十一話 「『教える』という学習方法」
「もう本は無いのか?」
魔王は、ザンへと話しかけた。
ザンは、少し驚いた後、聞き返す。
「本……?」
「そうだ。あの『教科書』とやらの続きだ」
「……読んだのかい」
「あぁ、良い書物だった。他には無いのか?」
ザンは、少し申し訳なさそうに黙った後、続けた。
「本は高いんだ。うちの村は、あんまりお金が無くてね。あの二冊は王都郊外のゴミ捨て場にあったのを、コウが拾ってきたやつなんだ」
「アレを……ゴミに……? ……そいつは馬鹿だな」
「……だから、本は無いんだよ。ごめんね」
「……そうか」
「…………」
ザンは、エヴァルシオンに対し、少しの恐怖心を抱いていた。
最初は、賢く、それでいて無知な魔物で、純粋な存在だと感じていた。
しかし、それは違った。
人間の書物を読み、自ら学び貪欲に進化しようとしている。
ザンは、この魔物に人の心や優しさを教えるつもりでいた。
だが、認識が間違っていたのではないか。
この魔物は、人の心を知っている。
知っているからこそ、そのすべてを学習の一環として吸収しているだけではないかと。
だが、この魔物に『賭ける』と決めた。
その決意は、揺らいではいない。
「本は無いんだ。……でも、もっと良い学習方法がある」
「……何だ」
ザンは、真剣な目で魔王に提案する。
「ソラに、魔法を教えてくれないか?」
「……は?」
訝しむような目を向ける魔王に、ザンは落ち着いた口調で続ける。
「人に教えることは、自分だけで学ぶよりもより大きな効果があるんだ。それに、話し合うことで新たな発見ができるかもしれない……これをアウトプットと言う」
「ほう……」
「どうかな……?」
魔王は少しの間考えた後、ふっと笑った。
そして、指先に黒い炎を灯す。
「良いだろう。ただし、条件がある」
「……条件?」
「『魔法耐性』を破る術式を、俺に教えろ」
「っ……」
魔法耐性を破る術式。
それすなわち、この魔物に『人間に危害を加えることを可能とする』事に等しかった。
しかし、ザンは、賭けると決めていた。
「……ならば、こちらからも条件がある」
「何だ」
「村の人達を……傷つけないと誓ってくれ」
「良いだろう」
「なっ」
魔王の即答に、ザンは驚いた。
少しの悪寒がした、それでも、信じるしか無かった。
─────
それは、異質な光景だった。
小さな勉強机に、少女と魔物が横並びで座っている。
「エーちゃんが魔法教えてくれるの!?」
「そうだ。その呼び方は辞めろ」
その様子を、コウとザンの二人は影から眺める。
「本当に……大丈夫なんですか……?」
「……少なくとも、エヴァルシオンがソラを傷つけることはしないはずだ」
「………………」
魔王とソラの二人は広げた教科書に向かい合う。
「それで、魔法ってどうやってやるの?」
無邪気な声に、魔王は冷めた口調で答える。
「……この本にも書いてある通り、紙に文字を書くイメージで魔法を使う」
「……どういう事?」
「分かるだろ」
「分かんない」
「………………」
魔王は少しの間天井を睨むと、ソラへと向き直る。
そして、ノートをちぎって渡した。
「コレに『火』と書け。それで、燃やすイメージをしてみろ」
「……分かった」
ソラはペンを取り、ノートに『火』と書く。
そして、紙を少し眺めたあと魔王に振り返った。
「燃えないけど……」
魔王は、一瞬だけ血管を浮き上がらせるも、直ぐに落ち着き、語りかける。
「……この『火』という文字から、熱が出て、やがて煙が立ち、黒く焦げた後、赤く輝き燃えて灰になる。その一連の動作を鮮明にイメージしろ」
そう言っているうちに、紙は発火し、小さな炎が芽吹いた。
「あっ! すご〜い!! 火出た!」
キャッキャとはしゃぐソラを見て、魔王は心のなかでため息をついた。
(何の意味がある……これに……)
魔王がぼーっとしている間にも、ソラはペンを取り、紙に『水』と書いた。
「これも……少しずつ湿って……じっとり水が出てくるイメージで……!」
すると、紙が湿り出し、少しの水滴があふれた。
「すごいすごい! 見て見て!」
湿った紙を嬉しそうに見せつけるソラを、魔王は冷めた目つきで眺める。
しかし、そこで魔王はハッとした。
魔王もペンを取り、紙に『雷』と書く。
そして、イメージをした。
『雷』という文字に電荷が溜まり、黒く焦げ、一瞬のプラズマが走る。
すると、紙は少しだけ光り、燃えた。
「…………ははッ」
その光景に、ソラも食いついた。
「すごい!! どうやってやったの!?」
魔王は燃えた紙を握り潰すと、またペンを取った。
「……紙に書いた文字の『濃さ』が込める魔力をイメージしているらしい。さっきの『火』の文字を、力を込めて、濃く、太く書いてみろ」
「うん!」
ソラもペンを取り、先ほどよりも濃く『火』の文字を書く。
そして、同じように発火のイメージをした。
すると、今度はより大きな炎を伴って燃えた。
「わ〜っ!? 熱っ!!」
ソラは驚いて炎の塊から距離を取る。
魔王は落ち着いて煌めく炎を眺めた。
「……よく見てみろ。……これが『魔法』だ」
ソラもゆっくりと炎に近寄り、眺める。
「すごい……」
魔王は炎を消すと、ソラへと向き直る。
「今日は終いだ。感謝しろ」
「うん! ありがとう!」
それだけ聞くと、魔王は窓の外へと出る。
その手には、ペンと紙が握られていた。
─────
『紙に書く』というイメージそのもの。
それは、教科書に書かれていた内容で、理解していたつもりだった。
だが、実際に『紙に書いて』イメージすることはなかった。
今日初めて、教える時に書いた紙。
それは、魔王にとって大きなインスピレーションとなった。
屋根の上で、魔王はノートを開く。
そして、ペンで魔法の術式を書き進める。
より強く、そして、より効率的に。
対策されているであろう魔法を予測し、そして、その対策を考える無限の反復作業。
自身にスタンを掛け、それを半端に防御することで得られる、擬似的な思考加速、極限の集中。
何枚も、何枚も破り捨て、そして、ようやく一つの結論へと辿り着いた。
「『上位魔法障壁』……!」
それは、極限まで無駄を削ぎ落とし、強度を上げた、魔王のオリジナル。
淡い虹色に光るその障壁を広げ、魔王はニヤリと笑った。




