第九十六話 どんでん返しの仕方➀
クリス達が軍部に着いたと聞いたエマは、クリスがいるという部屋を訪ね、ドアを叩いた。
――コンコン
「クリス、いる?」
扉は閉まっており、明かりも外に漏れているが、中からの返事は無い。
「クリス?大丈夫?」
エマが声を掛けてみるが何の返事もなかった。
ふと、エマはもしかしてクリスの傷が悪化したのではないかと考える。
不安になったエマが思い切り扉を開けると、荷物を整え、クロノスを発つ準備をしているクリスがいた。
慌ててエマはクリスの前に行く。
「――え?待って待って……行っちゃうの?お母さんとは私が話すからまだここにいてほしい。クリス?」
クリスはちらりとエマの方を見たが、荷物をまとめる手は止まらなかった。
「ねぇ、待ってってば。私、絶対にお母さんの誤解を解いてくるし、何かあったら絶対に私が守るから!!ごめん!私たちのせいでこんなことに……」
エマがそう言うと、クリスは悲しそうに笑って答える。
「いや、いいよ。誰が悪いとかじゃない気がする。全部終わっても、多分これ以上ここにはいられないと思う。キリさんに刺されたし、こっちもバーチを地下に閉じ込めらし」
クリスは銃を腰に帯び、剣を背に掛けた。
「どっちにしてもダメ!まだ足は完全に治ってないんだよ!」
エマが手を広げて入り口の前に立ったが、クリスは「ごめん」とだけ言い、その手をどかして部屋の外に出た。
クリスが夜の軍部を静かに歩き、その後ろをエマが付いて行く。
「クリス!お願い。ここにいてほしいの!何でかていうのは、その、えと、はは……」
エマの顔が赤くなる。
「エマ、ごめん。俺、行かなきゃ」
クリスはそう言うと地上へ出る扉を開け、入り口の裏に隠してあったバイクに荷物を括り付けた。
引き留められないと思ったエマは、意を決したようにクリスの袖を掴むと、クリスの目を見て言う。
「私、小瀧夏だよ!覚えてる?……実はね、無線で聞いてたの。クリス、ゆーじ君なんでしょ?」
その言葉を聞いたクリスは目を大きく開けて驚いた。
「いやいや、そんな馬鹿な――!」
しかし、クリスは顔を俯け、だったらなおさらだと言うようにエンジンをかけた。
アルマトストーンが気体の中央で光り、蒸気が噴き出す。
「待って待って!いっぱい病院でゲームしたよね。楽しかったし、今も鮮明に覚えてる。それに、一緒に海へ行こうって、約束した。あ、あとは、あとはね、とにかくゆーじ君が優しかったの、覚えてる」
バイクにまたがりかけたクリスだったが、手を止めてエマの方を見た。
クリスがエマの顔を見つめて言う。
「本当に?」
「うん」
エマがそう言い、クリスに抱き付こうと手を伸ばしたが、クリスがバイクに跨ったことで手は宙を切ってしまう。
クリスはバイクに乗ったままエマに言った。
「嬉しい。ほんっっっっっとに嬉しい。いや、マジか。えー。にやけるな。へへへ。うわー!え!?ホントのホントに?」
エマは目を輝かせてコクコクと頷く。
しかしクリスはヘルメットを被って言った。
「最後に、前世の親友に会えてよかった。なっちゃん。――でも、俺は行くね」
その一言でエマは二倍のダメージを喰らう。
「えー!ちょちょちょちょちょ、何で!せっかく会えたのに、もう行くの!?」
エマが肩を落としてガックリとした。
クリスは根負けしたのか、少し悩むとヘルメットを脱いで、エマに言った。
「俺、クロノスになぜか狙われてるっていうのもあるけど、ロランと離れたいんだ」
エマはどうして?という風な顔をして見せる。
「ロランさ、今回暴走した後に、俺に何て言ったと思う?いつも君の足を引っ張ってばかりでごめんって言ったんだぜ?俺、嫌だよ。こんなの」
クリスはバイクのエンジンを消し、右手で口元を押さえて続けた。
「俺、ロランのことは兄弟のように思ってるからさ、俺があいつの隣にいることで、あいつが苦しんでしまうんだったら、俺辛いよ」
「そんなぁ……」
「俺どっか行かなきゃ。この件、昔ロランと一回喧嘩したんだけどね」
クリスは意味もなく真っ暗になった路地を見つめる。
エマは俯き、静かに口を開く。
「そっか。そだね。私も、自分の大切な人が自分のせいで苦しんでたら、すごく辛い。でも、その人と二度と会えなくなるのは、もっと辛いかも」
「そんなことない――」
「いや、そんなことある!!それだけ仲が良かったら、ロラン君も絶対そう思ってるよ。それに、ロラン君のことを信じることも、大切だと思う。クリスはいつも孤独だからさ」
クリスは闇を見つめ、少し考える。
「いや、ダメだ。ちょっと前までは俺とロランの復讐だったけど、今はそれだけにとどまるような話じゃない。何人も巻き込んで来たし、何人もこの手で殺してきた。汚れるのは俺一人でいい」
クリスはバイクから降り、エマに面と向かって告げた。
そして、優しくエマを抱きしめた。
「クリス――違うよ!!私達を頼ってくれたっていい。私達が望んでいるんだから!!私達は君が思う程弱くはないよ!!」
クリスは手を放し、バイクに向かう。
それは佐藤雄志が小瀧夏と再会した故のハグであり、そこに特別な感情は無い。
「俺、でももうここまで来たら戻れないよ。ダークヒーローなんてかっこいいもんじゃない。少なくとも、オレが大切にしている皆を傷つけてまで復讐をしようとは思わない。ラオでも――いや、なんでもない」
「ハァ?どっか行くのは違うだろ!!カス!!アホ!!イキり!!」
クリスは尚も壁を向いたまま振り向かない。
「ごめん、エマ。いや、なっちゃん、今までありがとう、もし吸血症を治す方法があったら、また戻ってくる。ロランによろしく」
「クリスのバカ!!バカバカバカ!!」
――ピピッ……ザ―ッ
会話を遮るように雑音が響く。
クリスがもう一度バイクに跨ろうとした時、エマの持っていた無線機が鳴った。
無線機から流れて来た声は、ルーシー。
いつもの彼女の声ではない。
低く、落ち着きのある声。
「はい、そこまでですよ、お二人さん。二人には本部に来てもらうからね」
二人はここまでの話が聞かれていたことに驚く。
普段であればフジやリリィだが、ルーシーからの無線だということにも意表を突かれた。
クリスはそれでも引き下がらなかった。
「すいません。ルーシー先輩。俺はそこへ行けません」
するとルーシーは冷徹な声で言う。
「いいえ……勘違いしないことね。巻き込んでいるのは貴方じゃない。私達が巻き込んでいるの。簡単に逃がしはしないわ。それに、悪いけど貴方たちは転生なんかしてない。色々残酷な話になると思うけど、来てね」
二人はその話の意味が分からなかった。
「じゃあ、元々ルーシー先輩は俺達の前世を知っていたのか?」
クリスはヘルメットを被り、もう一つのヘルメットをエマに渡す。
「……本部に寄ってからでもここを離れることができるだろ。ちょっと寄るだけだからな」
クリスはそう言うとエマを後ろに乗せ、本部へとバイクを走らせた。




