槍を突き刺す。
「ゥ゙ォ゙ガァ゙ッ!!」
さすがのゴブリンも眼球へのダメージは耐えられなかったのか、目を押さえ後ずさる。
(大した手応えは無い……失明すら出来ていないだろう……)
「そ、村長さん……大丈夫……!?」
「あぁ……心配いらんさ……」
少女の声で、魔王は村長の抉られた傷口へと目を向ける。
(人間の魔法耐性は確かに凄まじかった……それでも耐えきれないか、或いは生来の耐性そのものを貫通する術式か……)
魔王がそう考えているうちに、村長は懐から一つの瓶を取り出した。
瓶のなかには、綺麗な水色の液体が入っている。
(あれは……回復ポーションか? ……まさか、欠損した腕すらも治せるというのか……!?)
「っ……ぐっ……!」
村長は抉れた左腕へとポーションをかける。
すると、薄い光とともに腕が生え、完治していく。
(ありえん……)
「はぁ……はぁ……」
村長は、あの『人語を解する魔物』に対し、違和感を感じていた。
(今、あの魔物がゴブリンを攻撃していなかったら、回復は間に合わなかった……そもそも、この魔物がゴブリンと敵対している理由が、どうにも引っかかる……)
村長は、思い切って声を張り上げる。
「なぁ、そこの翼の生えた魔物よ! 共に協力し……」
しかし、その魔物は村長に対して最大限の侮蔑を込めた目を向けた。
「コイツを殺ったら次はお前だ。人間」
「っ…………」
(私とも魔物とも敵対……何なんだ……)
「ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙……!!」
「なっ……!!」
ゴブリンは魔王と村長が会話している間、密かに魔力を溜めていた。
(魔力の溜めすら気取らせないとは……小賢しいな)
「ゥ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙!!」
ゴブリンは魔力を解放し、二人へと突撃する。
「くっ……!!」
村長は直ぐさま構え直し、ゴブリンの前に出る。
それと同時に、魔王は村長の後へと身を引いた。
村長はゴブリンの棍棒をバックステップで避けると、直ぐに間合いへと踏み込む。
しかし、ゴブリンはそれを読んでいた。
間合いへと飛び込む村長を握り潰さんと手を大きく開く。
(しまっ……!)
(『滅獄掌』)
魔王はゴブリンが村長に意識を向けたその隙を突き、懐に拳を入れる。
「ゥ゙ゥ゙ッ」
それにより攻撃の軌道がずれ、村長はゴブリンの手を躱す。
魔王はゴブリンを殴った後、再度村長の後ろへと身を引いた。
(助けられた……?)
「ゥ゙ォ゙ォ゙!!」
「……クソッ!」
ゴブリンの猛攻が、村長を襲う。
しかし、攻撃が当たる寸前で、魔王はゴブリンの隙を的確に突き、ダメージを与えていく。
村長は、一見、連携に見えるその行動の意図を察し始めていた。
(私を肉壁として利用している……!!)
魔王は村長を盾とし、執拗なヒットアンドアウェイをゴブリンに仕掛けていた。
(だが、この魔物のカバーが無ければやられているのも事実……! コイツ……賢い……! だが、このままでは使い潰される……)
───私が決めきるしか無い……!
村長の木刀から、爆発的な魔力が放出される。
(これは……『聖』の魔法……予め木刀に術式を刻んであるのか……!!)
