二十話 「村の長として」
ルシウスが去った後、村には緊張が走っていた。
魔王が村に居るとバレたのは、『密告者』がいるという事になるからだ。
ザンは、そのことについて大きな懸念があった。
この事に魔王が気付いているならば、怒り狂ってしまうかもしれない。
さらに、魔王には人間の魔法耐性を貫通する魔法を教えたばかりだ。
(最悪の事態になったなら……あるいは……!)
魔王はザンへと振り返る。
「……畑に水をやる時間だろう?」
その言葉に、ザンはハッとしたような表情になる。
「あ、あぁ……いや、でも、怪我は大丈夫なのか……?」
魔王は、欠損している腕や足へと目を向ける。
欠損部分は魔力で覆われ、擬似的な四肢を形作っている。
「魔力で型を作っている。……再生は……おそらく魂に細工されているな」
「治せないのか……?」
「おそらくな。ポーションの類でも不可能だろう」
「そう……か……」
哀しげに俯くザンに、魔王は声をかける。
「この程度、大したものではない。……水をやるんじゃないのか?」
「あ、あぁ。そうだな……」
ザンと魔王の二人は、水を汲み、畑へと向かう。
─────
「密告者がいるんだろう?」
「なっ……」
水やりをしている途中で、魔王は突然そう言った。
魔王はザンに目を合わせることなく、淡々と、丁寧に水やりをしている。
「……俺はそいつに興味は無い」
「…………いいのか……?」
恐る恐る訊くザンを、魔王は冷たくあしらう。
「許す許さないではない。『興味が無い』と言ったんだ。人間一人の足掻きくらい勝手にしろ」
「………………すまない」
「貴様は関係無いだろう」
当然のように口にする魔王に、ザンが水をやる手が、止まる。
そして、震える声で続けた。
「私は村長だ……君の事を良く思っていない村人がいることも、よく分かっている。……はずなのに…………」
ザンは顔を上げ、魔王を捉える。
「私は…………自分が恥ずかしいよ……!」
「くだらん。どうでもいい」
「……えっ」
「お前は俺が『人間に狙われた』程度の事を恐れ、怖じけるとでも思っているのか? 勘違いも甚だしい。悔いるならば勝手に悔いていろ」
ザンは、静かに涙を流した。
それを見て、魔王は蔑むように嗤った。
「人間は涙で水をやるのか?」
「……ははは……そんなわけ……ないだろ……」
魔王は嫌味のつもりだったのかもしれない。
だが、確実に私の心理を見抜いて、答えを寄越した。
エヴァルシオンは、人間の心を知っている。
知っているからこそ、恐ろしいし、安心できるんだ。
─────
翌日。
あれほどのことがあったのに、当のエヴァルシオン本人は全く気にしていないようだった。
それどころか、その日にはもうソラに魔法を教えてくれていた。
ソラは当然、エヴァルシオン君が怪我をしていることを心配していたが、本人は「うるさい。集中しろ」のひと言で済ませていたりした。
密告した村の人からは、その日の夜に告白があった。
やはり、魔物を受け入れられないとのことだ。
それは、今の価値観から見れば、当然のことでしかない。
私も、彼を責めることはできなかった。
今日は、コウから連絡があった。
突然ではあるが、帰ってくるそうだ。
つい先日立ったばかりなのに、もう王都から帰ってくる。
この密告の件で、コウも咎められているのではないかと心配だ。
私は、コウの帰りを待つしかなかった。
─────
魔王とザンは、いつものように水やりをしている。
魔王は単純な水やりに飽きたのか、ノートとペンを持ちながら水をやっている。
魔力の型で腕を作れば何本でも増やせると言うことに気付き、マルチタスク化しているようだ。
「これは……」
突然、魔王の手が止まった。
「どうしたんだい。エヴァルシオン君」
魔王はじょうろを置き、ノートを畳んだ。
「……誰だ…………」
「…………?」
村の遠くのほうから、何だか騒がしい声が聞こえる。
─────
「ジンさんだ……!」
「ジンさん……!?」
「まさか、あの魔物を倒しに……!?」
手を振りながらにこやかな笑顔を振りまくジンに、村人たちが集まっていく。
「こんにちは〜……あ、いや、すみませ……ちょっと通して……」
「みんな……今はそんな時間ないんだ……」
コウの訴えも、興奮した村人達の一団には届かない。
ジンは、笑みを浮かべながらも、村に棲む異質な魔力の正体に気付いていた。
(これが『初代魔王エヴァルシオン』の魔力……悍ましすぎてもはや神々しい……『蠱毒の一雫』か……)




