二十六話 「約束」
「……やがて起こる『人魔戦争』の戦場。『初代魔王・エヴァルシオン』に、魔族の侵攻を止めてほしい」
ジンの切実な頼みに、魔王は半笑いを返してみせた。
「お前はやはり狂っているな。俺は魔族の王だぞ……?」
「だから頼んだんだよ」
悪びれることなく答えるジンに、魔王は静かに続ける。
「第一、人魔戦争が起こるなどと確定されたワケでは無いだろう」
「いや、確実と言っていい」
「根拠は……?」
冷静に問う魔王に、ジンは落ち着いて説明し始める。
「実は、魔族側の政治が今、極度に不安定な状態らしいんだ。今までお飾り状態だった『現魔王』が、なぜか最近になって、少しずつ政治に干渉し始めたらしくてね」
それを聞いて、魔王は静かに答えた。
「現魔王は『共存派』なのだろう?」
ジンは、少し驚いたように眉を上げた。
「知ってたんだ……誰から聞いたんだ?」
「……『ルシウス』とかいうやつだ」
「っ……!!」
『ルシウス』の名が出た時、ジンの雰囲気がごく一瞬だけ、鋭く尖った。
ジンは軽く深呼吸すると、魔王へと聞く。
「ルシウスと、何を話したか教えてくれ」
魔王は、軽く笑って見せた。
「態度が気に食わなかったからな。『現魔王に服従しろ』と命じただけだ」
「不安定の原因それじゃん……!」
ジンは机に突っ伏し、軽く台パンした。
(エヴァルシオンがルシウスと接点があったのは聞いたが……本当にあのルシウスを従えるなんて……)
魔王は、軽くため息をついて、続ける。
「つまり、共存派の現魔王が頭角を現したことで魔族全体が不安定化し、その隙を狙って人類は『平和の勇者』を排し、戦争を仕掛けようとしているんだろう?」
「……理解が早くて助かるよ」
しかし、魔王はこうも続けた。
「だが、現魔王は共存派なのだろう? ならば、無理やり力を行使して『共存』させれば良いだけの事じゃないのか? なぜ現魔王はそれをしない?」
その疑問に、ジンは苦笑いを浮かべた。
「現魔王が君みたいに度量があったらそうなるんだろうけどね……共存派のくせに、ルシウスが従い始めるまで政治干渉まともにしてない時点で、察しつくくない?」
「……ただの理想家か」
「そういうこと。人間側がちょっかいをかけたら、魔族は当然、報復に走る。それを止められるだけの度胸が、現魔王には無い。人間が今こそ戦争を始める理由としては、妥当じゃないかな……?」
そこまで聞いて、魔王はジンに笑いかけた。
「だから俺に止めろと……?」
ジンも、魔王に向けて笑いかける。
「できるだろう? 『魔王様』」
「……『対価』は?」
「……言うと思ったよ」
ジンは、にやりと笑い、カバンの中から分厚い一冊の本を取り出す。
新たな『書物』に、魔王の目が輝いたのが、ザンにも見えた。
「……それは?」
「今存在する魔法『全て』を記した、『魔導書』。今から見せる『魂を回復させる魔法』も、これに記されてる」
「ほう……!」
「勇者クラスの人間しか手にできない国家機密書類。なんてったって、全属性全役職の魔法、スキルが全て記されてるからね……これでどうかな……?」
魔王は、ジンの持つ魔導書を眺めながら、挑発的に嗤った。
「いいのか……? そんなモノ、俺に渡して」
「いいよ。共存という目標のためならね」
「……そんな話をしているんじゃない」
「……?」
疑問を浮かべた表情のジンを、魔王は嘲笑った。
「お前は『魔王』に千年分の『知恵』を与えようとしているんだぞ……?」
魔王の脅し。
知恵と力を手に入れた自分が、人間を襲わないという保証は無いという、純然たる脅し。
「それでも僕の方が強い」
その脅しに、ジンははっきりと答えてみせた。
「フッ……ハハッ……!! お前ならば、そう言うと分かっていたぞ……ジン……!」
勇者と、魔王。
互いに、傲慢。
「それじゃ、『約束』」
ジンは、小指を立て、魔王の前に出す。
「……なんだそれは」
「指切りだよ。ほら、小指出して」
「…………フッ」
魔王は、魔力の型で構成された小指を差し出す。
ジンは、魔王の指に自身の小指を強く絡めた。
「『回帰術式』」
「っ……!!」
その瞬間、欠損していた腕や脚が、淡い光と共に再生していった。
ジンは、机に『魔導書』を置き、立ち上がる。
「それじゃ、悪いけどこっちも急ぎの準備が色々あるからね。頼んだよ、エヴァルシオン」
そう言って手を振るジンを、魔王は鼻で笑って見せた。
「……お前達は幸運だ」
その後、ジンは音も無くその場から消えた。
一連の流れを傍らで静かに見ていたザンは、魔王へと語りかける。
「…………エヴァルシオン君……」
魔王はザンに、嘲るような表情を向ける。
「お前の『賭け』とやらは、お前の勝ちのようだな」
「……ははっ。……私は……間違ってはいなかったね……」
─────
「どうして……人間は分かってくれないの……!?」
魔王城の一室で、長い紺色の髪の女性。『現魔王』が、一人、ベットに座り込んでいる。
配下たちの前に出るときの仰々しい服は着ておらず、白いラフなシャツを着ている様子は、ほとんど普通の少女と大差がない。
ルシウスが突然、自身の言う事を聞いてくれるようになった。
聞くところによると、あの残虐極まりない『趣味』も、最近は落ち着いてきていると聞く。
これはチャンスだと思った。
少しずつでいい。だから、人間と争わずに済む道を知りたかった。
でも、人間はそうはいかなかった。
魔族が人間を殺し、弄ぶように、人間も魔族を殺し、弄ぶ。
そうやって生まれた『溝』は、現魔王が思っていたより遥かに深かった。
「魔王様……」
部屋に、側近の老いた魔族の男が入ってくる。
「人間は、魔族に対し、宣戦布告を行う模様です」
「……なんで……?」
側近の男は、哀しそうに装って、一人俯く魔王へと近づく。
「人間は、魔王様の意見など聞き入れておりません。魔物を殺すことを『当たり前』として享受しているからです。もはや、争いは避けられません」
「……………………」
「『人間を滅ぼしましょう』」
「えっ……」
ビクッと震え、魔王は顔を上げる。
もはや、自身に選択の余地など残されていないと分かっていた。
「…………もう少しだけ、待って」
「人間は争いを今にも始めようとしています。魔王様御本人が戦場に赴いて下されば、魔族の勝利は確実です」
「で、でも……!」
真っ青な顔で側近に縋り付く魔王に、側近は首をゆっくりと横に振った。
「………………分かりました……でも、少しだけ一人にさせて……」
「申し訳ございません」
側近は深く礼をすると、部屋の扉へと向かう。
去り際に一度、側近は魔王の方を見て呟いた。
「魔物の繁栄を、一番に考えてください。貴方は『魔王』なのですから」
扉が閉まる。
部屋に一人残された魔王は、枕を掴んで、ギュッと抱き締めた。
「……なんで……? どうしてみんな、争おうとするの……?」