「ゥ゙ゥ゙ッ!!」
突然の魔力放出に、ゴブリンも防御の構えを取ろうとする。
しかし、村長はそれを許さなかった。
対象の思考に干渉し、一瞬だけ停止させる魔法───『スタン』。
単純明快、故に対策のしようがない、基礎魔法。
練り上げられた一撃が、ゴブリンへと牙を剥く。
しかし、ゴブリンはスタンのタイミングを、本能で察知していた。
『スタン』は基礎魔法、故に、対策などせずとも、『脳を魔力で守れば無効化出来る』。
ゴブリンの歴戦のセンスは、村長のそれを遥かに上回っていた。
「なっ……!!?」
村長の牙が届くよりも尚速く、ゴブリンの棍棒は喉元へと突き立てられる。
その瞬間、村長の木刀を、何者かが奪った。
スタンは基礎魔法、故に、脳を守れば無効化出来る。
それすなわち、『脳を守るのに、身体を守る魔力を割く』という事。
その単純明快なシステムの穴を、魔王が見逃すはずが無かった。
『聖』なる魔力を纏った木刀を、魔王はゴブリンの腹へと叩き込む。
「ゥ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ッ!!!」
ゴブリンが叫んだと同時に、木刀は真っ二つに折れ、吹き飛んでいく。
ゴブリンに初めて与えられた、大きなダメージ、それによる怯み。
さらに、ゴブリンの腹部に出現した『一対の反射魔法陣』
「死ね」
ゴブリンの傷口に、魔王の魔力を込めた拳が向けられる。
二重に張られた反射の魔法陣は、合わせ鏡のように魔王の魔法を反射し続け、ゴブリンの強固な耐性を打ち砕く。
はずだった。
拳がゴブリンに届く事は無かった。
拳に込められた魔力は、まるで水に融けるようにスーッと消えていった。
(……魔力切れ…………!?)
魔王は無自覚に、かつてとは比にならない速度で魔力を消費していた。
『二重詠唱』も、『撃臨』も、『滅獄掌』も、使用した時点で勝利が約束されていたはずの大技。
それを幾度となく使用した魔王の魔力は、枯渇する。
千年前ではあり得なかった『格上』の悦びが、魔王をそうさせた。
ゴブリンの拳が、魔王へと向けられる。
しかし、ゴブリンの拳は、魔王の眼前で止まった。
(『スタン』………!!)
村長は魔王へと飛びかかり、ゴブリンの拳から庇う。
「……余計な真似を……!!」
「借りを返しただけだ。勘違いするなよ魔族……!」
「何だと……!?」
しかし、スタンの効果は一瞬、ゴブリンは直ぐに動き出し、村長を蹴り上げる。
「がっ………!!」
村長は大きく吹き飛ばされ、地面を転がっていく。
「村長さん……」
少女は、顔を真っ青にさせながら、血塗れで倒れた村長へと歩み寄っていく。
ゴブリンは、もはや魔王に興味などなかった。
目の前で焦らされ続け、ようやくありつける、『肉』への本能。
涎を垂らしながら、少女の方へと向かっていく。
しかし、その前に立ったのは、魔王だった。
「言ったはずだ……肉はやらんとッ……!!」
言い終わる前に、魔王はゴブリンに蹴り上げられ、結界へと叩きつけられる。
「がっ……」
しかし、直ぐに立ち上がり、ゴブリンを睨み上げる。
「頭を伏せろ……下等種族が……!!」
「ゥ゙ゥ゙ゥ゙……」
ゴブリンは、棍棒にありったけの魔力を込めていく。
凄まじい暴風が、棍棒へと集約されていくその光景は、まさに天変地異のように映った。
それでもなお、魔王は臆する素振りすら見せなかった。
天変地異であるのは、自身も同じだからだ。
「愚かだな……」
───風のギロチンが、魔王を処刑する。
その時、魔王の目の端に、一筋の紫色の閃光が走った。
それは、ゴブリンへと一直線に向かい、やがて炸裂した。
ゴブリンの上半身は、一瞬にして跡形もなく消し飛んだ。
そして、一人の青年の影が見える。
青年は、魔王に向けてもゴブリンと同じ視線を向けた。
だが、それは直ぐに疑惑の眼差しへと変わった。
なぜなら、その『魔物』が、村長と『妹』を庇っているように見えたからだ。
明らかな、闘志が見られたからだ。
「……お前は、何者だ……?」
魔王は、青年に向けて大きな笑みを向けた。
「俺か……? 俺は『魔王エヴァルシオン』。……ひれ伏せ。人間」




