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二十八話 「蠱毒の一雫」


 人魔戦争開幕まで、あと一時間。

 その時、魔族の大軍の前に現れた、一体の魔物。


 それは、あまりにも矮小で、脆弱で、そして、濃い。



 エヴァルシオンは、現魔王の前に立ち、堂々と大軍を一望する。

 臆すことなく歩み寄るエヴァルシオンに、現魔王の側近は声を上げた。


「何だ貴様は……! この御方は魔王様だぞ……?」


 エヴァルシオンは、前に出た側近の老人に対し、蔑んだ視線を向ける。


「貴様に発言は許可していない。け」


「っ……!?」


 その凄まじい威圧感に、側近は一歩後ろへと引いた。



「……おい。ルシウス、居るか」


 エヴァルシオンがそう言うと、大軍の中から一人の男がゆっくりと出てくる。

 そして、エヴァルシオンへと跪いた。


 大軍がざわつき始める。



 エヴァルシオンは、人差し指を立て、ゆっくりと手を挙げていく。

 そして、勢いよく人差し指を地面へと向けた。


 大軍の魔物たちは、本能的に次々と跪いた。

 まだ目の前の魔物が何者かさえも知らぬまま、気づけば頭を下げていた。



 だが、それに従わない者もいた。

 ほぼ全ての魔物が頭を下げる中、三人の魔物はエヴァルシオンを静かに見据えている。



 現魔王が、兜の中で反響した言葉をエヴァルシオンへと投げかける。


「何者ですか」


「……貴様から名乗れ」


「……私は『魔王アラディア』といいます。……貴方は……?」


「『魔王エヴァルシオン』」


「なっ……?」


 アラディアは、兜の中で驚愕の声を上げる。

 そして、跪き続けているルシウスへと目を向け、それが事実であると確信した。


 エヴァルシオンは、目の前の『現魔王』を冷静に見定める。


(計り知れない程の無尽蔵の魔力……この場にいる全ての魔物の魔力量を足し合わせてもなお、コイツ一人の魔力量の方が多いだろう……)



 向き合う『現魔王』と『初代魔王』を、傍らから眺めるのは、『魔王四天王』の三人。


 シトリーは、跪くルシウスを見て、薄く笑いを浮かべた。


(そういう事かよルシウス……! 既にあの初代魔王にツバつけられてたワケねぇ……面白い、ぶっ壊してみたくなるよ……!)



 エヴァルシオンは、アラディアに向けて語りかける。


「俺が望むのは、現魔王アラディアとの一騎打ちだ」


「っ……!!」


 その言葉に、場が震撼する。

 しかし、それに臆さない者もいた。



 『魔王四天王・アルリリス』

 現魔王に次ぐと言われる、最凶の魔物。


(あれが初代魔王なのね……聞いていた通り、力は大したことないわ〜……邪魔される前に、お片付けした方がいいかも〜……)


 アルリリスは、両手で小さく印を組む。


(『確殺術式』……)



 エヴァルシオンは、視線をアラディアから逸らすことなく、呟いた。


「王と王の一騎打ちに泥を塗ろうとするとは……良い度胸だな」


 そう呟く目には、一切の光すら無かった。


(ひっ……!?)


 アルリリスに、得体の知れない悪寒が走る。



 目を向けることすらしない。

 する必要が無い。


 文字通り、『眼中に無い』。


 それを自覚させられるのに、それ以上の何も要らなかった。


 気づけば、己の頭の高さを恥じ、目と鼻の先に地があった。



 当然ひれ伏したアルリリスに、シトリーは驚愕の声を上げる。


「は……? おい、何して……」


 困惑するシトリーに、側に立つ『四天王・エルゴ』が耳打ちした。


「……俺らも頭下げっぞ」


「はぁ……!? なんで……!?」


「俺らは『王』じゃねぇ」


「っ……分かった」


 ゆっくりと跪くシトリーを見た後、エルゴはアラディアの側に立つ側近の老人へと声を上げた。


「てめぇもだよジジイ」


「なっ……」


 側近の老人も、その声で咄嗟に頭を下げる。

 その後、エルゴもゆっくりと跪いた。



 それを見て、エヴァルシオンはふっと笑った。


「……始めるか。魔王アラディア」


「……えぇ……」



 一方は、無尽蔵の魔力。

 一方は、蠱毒の一雫。


─────


 人間側もまた、選りすぐりの実力者たちで構成された、『騎士団』を組んでいた。

 寸分の狂いなく統制された軍団は、えも言われぬほどの威圧感を放っている。

 

 そして、その先頭に立つのは、『勇者ツォルン』


 定められた開戦の合図まで、真剣な表情で佇み、遥か先の戦場を見据える。


「……!」


 その視線の先に、人影が映った。


 その魔力は、まるで『軍団』を錯覚するほど、異質。

 一人の魔力を核に、数多の人間の魔力が背負われている。


 やがて、その人物が『ピースサイン』をしているのが、ツォルンの目に映った。


 そんな事をする人間など、この世に一人しかいない。



「……ジン…………!!」


「……この戦争を、止めさせに来た」

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