二十九話 「平和の代償」
「この戦争を、止めさせに来た」
そう言って、ジンは軍隊へとピースサインを向ける。
その行動が、ツォルンの逆鱗に触れた。
「この期に及んでまだ邪魔をするか……!!」
ジンの魔法『とりあえずの平和』
ピースサインを視認した者の、暴力行為を完全に封じる、異次元の魔術。
しかし、ツォルンはそれをお構いなしに、『剣を抜いた』
(……でも、これじゃツォルンの『描き換わる世界法則』には対抗できない)
「退け……ジン……!!」
凄まじい剣幕で凄むツォルンを、ジンは静かに見据え、そして、『剣を抜いた』。
「……私に、勝てると思っているのか……!? お前の『向けられた感謝を魔力にする』力があったところで……」
その言葉に、ジンは怪しげに笑った。
「そんなわけねぇじゃん」
言い終わるや否や、ジンは自らの手の甲に剣を突き刺した。
「っ……!!」
血がダラダラと流れ、地面へと吸われていく。
「『代償術式』……『魔法封印』」
『魔法封印』 文字通り、術をかけた対象に、一切の魔法行為を封じる術式。
その様子を、ツォルンは唖然としながら眺め、そして、震える声を張り上げた。
「お前……!!」
「『代償術式』のルールは、『代償』を払うことで、普通の魔法よりも強い強制力を持つ術式を行使できる。そして、掛けられた『代償術式』の効果は、自らがより大きな『代償』を払うことで上塗りできる……」
ゆっくりと語るジンに、ツォルンはもはや恐怖心を覚え始めていた。
しかし、ツォルンの覚悟も、伊達ではなかった。
「……ならば、右腕でも左足でも、くれてやる……!!」
ツォルンは自身の腕に刃を突き立てる。
しかし、身体が傷つくことは無かった。
「なっ……!」
またも唖然として腕を見つめるツォルンに、ジンは静かに続けた。
「悪いけど、僕が『君たちに』かけたのは、『魔法封印』と、『完全耐性』の強制付与だ。代償破りもさせられないんだよ」
『完全耐性』 それは、魔法、物理、環境変化、魂、その他諸々全ての危害を無効化する、超高等術式。
故に、払う代償も大きい。
「僕のいる戦場で、僕以外から血が流れた事は無い」
「……貴様……!」
「魔族側には、僕が仕向けた仲間が出向いてる。人間の他の陣営にも、名のある僕の仲間たちが止めに入ってくれてる」
「ーーっ……!!」
ツォルンは額に青筋を浮かべながら、肩を震わせる。
そして、小さく呟いた。
「ジン……お前は、大切な人を魔物に殺された事は……あるか……?」
ジンは、一瞬だけ目を瞑った後、落ち着いた口調で答えた。
「ある」
「……それでも……共存を望めるのか……?」
ジンは、ツォルンへと歩み寄り、掠れる声で続けた。
「こんな事を言うのはアレだけどさ……僕も、魔物と仲良しこよしがしたいわけじゃないんだ」
「えっ……」
「ただ、争う世の中を終わらせたい。復讐の連鎖を終わらせたい。その大義に、僕自身の感情は要らないんだ」
涙を浮かべながら顔を上げるツォルンに、ジンは目を合わせる。
「……僕だって、許せないヤツくらいいるよ。できることなら、八つ裂きにしてやりたい。何万回殺したって、足りない。……でも、『共存』するためには、それを許さないといけないんだ」
「っ……共存が、実現したら……魔族の罪は帳消しになると……?」
その問いに、ジンは静かに答える。
「『魔族の』だけじゃない。『僕らの』罪もだよ」
「なっ……」
「人間だって、何万、何億と魔物を殺して、それを常習化してきた。だから、互いに許し合うしか無いんだ」
「……クソッ……!!」
ツォルンは、涙を勢いよく袖で拭った。
ジンはそれを見て、苦しそうに、笑った。
「僕も、この戦争が無事に終わったら、そいつに一言謝罪貰いに行こうと思ってる」
「…………」
「一発くらい、ぶん殴っちゃおうかな」
ツォルンは、少し、苦笑いを浮かべた。
「何が『確約された平和の勇者』だよ……」
「へっ……」
ジンは、青空の先を見上げ、小さく息を吐いた。
(それもこれも、エヴァルシオンが何とかしてくれるのかどうかにかかってるんだけど……)
「はぁ……ほんと、気が気じゃないよね……」
─────
現魔王アラディアと、初代魔王エヴァルシオンが、一対一で向き合う。
「……後悔……しないで下さいね」
そう言った瞬間、莫大な魔力が溢れ出し、空間を歪めていく。
エヴァルシオンは、ゆっくりと『魔導書』を取り出した。
魔力で書を浮かべパラパラとめくり、アラディアの膨大な魔力に向き合う。
「はあっ……!!」
アラディアが右腕を大きく振りかぶった瞬間、正面の空間が捻れ、黒い虚空が形成される。
「えっ……」
しかし、アラディアは一つの事に気付いた。
右腕の鎧が、外されている。
「っ……!」
アラディアが咄嗟に振り返る。
そこには、外したであろう鎧の一片を手に持ったエヴァルシオンが居た。
「魔王といえど……鎧は惜しいか?」




