十三話 「国家魔法騎士団・本部騎士」
「『スタン』は、脳に魔力を流すんだ。やってみろ」
「え〜〜……よくわかんないんだけど……」
「脳のシワ一つ一つに魔力が染み込んで、満ち足りていくイメージだ。ゆっくりとな……」
「……う〜ん……だから言われてもわかんないって……」
「…………」
コウが去ってからも、魔王はソラへと魔法を教える。
そして───
「今日も水やりか……代わり映えせんな……」
「同じ事は、いつまでも同じ結果を出すとは限らないし、一度辞めたら今までの全てが無駄になってしまう。……難しいかい?」
「……難しいな。反復作業と言うやつは、好きではないようだ」
「ハハハ。確かに、そんな感じするね」
いつものように、畑仕事を手伝う。
そんな、何でもない生活。
刺激を求める魔王にとって、それは退屈だった。
しかし何故か、全くの無価値とも思わなかった。
『人間』という生物の習性や思考回路を読み取っていく日常は、長閑ながらも、魔王に新たな感覚を与え続けていたからだ。
ソラに魔法を教えることと引き換えに得た、魔法耐性を貫通する術式。
所謂、『人間を傷つける力』
それを行使する事によるメリットより、この環境を壊すデメリットを、大きく感じていた。
「……価値…………か」
いずれ殺すであろう生物たちと過ごす時間は、魔王にとってやけに心地よく感じた。
それ自体は、不快だった。
─────
それから、一週間ほど経った。
コウは、王都のギルドにて、今日の依頼の一覧を眺める。
だが、コウにも変化があった。
かつてはやはり、当然の所業として完遂していた、『魔物を殺す依頼』。
それに、少しだけ身が入らなくなっていた。
逸らそうとしていた、生き物が死ぬ前に自身に向けてくる目を、直視するようになってしまった。
「はぁ……」
コウは、無意識にため息を漏らす。
そして、また依頼の一覧へと目を移す。
これから自分が殺す相手の一覧を見ているようで、気分が良くない。
「……どうしたんだろうな。俺」
「なぁ、君、ちょっといいか?」
「?」
コウは突然、背後から声をかけられた。
驚いて振り返ると、そこには鎧を着た、長い金髪の美しい女性が立っていた。
「っ!」
鎧に刻まれた、紋章で分かった。
この女は、『国家魔法騎士』それも、上位の。
女は、落ち着いた口調で続けた。
「急にすまない。私は『シュトラ』という者だ。……これから君に話す内容は、君にとって衝撃的なものになるかもしれない。落ち着いて聞いてほしい」
コウの体内に、ゴクリとツバを飲み込む音が響く。
シュトラは、コウを真っ直ぐ見据えて語りかける。
「君の出身の村を、魔物が洗脳し支配しているとの通達が、我々の耳に入った」
「なっ……!?」
「その魔物は、村長さんを欺き、村を支配しようとしているそうだ」
「いや、それは……!」
「誤解だ」という言葉を、寸前で飲み込む。
おそらく、これは村の誰かが、ザンに黙って密告した事だろう。
これで、ザンが魔物を庇っているなどと言えば、どうなるか分からない。
シュトラは、コウの肩に手を置き、真剣な眼差しを向ける。
「はっきり言うが、君や村長さんは何も悪くはない。悪いのはその魔物だ。……私たちが、責任を持って討伐に当たる」
「っ……!!」
本当ならば、自身を安心させるはずのその言葉は、コウの心へと深く突き刺さった。
あの魔物が上位騎士と戦闘になれば、確実に勝ち目はない。
問答無用で処理され、それで終わる。
「……待って下さい……」
「?」
コウの震える声に、シュトラは心配そうに振り返る。
コウは、シュトラを真っ直ぐ睨んだ。
「その魔物は、俺も知っています。……そいつは、人間と共存できる可能性がある程の知性を持っているんです……!」
シュトラの目が、一気に鋭くなる。
「……つまり?」
「もう少しだけ、待って下さい……お願いします……」
コウの反抗に、シュトラは憐れむような目を向けた。
「君も魔物に洗脳されているんじゃないか? ……恐れる必要は無い。私たちが……」
コウの身体から、紫色の閃光が走る。
「違う……止めろって言ってるんだ……!!」
「………………」
紫色の閃光が、シュトラへと向けられる。
その瞬間、金色に輝く光が、紫電を塗り潰した。
「っ……がっ………」
コウは、膝から崩れ落ち、その場に倒れる。
ギルド内の時が止まったように、呆然と静まり返った。
シュトラは、後ろに立っていた『神官』へと目を向ける。
「『エレン』、この子の手当てと、拘束を頼む」
「はい……!」
水色の髪の女が杖をかざすと、コウを光が包み込む。
光が霧散すると、その場からコウは消えていた。
シュトラとエレンは、ギルドの外から出る。
そこには、シュトラと同じ鎧を着た男が二人待っていた。
一人は真っ赤な髪をしていて、太陽のような球体が二つ、周囲を飛び回っている。
もう一人は、黒い髪に、鼻まで覆うような黒いマスクを付け、巨大な剣を背負っていた。
シュトラは、神妙な面持ちで二人へと話しかける。
「やはり、件の魔物は人語を解する高位の魔物のようだ。高度な知能と能力を持っていると予想される」
赤い髪の男が、呟く。
「『上位魔人』クラスの可能性もあると……Sランク相当程度の案件ですね」
黒髪のマスクの男が、赤い髪の男へと釘を差す。
「驕るなよ。『ヘリオン』」
「大丈夫だよ『ゼツ』。オレたちが誰か忘れたか?」
黒髪の男、ゼツは、ふっと笑った。
「『国家魔法騎士団・本部騎士』」
「だろ?」
シュトラは、三人を連れて静かに歩き出す。
「待っていろ……必ず我々が打ち砕いてくれる……!」




