二十七話 「終わりと始まり」
魔王は、ジンから受け取った『魔導書』と、ノートを広げ、屋根の上に寝転がる。
それに記されていたのは、かつてには無かった魔術、技法、カラクリ、概念の数々。
「ハハッ……」
千年後に復活した魔王は、ついに千年分の知識を得るに至った。
─────
一ヶ月が経った。
日を増すごとに、騎士や冒険者たちの緊張が高まり、『人魔戦争』が現実味を帯びてきているのが、人々の空気を感じて伝わってくる。
あの日から、ジンが村にまた来ることはなかった。
しかし、ジンは去り際に、村に結界を張っていた。
魔王が村にいることは、密告によりバレている。
だからこそ、魔王が狙われないよう、匿っていた。
だが、王都の騎士や冒険者は来たる『人魔戦争』に気を取られ、もはや魔王を襲撃する余裕など無かった。
コウは、ジンの手により村へと帰されていた。
魔王を匿っている村の住人とバレている以上、過激化した騎士たちに、何をされるか分からない。
それを見越して、コウも匿われている状態だ。
コウは、屋根の上で魔導書を読む魔王へと話しかけた。
「なぁ、エヴァルシオン……今いいか?」
魔王は、コウへと目を向けることなく、魔導書を真剣に読み続けている。
「なんだ……?」
「……本当に、人間と魔族は戦争になるのか……?」
「そうらしいな」
コウは、魔王を見上げながら、静かに続ける。
「止められるのか……? ……俺にできることは……無いのか……?」
「知らん。自分で考えろ」
「……そう……だな……」
辺境の村で生まれた。
無理を言って、魔法を学んで、冒険者になった。
魔族との共存なんて、夢のまた夢。
あったのは、血生臭い『本能』との邂逅。
戦争に向かうのは、当然の定め。
でも、それを止められるかもしれない。
止めようとしている奴がいる。
本気で共存を目指し続けたジンさん。
魔物を止めるために、知恵と力をつけ続けているエヴァルシオン。
「っ……」
エヴァルシオンが読んでいる本を、俺が読む資格はない。
「そうだ、コウ。覚えているか?」
魔王は、魔導書を置き、コウへと語りかける。
「『お前は俺が最初に殺す人間だ』……とな。『共存』なんてものが出来てしまったら、俺はお前を殺せなくなってしまう……」
魔王は、ゆっくりと屋根の上から飛び降り、禍々しい魔力を放出した。
「今、殺しておくとするか……?」
「っ……!!」
エヴァルシオンは、ザンと試合をしたと聞いた。
だが、それと自身に挑んだのは、理由が違うと分かった。
あくまで、魔導書の魔法の『試し台』として利用しようとしている。
それを察して、コウは笑った。
「エヴァルシオン……まさか、そんな本一冊読んだ程度で、本気で勝てると思ってんのか……?」
「…………」
「ずっと楽しみにしてたんだぜ、お前が俺に挑んでくるのをさ……なのに、そんな本にばっか気ぃ取られやがって……」
コウの周囲に、紫電の雷鳴が轟く。
「俺はここに居る」
勝負は、ほんの刹那の出来事だった。
「パチッ」というプラズマ音と共に、コウの姿が消える。
コウはまるで自身が一本の雷の槍のように、魔王を貫かんと突撃する。
かつて、魔王を一瞬にして破壊したその一撃を、今の魔王は完全に捉えていた。
今まで無理やり再現していた『思考加速』の適正化。
それにより生じた、かつてとは比にならないほどの『倍速認識』。
「っ……!!」
魔王はコウの一撃を回避し、魔力を溜めていく。
それは、ようやく掴みかけていた『空気中の魔力を利用する技術』。
魔王の右腕に、黒い雷が集約されていく。
しかし、コウは『純粋なスピード』で魔王を上回っていた。
魔王の振りかぶった拳に合わせ、蹴りを打ち込む。
「グッ……!!」
「っ……ハハッ……」
二人は同時に吹き飛び、砂を散らす。
そして、距離をとって互いに見合う。
「どうだ、殺せそうか?」
「……どうだろうな」
「まだ付き合ってやってもいいぜ」
「いい。村が保たん」
「……確かに」
二人は、同時に魔法を解除した。
その瞬間だった。
「がっ……!?」
コウの背中に、魔力の槍が突き刺さる。
それを見て、魔王は嘲笑った。
「魔王に隙を晒せば、そうなるのは当然だ」
「てめぇ……」
(大して痛くない……耐性貫通の術式は使っていない……か……にしても……)
「卑怯なマネしやがって……」
「はっ……リベンジは明日、受け付けてやる」
「………………」
─────
次の日から、魔王とコウは静かに、そして着実に鎬を削りあった。
魔物が畑の水やりをして、コウと戦い、屋根の上で魔導書を読み、ソラに魔法を教える。
そんな光景は、もはや村人たちも慣れてきていた。
水やりを手伝えば、「要らん」と断りはするが、止めようとはしない。
育てた野菜を食べさせれば、素直に「美味い」と言う。
エヴァルシオンは村にとけ込み始めていた。
本人も、それを自覚しながらも、もはや否定するのも面倒といった様子で、日々を送っていた。
─────
そんな日常も、やがて、終わる。
ジンと話してから丸二ヶ月経ったころ、再度ジンが村に訪れた。
「人魔戦争が始まる」
コウ、ザン、ジン、そしてエヴァルシオンの四人は、机を囲む。
ジンが口にした言葉は、衝撃的だった。
「人間側……騎士団が魔族に、大々的に宣戦布告を行った。決行は一ヶ月後だそうだ」
コウがジンへと聞く。
「でも、一ヶ月って言ったって、魔族側から先に来る可能性もあるんじゃ……?」
ジンは、落ち着いた口調で答える。
「多分、無い。……これから始まるのは、歴史に残る『人魔戦争』なんだ。単純に『勝つ』『負ける』だけが重要じゃない。フライングして先手を打ったとしても、それは向こう千年以上、魔族のメンツに関わる行為になりかねない」
「……なるほど……」
ジンはまた、エヴァルシオンを真剣な眼差しで見据えた。
「本当に、頼んだよ」
エヴァルシオンは、ふっと鼻で笑って見せた。
「俺を誰だと思っている?」
─────
本格的な宣戦布告を受け取った魔族側もまた、空気が張り詰めていた。
もはや、戦争を避けることができないと、誰もが察していた。
一人を除いて。
(もしかしたらまだ……宣戦布告の取り消しがあるかもしれない……! 何もこんな事……しなくたって……!)
現魔王は、未だに現実を受け入れられない様子だった。
それでも、もはや避けられない。
『決戦の日』へのカウントダウンは、刻一刻と進んでいく。
─────
そして、一ヶ月後、ついに『決戦の日』が訪れた。
屈強な魔族の猛者たちが、開戦に備え、隊列を成している。
その先頭に立っているのは、現魔王。
黒い鎧を身にまとい、顔が見えないような兜を深く被っている。
側近の老人は、現魔王へと語りかける。
「人間を滅ぼす覚悟は……決まりましたか……?」
現魔王は、兜の奥で言葉をくぐもらせながら、震える声で答える。
「……はい。もう、戻れません……!」
その言葉に、側近は静かに頷いた。
───開戦の時刻まで、あと一時間。
「っ……!?」
その時、場の全員が感じ取ったのは、軍勢にゆっくりと向かい来る、小さな魔力の一雫。
あまりにもドス黒く、そして、雄大な気配。
やがて、それは目の前に姿を現した。
「お前が現魔王か……随分と『着飾って』いるんだな……?」




