二話 「下等種族」
弱者ほど手を取り合おうとする。
千年前のあの日、俺にすら伸ばした愚かなあの手を、振り払える事は終ぞ無かった。
─────
魔王が目を覚ますと、空には少し薄みを帯びた青が広がっていた。
「…………」
「あ……! 起きた……」
魔王は、ゆっくりと身体を起こし、声が聞こえた方向へと目を向ける。
その先には、少女が立っていた。
「あっ……!」
少女は魔王と視線が合うと、咄嗟に二歩後ずさりし、その後、恐る恐る魔王へと近づく。
「……何だ。お前」
「わっ……や、やっぱりしゃべった……」
少女はビクッと身体を震わせ、また一歩魔王から離れた。
魔王は少女のその様子を見て、ニヤリと笑った。
「怖いもの見たさでここまで来たのか?」
魔王のその言葉には、確かな圧が込められていた。
脅しにも似た、嘲笑うような誂かい。
少女は怯えた目で魔王を見上げる。
「……こわい……こわいけど、でも……」
「……でも……?」
「ほかの魔物たちより……こわくない……」
その言葉に、魔王は、一気に頭に血が昇る感覚を覚えた。
昂る魔力をぐっとこらえ、魔王は少女に問う。
「……なぜだ……?」
少女は魔王の声色から、怒っていることを察したのか、また一歩後ずさりした。
「ご、ごめんなさい……でも、こうやって一緒に話せてるし……それに……」
「人語を解する魔物の方が危険だとは、伝わっていないのか?」
その言葉に、少女は一瞬はっとしたような表情をするも、直ぐにしっかりとした口調で答えた。
「知ってるけど……でも、魔物としゃべるのなんて、初めてだから……」
少女は、魔王へと視線を合わせ、さらに続ける。
「私、人間も、魔物も、本当はなかよくできるんじゃないかって……なかよくできれば、こんなふうに区別しなくても済むんじゃないかって……!」
少女の言葉は、魔王には全て詭弁にしか聞こえなかった。
憐れな生き物を見るような軽蔑した目線を、少女に向けている。
「あっ……!」
また一歩少女は場から離れた。
魔王は、少女の青ざめた顔を見て、詰め寄る。
「ならば俺が現実を教えてやる……」
しかし、魔王はある違和感に気づいた。
少女の目線は、自身に合わせられているわけではないと。
自身の後ろにある『何か』を見ていると。
その時、魔王の頭の上に、『雫』が一滴垂れ落ちた。
「!」
魔王が振り返ると、そこには巨大な緑色の魔物の影があった。
緑色の魔物は、手に持った棍棒を勢いよく振り上げ、魔王へと叩きつける。
「フン……」
魔王は直ぐさま術式を展開し、魔法障壁を生成する。
しかし、魔法障壁は棍棒が触れた途端、簡単に砕け散った。
だが、魔王は障壁が破壊されるまでのコンマ数秒の間にギリギリで棍棒を避け、魔物から距離を取る。
(『上位ゴブリン』か……俺の魔力探知を掻い潜るとは、これも新たな術式か……?)
「あ……あぁ……!」
少女はゴブリンの姿を、ガクガクと震えながら見上げている。
その様子を見て、魔王はふっと笑い、ゴブリンへと語りかける。
「おい、お前。このガキの食える部分はやる。だから脳味噌は俺に寄越せ」
「えっ……」
少女はさらに血の気が引いた表情で、魔王とゴブリンを交互に見る。
「……ゥ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ッ!!!」
ゴブリンは少しの間硬直した後、突然地団駄を踏み、凄まじい咆哮を上げた。
そして、再度勢いよく棍棒を魔王に振りかざす。
「……これだから下等種族は……」
魔王はあらかじめ張っておいた魔法障壁を盾にし、寸前で棍棒を躱す。
ズ/ッ……
「っ……!?」
しかし、確かに避けたはずの棍棒は、魔王の腕を捥いでいた。
散り散りになっていく腕の破片が、風に飛ばされていく。
(これは……風属性の『風化』……? このような高等魔法をゴブリンが……しかも武器に纏わせる事まで出来るとはな……)
魔王は直ぐに腕を再生魔法で治し、臨戦態勢を取る。
そして、「フーッ……」と息を吐いた。
(『略式詠唱』『焔獄』)
魔王の掌から、黒い炎が燃え盛る。
魔王はその炎の塊をゴブリンに向け飛ばす。
「ゥ゙ゥ゙ッ……」
炎はゴブリンに直撃するも、ゴブリンからは少しの黒い煙が立つだけだった。
(やはり魔物も魔法耐性は獲得しているか……)
しかし、魔王はまた見下すように嗤った。
「が、ノーダメージじゃない。死ぬまで時間をかけて嬲ってやろう……!」
「ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙……」
ゴブリンは魔王の魔力に触れ、自身の間違いに気づいた。
───コイツは魔力量通りの雑魚ではないと。
「ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ッ!!!」
ゴブリンは自らに嵌めていた腕輪を強引に引き千切る。
すると、凄まじいまでの莫大な魔力が溢れ出した。
「っ……」
(俺の魔力探知をくぐり抜けたのは、魔力をあの腕輪で制限していたからか……)
───奴の本来の魔力量は、俺の3倍以上……
「……で?」
魔王は、目の前の魔力の塊を前にしてなお、余裕の表情を浮かべた。
「それが下等種族が魔王に勝てる理由になるか?」




